第106話 小人さんと海辺の森 よっつめ


「なんなん、もー」


 あれだけ大騒ぎしたにも関わらず、カストラートの兄弟はなるようになってしまった。


 蜜蜂馬車でグダグダしつつ、眼を据わらせる小人さん。

 そして目の前の光景に溜め息をつく。


「んで、それは何?」


「え?」


 振り返ったのはルーカス。彼は厨房で小人さんに叱られたあと恋人の元へ突撃し仲直り出来たようだった。

 その彼が頭を覆うようにつけてるスカーフと黒いグラサン。騎士団の制服にそぐわない、けったいな出で立ち。


「これ、城下町で流行ってるんですよ」


 にかっと笑うルーカスに、小人さんは噴き出した。


 そか、今って紙芝居でハ◯◯オやってたっけか。


 ぶふふっと口を押さえ、肩を揺らす千尋を余所に、ルーカスのサングラスをマジマジと見る騎士達。


「これはレンズではないのか?」


「高価だろうに」


「いや、これ色ガラスなんだよ。紙芝居のせいで黒が人気だけど、他にも茶色や青、桃色や紫とか沢山あるんだ。ただのガラスだから、そんなに高くはないよ」


 桃色や紫色は御婦人方にも人気だというルーカスの説明に、小人さんは腹を捩らせる。


 マジかっ? やだ、勘弁してよっ!


 モロ中世の装いにサングラスは奇抜すぎる。ぐふぐふと笑いを堪える小人さん。


 瓶や窓ガラスなど普及しているフロンティアでは、ガラスは高価な物ではない。

 それの新しい活用法が、紙芝居の影響のサングラス。

 

 しかも御婦人方にも人気て。


 今度城下町を見に行こうと心に誓う小人さんである。


「少し前は三角帽子だったよな」


「ああ、子供らが揃ってかぶってた。可愛かったな」


 それはピ◯◯オの影響だった。小人さんが肩ベルトをつけた天使や妖精の羽などを発案したところ、大いにウケたようで、キャラクター関連のグッズが巷では大流行りになっていた。


 後の良い思い出か黒歴史かの狭間なアイテム達。


 子供らはともかく、あんたが買うなよ、ルーカスぅ。


 バンバン床を叩きながら、ひとしきり笑い転げる小人さんだった。


「私の子供達も紙芝居や人形劇が大好きですよ。親指姫とか。舌切り雀には泣いてましたが」


 あ~、ごめん。そのへんはチョイス間違えたよねぇ。


 ピタっと千尋の笑いが止まる。


 グリムやイソップ、アンデルセンなどや、日本昔話。

 子供向けな童話から引用したモノが殆どな紙芝居や人形劇。

 その中にトラウマ案件な作品が含まれているのを忘れ、思いつくまま書き綴ってしまった千尋は、本となり上演されてから、そのポカに気がついた。

 残酷なシーンに涙ぐむ子供ら。中には声を上げて怯える子供もいて、しまったと後悔したものである。

 慌てて廃版にしようとしたところ、子供に理不尽や因果応報を学ばせる良い機会だと大人達には逆に推奨され、そのまま残ってしまったのだ。

 白雪姫も後半は原作どおり、意地悪な継母に焼けた鉄靴を履かせるシーンで〆られている。

 これに関しては王子様と結婚して、めでたしめでたしにしていたのだが、何気に、この後、継母は王子の怒りを買って罰を受けるんだよね~と呟いたところ、そっちのが現実的で良いと盛り上がり、付け足されてしまった。


 忘れてたよね、ここって中世の世界観だってことを。


 魔法があるせいか、ついつい夢に溢れたファンタジックな印象を受けるが、ここは真っ当な中世。

 けっこうリアルで残酷な描写が好まれている。血には血を。罪には罰を。命には命を。

 分かりやすい勧善懲悪モノほど受け入れられやすい。

 

