第90話 終わりの始まり ここのつめ


《.....やっかいな。まだ、時期尚早。も少し寝てな、精霊王よ》


 遠大な亀裂を修復しつつ、ジョーカーは過去の地球世界を思い出す。

 地球の精霊達が精霊王から離反し、独自の進化を遂げた理由。

 他の世界の神々には分からなかったかもしれないが、ジョーカーは知っていた。何故なら自分もその一部だからだ。


 地球人らが他の世界よりも優れているある一部分。それは、無限の想像力。

 ある意味、妄想力とも言えるソレをつかい、地球は数々の奇跡をモノにしてきた。

 ジョーカーは物語の登場人物にも関わらず信仰を得て実体を持った。

 それを認められ、神の末席として御先になったのだ。


 そんな奇跡がそこここで起きる地球世界。


 地球に送り込まれた精霊は、さらに多くの精霊を生み出した。しかし、その大半が精霊王に反旗を翻す奇跡が起きたのだ。

 長く地球人を見てきた地球生まれの精霊達は、その努力を貴んだ。

 失敗してもめげずに前を向く。何度もやり直して掴みとる。苦し気に喘ぎ、迷いつつも、必ず理想を手に入れる。その嬉しそうな笑顔に魅了された。


 共に苦しみ、泣き笑い、地球の精霊達は人間寄りに進化していった。

 魔法の理が曖昧な地球世界。

 極々稀に、精霊を見たり感じたり出来る者らもいる。


 それも想像力の奇跡。


 世界に根付く多くの不思議な伝説や物語が生み出した、シックスセンス。


 そういった長い積み重ねが、さらに奇跡を生んだ。


 魔法の理を持つ、別世界を地球は造り出したのだ。


 多重世界。次元のズレた別世界の存在を地球人らは無意識に信じている。

 別の星ではなく、同じ星に存在する複数の家族世界。

 強く思い合う同士を繋ぎ、奇跡は起きた。

 深淵とは別の精霊達の世界を得て、地球生まれの精霊達は精霊王と袂を別ったのだ。


 精霊王の望む世界に幸せはない。豊かで幸せしかない世界は幸せはではない。


 地球人らと長く寄り添った精霊達は意識改革され、人間に飼い慣らされる事を望んだのだ。


 こうして地球には多くの多重世界が生まれた。

 天上界とは違う神界。深淵とは違う魔界。

 他にも精霊界、妖精や妖怪の棲まう妖界などなど。


 高次の者らの与り知らぬ世界が地球に折り重なるように存在していた。

 高次の方々が生み出した神に造れるのは星のみ。

 その星に新たな世界を創造した地球の生き物達。

 人間、動植物、御先御遣いにいたるまで、地球のモノは想像力に溢れていた。

 何百万にも増えた御先らに起きた奇跡は神界を生み出し、御遣い達には魔界を生み出す。


 高次の者らや他の神々にはナイショの話。


 これは地球世界の生き物の大切な宝物だから。




 ジョーカーは過去に思いを馳せながら天を見つめた。


 ここにも出来ると良いねぇ。誰もが棲める楽園が。


 アルカディアでも常識な魔法の理。魔法は想像力である。

 強く願うことで威力を増し、発現する魔法。これが奇跡への入り口。


 基本はある。モノに出来るかは人間しだいだ。


 ふぅっと小さく溜め息をつき、ジョーカーは再び亀裂を埋めるべく糸を張っていった。




「.....アレって、記憶で見た始まりだよね?」


『そうだな。始まりは天変地異からだった。アレがソレにあたると考えるのが妥当であろう』


 ここから多くのモノを巻き込む自然災害が多発する。そして人々が争い、数多の屍を生み出すのだ。

 

