第105話 小人さんと海辺の森 みっつめ
「どうしてもダメだったん。ごめんねぇ?」
冒険者ギルドのテーブルで、小人さんはアウグフェルに情けない顔で謝っていた。
それに苦笑し、彼は緩く首を振る。
「仕方がないよ。実際、俺らは危険人物だろうしな」
ある意味、長く敵国同然だったカストラートの王族。
フロンティアの中には彼等を忌々しく思う者も少なくないらしい。
実際、監視、護衛する立場な騎士団ですらも、彼等を厭う声が上がるぐらいだ。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いかなぁ.......... ロメールまでもが、ああも頑なになるとは予想してなかったにょ。
ロメールの考えは幾らか違うのだが、小人さんには分からない。
しかし実際にカストラートと戦ってきた兵士達なぞは、繰り返された不毛な争いに辟易し、断固としてカストラートの兄弟を客人として認めない派閥らしきモノが、少なからず存在するという。
今ではすっかり縮小したが、カストラートの王太子が治世に参加するようになるまで、フロンティア側は辺境伯領外れに駐屯地を構え、多くの兵士が常駐していた。
魔術師達が討ちもらした敵を追跡し迎撃するためである。
広大な荒野に散る何千もの敵兵だ。あらかたは魔法で一掃できても隙間を縫って、わちゃわちゃする奴もいるわけで。
「凄く疲れる仕事でしたよ。あちらが陣を張ってから数日。長いときは数週間。にらめっこして、鬼ごっこですから」
肉体より精神的にくるモノがあると、口を揃えてゲンナリする兵士達。
現場の苦労がしのばれる。
全くの無傷というわけもなく、窮鼠猫を噛むの諺どおり、自棄になった敵兵が死に物狂いで抵抗し、軽くはない怪我を負ったこともあったとか。
魔法の治癒で癒えるとはいえ、治ったからと言って負わされた痛みの記憶まで消えるわけではない。
そんなこんなが、じわじわと降り積もり、今の状況を生み出していた。
へにょりと眉根を寄せる少女の頭を撫でて、アウグフェルは改めて御礼を述べる。
「良いんだよ。こうしてフロンティアに滞在させて貰えるだけでも凄いことなんだから。ありがとうな」
にっと笑うアウグフェル。
実際、その通りだった。
ロメールの鳴り物入りでなくば、彼等は貴族街に足を踏み入れることも出来なかっただろう。
追っ手に怯えつつ、フェルの冒険者繋がりな伝を頼り、辺境の何処かで小さく丸まって潜んでいるくらいしか出来なかったに違いない。
それを思えば、監視を兼ねてるとは言え護衛がつき、大きな屋敷で何不自由なく暮らせる今は、すこぶる幸運だと心底思う。
アウグフェルの屈託ない優しげな笑みが心に沁みて、千尋はうにゅぅと落ち込んだ。
個人の某は長く付き合ってみないと分からない。
「早く皆がフェルとシャルルを無害だと理解してくれると良いなぁ」
何の気なしな言葉なのだろうが、その小人さんの台詞で、アウグフェルの顔から笑みが薄くなる。
まるで魂が抜けたかのように淡く儚い達観の微笑み。
あー..... ねー..... 多分、絶対に無理。
昨夜も盛大に暴れたシャルル君を思い出して、アウグフェルは口角をひきつらせた。
「僕はお嫁様の所に行くんだってばーーーっっ!!」
ギョロリと目玉を動かして騎士達を闇の魔法で結晶化するシャルル。
パキパキと音をたてて生える黒水晶を叩き割り、剣呑な眼で相手を見据えるフロンティア騎士。
黒水晶は魔力を吸って人間に生える。生え始めなら拳で叩き壊せるのだ。
動ける内に壊せば酷い事にはならない。動けぬほど固められたらアウトだった。
これに活躍したのがカエル達。小人さん関連の騎士には必ず同行しているカエルらの守護が多くの騎士を守っている。
「王弟殿下の厳命です。屋敷から出る事は禁じられております」
油断した者に生えた魔結晶を叩き割りつつ、騎士は冷静に同じ言葉を繰り返した。
「聞き飽きたよぅぅっ! なんで僕の邪魔をするのっ?!」
精神状態が幼く脆いシャルルは、頻繁に癇癪を起こす。物心ついてから、彼を慰めてきたのは、いずれ迎える花嫁だった。
十年以上、想い、恋い焦がれた黒髪の姫。
シャルルの人生そのものと言っても過言でない彼女が、すぐそこに居るのに逢えないジレンマで彼は気が狂いそうだ。
「ど.....っ、けえぇぇぇっっ!!」
爆発するような闇の魔力。
それに圧され仰け反る騎士達の間に入るのは、何時もアウグフェルである。
「やめるんだ、兄上っ!!」
全力で抱き締めた彼の身体中に魔結晶が生え、ビキビキとその身体を被った。
