第111話 小人さんと海辺の森 ここのつめ


「ようやく辺境だね」


 遠目に見える山々と微かな緑。あの辺りが荒野の終わりだろう。まだ丸一日はかかりそうだ。

 昨日砂漠と荒野の境目を過ぎて、小人さんの馬車はスキーを収納し、今は通常運航。

 思ったよりも早くついたが、ここからが本番。主の森を目指しつつサーシャの故郷を見つけたい小人さん。


「西に大きな山々があって、塩漬けの魚が届く位置かぁ。塩漬けってあたりで海が遠方って事だけど、干物は当たり前にあったっぽいから、微妙な位置かな?」


「サーシャの村?」


 ぶつぶつ呟く妹を呆れ顔で見る千早。


「まずは海辺の森へ向かいましょう。その途中に村があれば聞き込みも出来ますし、正直なところ、サーシャの村はもう......」


 眉をひそめるドルフェンの言葉に、小人さんも神妙な顔をする。

 サーシャの村は壊滅している可能性が高いからだ。本人の記憶によれば、家屋に火をかけられ、逃げ出してきた獣人らを片っ端から捕まえていたという。

 獣人は身体的能力値が非常に高い。なので、奴隷商人達が最初に捕まえるのは子供達。

 子供達を人質にすれば、大人は簡単に捕まるのだ。獣人らの情が深く篤いことを逆手に取った卑怯な方法である。

 女性主体な獣人は、子供を見捨てられない。それは彼女らにとって死と同義だ。

 子供を見捨てれば母親達は助かったかもしれない。だが、それではダメなのだ。心が死んでしまうのだ。


 ソフィーの決断だっけ。そんな話があったなぁ。


 過去のナチスドイツに囚われたソフィーは、息子と娘のどちらかをガス室に送るから選べと言われ、酷い葛藤の末、娘の手を離してしまった。

 我が子を救うために我が子を見捨てた矛盾。それが彼女の一生の楔となり、心の奥深く穿たれた懊悩の物語。


 きっと獣人らも同じなのだろう。見捨てたソフィーに一生まとわりついた後悔も、見捨てられず奴隷落ちした獣人の苦悩も、根底は愛情から来るモノだ。

 どちらも正しく、異議は唱えられない。唱えられる者がいるとすれば、余程の機械的鉄面皮な思考の合理主義者だろう。

 そんな人間とは友達になりたくないと、心から思う小人さんだった。


「まあ、今さらではあるけど。サーシャが望むなら里帰りの一つもさせてあげたいしね。確認だけはしたいのよさ」


 むーんと眉を寄せて窓辺に顎を乗せる小人さん。それを微笑ましく見守りつつ、馬車は一路山脈に向かって走っていった。



「おー、雪が残ってるね。ってか、深っ!」


 翌日、サバンナのように斑な緑の山裾に到着した小人さんは、その様相に大はしゃぎする。

 フロンティアは南で滅多に雪は降らないし、積もるのも知れていた。次の日には溶けて消えてしまう雪をかき集めて雪ダルマや雪ウサギを作っていた小人さん。

 まあ、けっこうな量の土も入り交じり、マーブル模様になったのも良い思い出。


 膝下まで埋まる雪に眼を見張り、サクサクと足跡を残して千尋は興奮気味だ。


「うひゃーっ、もうだいぶ暖かくなったのに、凄いねーっ」


 ぎゅっぎゅっと雪玉をこさえて、小人さんは千早にぶつけた。


「わっぷっ、冷たっ! 何すんのさっ」


 頬に当たった雪玉を払いつつ、千早も掌に掬った雪を、そのまま小人さんに投げつけた。


「ひゃーっ、冷たい、冷たいっ!」


 ほっぺを真っ赤にして飛びはね、小人さんも腕を回転させるように雪を掬っては投げつける。

 千早も負けじと投げつけ、二人は瞬く間に雪まみれになっていった。

 ばばばばっと雪を投げつけ合う二人を止めようと間に入ったドルフェンも雪まみれ。


「おやめくださいっ、わっ!」


 狼狽えたドルフェンは、足を滑らせ、その場にすっ転んだ。

 それにタオルを持ったヒュリアが駆け寄り、剣呑な眼差しで双子を見つめる。


「御二人とも元気が有り余っておられるようですね? ようございました」