『だが、アルカディアには科学技術がない。争うと言っても肉体同士でぶつかり合うだけだ。酷い事にはなるまい』


 その辺は僥倖だ。


 ヘイズレープなど、一瞬で世界の大半が消失した。あんな恐ろしい武器を造る科学技術とやらを、千早は心の底から嫌悪する。

 それを察してチェーザレは苦虫を噛んだ。


『刃物だって持つ者によって善くも悪くもなる。武器とはそういうモノだ』


「アレで何を守れるっての? 剣や魔法は人を救うためにもふるえるけど、アレ使って何が救えるの?」


 元々刃物は人々の暮らしのために進化した発明だ。

 包丁や斧などを筆頭に多岐にわたり、その大半は人の役に立つ道具である。

 剣だって悪い事にも使えるが、人を救うためにもつかえる。要は持つ者の心しだい。


 でもヘイズレープを火の海にした、あの武器は違う。


 大地を破壊し、大量に人間を殺すことだけのために作られた道具。

 他の何にも使えない。人々に不幸しかもたらさない殺戮兵器を、保険として所持していたヘイズレープの国々。

 何の保険なのか。万一が起きたら世界の破滅しか呼ばないモノを後生大事に抱える意味が分からない。


 千早の思考はチェーザレに伝わる。


 その通りだとチェーザレも思った。

 あんな兵器さえなくば、今頃まだヘイズレープは存在していただろう。


『人は..... 愚かなのだ。理屈は理解出来ても、感情が納得しないのだよ』


 相手が持っているモノは自分も欲しい。持ちたい。

 こういった虚栄心に満ちた感情は、大小様々に存在する。

 理性と自制で抑えるべき我欲なのに、国家レベルで抑えきれなかったヘイズレープ。

 幼いとしか思えない。

 若く血気盛んな世界だったチェーザレの星は最悪の事態を迎えた。

 善いか悪いかで問えば、決して善いとは言えないだろう。


『.....難しいものよな。今でも何が正解だったのか、我にも分からぬ』


 ヘイズレープに科学技術が発達した理由は過酷な生存競争だった。

 野生の生き物の中でも弱い部類だった人類は試行錯誤で智恵を磨き、相対するしかなかった。

 それが高じて高い文明を築いていった。これが悪いとは誰も言うまい。

 

 いったい何処で途を違えてしまったのか。チェーザレにも分からなかった。


 ここに地球の人々が居たなら、答えをくれただろう。


 想像力が足りなかったのだと。


 どんな状況をも覆すのは想像力。


 人に暴力を振るう事ひとつにしても、想像力があればその先を考える。


 怪我をさせたらどうしよう? 当たり処が悪かったら? 警察に捕まるかもしれない。犯罪者になってしまうかもしれない。


 そういった想像力が犯罪を抑止する。未然に防ぐ。

 世界の殆どは想像力で出来ていると言っても過言ではない。

 成功をイメージして目標に邁進する。失敗を案じて災難を回避する。夢を見て希望に胸を高鳴らせる。


 どんな事にも想像力はついてまわるのだ。それが乏しいとなれば、成功もしない、災難も避けられない、希望すら抱けない。


 想像力の欠如。これは世界を紡ぐにおいて致命傷となる。


 チェーザレは神であったゆえに、それを知らない。

 人間だった頃の彼には挫折と絶望しかなかったから。夢を抱く気持ちなど幼いころに投げ捨てた。

 さらに高次の方々の策略により、彼の人生は残酷に歪められた。

 最悪を繰り返し、高次の者らに操られるよう無惨な人生を歩んだチェーザレは、最悪には底がないのだと実感する。


 あいつらは.....っ、犬畜生にも劣る事を我にさせたのだ。


 愛しく可愛がってきた妹を..........っ!


 政治的に利用はしたが、チェーザレは心の底からルクレッツィアを愛していた。

 いずれは良い男性と娶わせ、幸せな人生を送って欲しいと思っていた。


 何度も繰り返される悪夢の中で、妹を守ろうと死に物狂いだったチェーザレを操り、高次の者らは彼に妹を暴かせたのだ。


 彼が受けた衝撃は如何ばかりなモノか。


 神にも己にも絶望したチェーザレは、心ある男性に妹を任せ、まるで死に場所を探すかのように戦場へと向かったのである。


 絶対に忘れぬぞ。貴様らに弄ばれた数々の人生を。


 神に転生した時でも忘れられなかった怨嗟。これを魔結晶に封じ込め、何も知らぬ神としてチェーザレはヘイズレープを造った。


 まさか、それさえも奴等の企みとも知らずに。


 時を戻せる高次の者らに繰り返し翻弄され、チェーザレの魂は闇に染まっていった。


 神々も高次の方々も万能ではない。大局を把握は出来ても個人の思考まで感知は出来ない。

 カオスやアビスの用意した途から外れ、小人さんがアルカディアで大暴れしたように、人間それぞれ全てを理解してはいないのだ。


 だから知らなかった。小さな反旗の芽が着実に育っていることを。

 高次の者らに復讐を誓うチェーザレの心に芽吹いたモノは希望。

 悪しき思惑であれど、それは間違いなく光を放つ希望だった。


 闇に芽吹いた目映い光。


 これを知らずに高次の者らは企みを成就させるべく動き出す。

 

 アルカディアを手に入れようと蠢く精霊王。それを阻止して葬ろうと暗躍する高次の方々。苛烈な復讐心に燃えるチェーザレ。小人さんのために全てを終わらせようとする千早。


 混沌も裸足で逃げ出す汚濁の中で、ただ小人さん一人がマイペースに突っ走る。


「考えてもしょーがないっ! 分からないモノは分からないっ!! 取り敢えず目の前の問題を片付けるにょっ!」


 むんっと胸を張る少女を乗せた馬車は視界にカストラートを捉えていた。


 数多の糸が絡まり縺れ、アルカディアの命運は再び滅びの天秤に乗せられた。


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