 新たな発見よなぁ。


 ふうっと溜め息をつく小人さんである。


 秋には演劇場が完成するし、双子の十歳記念の建物だ。王家の人々も招待して派手にやるつもりだった。


 楽しみだね。このために役者から何から揃えてきたし。


 キルファンでは、ほんの数十年前まで行われていた演劇である。

 未だにその関係者も生きていて、舞台や演技に関する事を教えてくれていた。

 むしろフロンティアより熱心で、演劇の復活を心から喜んでくれている。

 あちらでもフロンティアに触発されたのか、歌舞伎場などを作る計画が立てられていて、小人さんもワクテカで期待していた。


 ちなみに小人さん踊り改め盆踊りも、じわじわと浸透しつつある。

 櫓一つで行える場所をとらない踊りは、平民にも娯楽として浸透してきた。

 元からあった庶民のダンス広場に櫓を建てるだけなのだから簡単だし、踊り自体も単純。

 新しいモノ好きなフロンティアの人々の心を掴んだようだ。

 しかも盆踊りは曲を作って幾らでも種類が増える。

 伝統的な曲で毎回同じモノしか踊らない人々の眼には新鮮に映ったのだろう。


 さらにはフロンティアにとどまらず、フラウワーズやドナウティルにも紙芝居や人形劇が輸出されており、それを見た近隣の国々からも問い合わせが来るという予想外の反響。


 じわじわと広がる小人さんの環。


 金色の環より簡単に広がったなぁ。ってか伝染した?


 美味しい、楽しいは正義だと、つくづく思う小人さん。歌と踊りと料理に国境は無い。


 なので今回は新たな面子が小人隊に加わっている。

 鳶色の瞳に焦茶色の髪のモロトフ。年は十八。役者募集の張り紙に、いの一番で応募してきた少年だ。

 当時、成人したばかりだった彼は、学習院に通い司書の資格を得て、そのまま城下町の図書館で働く予定だった。

 だが、物語を再現するという演劇の可能性に魅せられ、内定していた司書の仕事を蹴ってまでやってきたのである。


「物語を再現するなど、どのようになるのか。この眼で確かめ、参加したく存じます」


 まだ幼気ない面持ちの少年だったモロトフ。今では一端の街頭紙芝居の花形だ。

 その助手のファーミィ。こちらはモロトフの妹で、職に困っていたらしく、兄の後ろをついてきた。


 基本、フロンティアでは成人するまで子供を働かせてはいけない事になっている。

 しかし平民は事情によって働かざるをえない場合があり、そういったのはお目こぼしされていた。

 家が農家や商家ならば、洗礼を受けたあたりから大事な働き手にもなる。

 そのへんの曖昧さで、子供が働くのも、なあなあで許されるのだ。

 本来の街頭紙芝居は娯楽である。本分は菓子を売る商売人。紙芝居は客寄せのオマケな形だった。

 しかし、フロンティアでは紙芝居が主体であって菓子がオマケ。

 なるべく安く済むよう、キルファンから仕入れた餅を圧縮して薄い煎餅にし、それにジャムやペーストを塗ったモノを販売する。

 地球の昔でいうソース煎餅の変形版。


 小人さんのお気に入りは梅ジャムだ。季節のジャムが楽しめて、甘いのばかりではなくレバーのペーストやサルサソース、粒マスタードソースなど。

 煎餅が味無しなため、なんでも手軽に塗って楽しめる。


 それらは紙芝居屋さんでしか販売していないので人気は上々だ。それを食べるために大人らも紙芝居を見にやってくる。

 薄焼き煎餅を紙芝居屋限定にしたので、他の店屋とは競合にならず、むしろ店先で上演すれば良い客引きにもなり、良好な関係を築いていた。


 今回この二人を連れて来たのは紙芝居や人形劇の販促のため。ロメールからの依頼だった。


「どうせ遠出するんなら宣伝してきてよ。もうすぐ劇場も完成するし、フロンティアの名前を売っておいで」


 しれっと宣う王弟殿下。


 近隣には有名で、遠方にも名を馳せるフロンティアだが、実質、数ヶ月かかる国までやってくる者は滅多にいない。

 噂が一人歩きをしている感が強く、得体のしれない恐ろしい魔法使いの国と思っている所も多い。

 なので平和的なモノを持ち込み、フロンティアの良いところを紹介してきてくれと言う訳である。

 当然、相手国に進呈する御菓子や蜂蜜なども封じ玉で山積みだった。


「まるで観光大使だにょ」


「観光大使ですか。上手いこと言いますね」


「フロンティアの顔になるのですから、慎重にいきましょうね? .....ズボンは禁止です」


 しっとりと眼をすがめるヒュリア。その花のような顏は優美に笑っているのに、眼が全く笑っていない。


「うええぇぇっ?!」


 一人戦く小人さん。


 当たり前だと大きく頷く小人隊。


 苦笑いを浮かべるアドリスやザックらと共に、蜜蜂馬車は今夜の宿泊地であるカストラートを目指して翔んでいた。


 そしてトラブルに巻き込まれるのは、もはや小人さんのデフォである♪

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