 ふくりと弧を描く優美な微笑みに、双子は背筋を凍りつかせる。


 もちろん、すぐに風呂に突っ込まれたのは言うまでもない。砂漠越えをした二人は埃だらけで、ずっとヒュリアに小言を言われていたのだ。

 どうせ砂漠にいる限り元の木阿弥になるからと、最低限の入浴しかしてこなかった二人は、これ幸いにとヒュリアに磨き上げられる。

 念入りに洗い、それなりの服装でしつらえて、ヒュリアは満足そうだ。


「ここからは親善大使です。よろしいですね?」


「「はい.....」」


 まだ辺境じゃんよ、と、ぶつくさ言う小人さんを黙殺し、海辺の森を経由してクラウディア国に向かう予定のフロンティア一行。

 既に先触れはされており、対外的には親善大使の双子である。

 海辺の森がある辺境はクラウディア国の土地だ。ここらは中央区域から離れるため、独自の文化を育ててきた土地である。


 クラウディアか。どんな国かなぁ。


 ワクテカする小人さんを余所に、道中は村も町もなく、そのまま海辺の森へ到着した。




「えーと.....?」


《..........》


 着いた場所は断崖絶壁。高さ三百メートルもあろうかという断崖中腹にその森はあった。

 いや、森というか、洞窟というか。萌える無数のシダやコケの密集した謎な空間。

 その中に色んなモノを持ち込んで巣を形成しているのが森の主らしいのだが。


「.....ツバメ?」


 黒と白の見慣れた姿。目元に走る朱色が鮮やかなツバメ様は、無言で小人さんを見つめていた。

 その大きさ、全長三メートルほど。


 ロック鳥かにょ。いや、まだ小さいか。ロック鳥って象を食べるような生き物だし。


 場所が場所なため、ドルフェンと双子のみで崖を降りてやって来た。場合によっては、すぐ行動出来るよう、崖上でひかえる小人さん部隊。


「えーと、盟約にきたんだけど?」


《御随意に》


 あや? あまり乗り気でない?


 周囲に散らばる主の子供らも、身じろぎもせず静かなままだ。

 なんの感情も見せない魔物達を訝り、小人さんは踵を返した。


《盟約なさらないのか?》


「アンタ、あんまりしたくなさそうだから。何か理由あるなら聞くし、話したくないなら、それで良いにょ。盟約は強制じゃないから、アンタが決めてね。また帰りに寄るから」


 そう言い残して、小人さんは洞窟から出ていく。海辺の森の主は、眼を見開いて呆然と小人さんを見送っていた。


 その瞳に浮かぶ驚嘆を小人さんは知らない。




「盟約しなかったのですか?」


「うん。何か、乗り気でない雰囲気だったから」


「そんな事あんのか? 金色の魔力は、魔物にとって得難い活力なんだろう?」


 アドリスが差し出した御茶を受け取り、小人さんは難しい顔をした。


「ん~、説明は難しいんだけどこう、分かっちゃうんだよね。主達って感情表現豊かだからさ」


 そうなのだ。過去にもキングやクイーンの諦めや憂いなど、それと気づかずに彼等は小人さんに伝えてきた。

 それと同じような感覚を、小人さんは海辺の森の主からも感じたのだ。


 強いて言うなら、《恐怖》


 小人さんを見て怯え、ツバメの主は心を閉ざした。だから何も言わず、千尋は洞窟をあとにしたのだ。


 ほーん.....と考え込みつつ、小人さんは目的地の一つであるクラウディア国王都を目指す。


 そこを経由して、次には山脈を挟んだ平原の森へ向かうつもりだった。その後、もう一回海辺の森にも寄っていこう。


 そんな事を考えながら進むモノノケ馬車。


 その先に答えがあり、平原の森に真実の一端が眠っている事を、今の小人さんは知らない。


「そう言う事は、早く言えぇぇーーっ!!」


 しばし後にお馴染みの絶叫を山々に谺させる小人さんである。

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