それに硬直し、慌ててシャルルが魔結晶を吸いとって消してゆく。
「フェルっ? フェル、ごめんねっ?!」
泣きながら丁寧に魔結晶を取り除くシャルルを宥め、アウグフェルは力なく微笑む。
「大人しくしていよう? 伯爵令嬢はそこにいる。逃げも隠れもしないから。本国が落ち着いて、招待出来るようになったら逢えるからさ」
今は無理なのだと根気よく諭す弟に、ポロポロと泣きじゃくる次兄。
毎回繰り返される癇癪、爆発で、アウグフェルもボロボロだった。
魔力枯渇も深刻だ。アウグフェルはフロンティアに長く滞在していたため、一応の洗礼は教会で受け、それなりの魔力を持っていた。
その魔力を吸って生える魔結晶。その都度失われる体内魔力が、彼の生気をごっそりと奪っていく。
あー..... 俺、死ぬかも。
昏倒にまでは至らないものの、キツい事に代わりはない。
しかも、数日おきに毎回こんなんをやらかしているため、騎士団への心象も最悪なはずだ。
遠い眼をしたまま小人さんを見送り、アウグフェルは買い物をして与えられた屋敷へ戻った。
フロンティアの食事事情は素晴らしい。繊細で綺麗だし、何より美味い。
甘い物など水菓子か干し菓子ばかりで、蜂蜜すら滅多に口に出来ないカストラートとは、全く違う甘味。
フロンティアの料理にも驚いたが、この甘味というモノは格別だった。
焼き菓子、生菓子、飴やシロップ。砂糖を使った半生のドライフルーツのシャリシャリした食感と甘さは、未だに忘れられない衝撃だ。
料理も塩や胡椒などばかりでなく、クリームやブイヨン、フォンなど多種多様。
スープ一つだけでも何十種類もあり、良い意味で呆れるばかり。
「肉の種類によってソースのベースが変わるとか。誰だよ、考えた奴。贅沢にも程があるよな」
教えたのは小人さんとキルファンであるが、豊かなフロンティアだからこそ再現出来た事である。
そんなフロンティアの料理を楽しみつつ、アウグフェルはシャルルの気に入ったお菓子を購入して帰路についた。
そして、ふと帰り道に見た人形劇に眼を奪われる。
しばし遠くから眺めていた彼は、ハッと顔を輝かせて人形劇を斡旋している所を周囲の人に尋ねた。
「うわあっ! 格好いいーっ!」
満面の笑みで紙芝居や人形劇を楽しむシャルル。
別料金を積んで屋敷前で上演してもらい、その迫真の演技にシャルルは夢中だった。
その後も興奮気味に物語を捲し立て、原作になった物語を読み耽ったりと熱中する。
毎日来てくれる紙芝居や人形劇が楽しみになったのか、伯爵令嬢の事を口にするのも少なくなった。
口にしても癇癪を起こしたりはせず、何をしてるかなぁとか、お元気かなとか、非常に落ち着いた物言いになっている。
「はあ.....っ、良かった」
本心から胸を撫で下ろすアウグフェルを気の毒げに見つめ、騎士らも楽しそうなシャルルに眼を細めた。
「良く閃きましたね。紙芝居や人形劇は面白いですから、良い判断だと思います」
「.....ありがとう」
労るような眼差しの騎士達にアウグフェルは苦笑する。
よくよく考えてみれば、シャルルは何も知らないのだ。
薬を盛られてから王宮に閉じ込められ、ありきたりな教育を受け、楽しいも嬉しいもなく、朧気な記憶の中で、覚えていた嬉しい話が花嫁の事だった。
単調な毎日に煌めく希望の光。それに依存し、他に眼をくれもしないなら、眼を奪われるモノを用意すれば良い。
子供達が夢中になっていた人形劇を見て、これならばとアウグフェルは閃いたのだ。
普通に本を読んだり、話して聞かせたりとは違う、臨場感溢れる舞台。役者の台詞や動きに引き込まれ熱中する劇。
当たりだったな。.....実際、面白いし。
連れてきたアウグフェル本人も、シャルルと同調し夢中になっていた。
「凄かったよね? こう、円卓の騎士がさっ!」
「ああ、良いよなっ! 騎馬と槍って憧れるねっ!」
わあわあと眼を輝かせて語り合うカストラート兄弟。
だが紙芝居や人形劇は粗筋のようなモノだ。原本の物語を購入して読み耽る二人に、周囲の騎士らの眼差しも優しくなる。
ホント凄いよな。物語全部を絵にしたり人形で演じたりなんて発想、何処から来たんだろうか。マジで尊敬するわ。
満面の笑みで兄と読書に興じ、ようやく訪れた平穏を満喫するアウグフェル。
こうして切実な危機を脱した二人だが、それを知るよしもない小人さん。
「何とか連れて行きたいよー」
うわあぁぁんっ泣きわめく彼女に、その報せが届くのはしばし先の話♪
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