第117話 クラウディア王国の秘密と小人さん いつつめ

「なんだ、これはっ?!」


「ただの糸じゃないですっ! 刃物が全く役にたたないっ!」


「何なんだ、いったい.....? 何が起きたと言うんだ?」


 小人さん御用達の蜘蛛の糸。不思議物語定番なミスリルをハサミに転職させて、ようやく切れる糸である。鉄や鋼の武器などなまくらも同然。

 原因不明な大地の亀裂を塞いだ強靭な糸。森の主の名前は伊達ではない。糸で鉄壁に蓋をされた亀裂の上は馬車が走っても平気な強度。どんな衝撃をも跳ね返すソレを、唯一断てるのはミスリルのみだ。

 超希少金属なミスリルはフラウワーズでしか産出されず、当然、加工技術もフラウワーズにしかない。門外不出な金属だが、友好的な隣国であるフロンティアにだけは、ほんの少し融通してくれていた。

 それを利用してハサミを注文した小人さん。


「ハサミ?」


「ハサミ」


 言葉に出来ない葛藤がフラウワーズ側に漂ったのは言うまでもない。


 まあ、そんなこんなで双子の衣服を仕立てるため、フラウワーズから贈られたハサミと針でしか、この蜘蛛の糸には歯がたたないのである。

 何本目かの刃こぼれしまくったナイフを床に叩きつけ、獰猛に唸るクラウディア騎士達が忌々しく糸で封じられた地下階段を睨めつけた。


「どういうつもりなんだ? フロンティアはっ?!」


「子供二人だと侮ったわ。まさか、あんなに大量の魔物を馬車に隠していたとは」


「魔物を操るのはクラウディアだけではなかったのか?」


「カストラートでも魔物を従えているという。魔法国家であるフロンティアだ。不思議でもないだろう」


 森の主を代々従えてきたクラウディア王国には歪んだ認識が蔓延っている。一部の貴人は魔物を操れるのだと。

 隣国のカストラートがそれを実践していたため、その間違った認識が拭われる事はなく、ゆえに今の状態にも変な理解をみせた。


 だから彼等は思い出しもしなかったのだ。.....金色の王の存在を。


 いきなり起きた騒動を困惑気に受け止めるクラウディア側だった。




「お? 来たかな?」


 籠城してから半日。仕事が早い。まだ一日はかかると思っていたけど。

 小人さんは明かり取りの窓から入ってきた蜜蜂を御苦労様と労う。


「準備が整ったみたいだにょ。いこか?」


 にししっと笑う少女にフロンティア一行は、ふてぶてしく微笑んだ。




「隊長ーーーっ!!」


 長い階段を転げるように降りてきたのは赤い近衛の軍服を着た男性。恐怖に顔をひきつらせて、ガタガタと歯を震わせている。


「南から......っ! 魔物の軍勢がっ」


 隊長と呼ばれた男性は、大きく瞠目した。




「みんな行けるかな?」


 小人さんの前には百人近い獣人ら。皆ボロボロな衣服で疲労困憊だったが、まともな食事と魔法による洗浄で人並みな姿に戻っていた。

 特に食事。明らかに家畜の餌と思われる物が牢獄の片隅に積まれ、それが食事だったのだと理解した小人さんは、その麻袋を全て玉に封じて、代わりにアドリスとザックの作った食事を振る舞う。

 初めて暖かい食事を見たと言う獣人達に、フロンティア一行は怒髪天。

 あれもこれもと、それぞれの個人的な持ち込みの食べ物も出して、小人さんが出したモノの二倍な食料が牢獄に所狭しと並んだのだ。


「食べても.....?」


 恐る恐る問う獣人ら。


「食え。取り敢えず食え。話はそれからで良いにょ」


 歓喜で沸き返る獣人達に、涙しか出て来ないフロンティア一行。


「良い匂い。すごく御腹の鳴る匂いだ」


「御飯なの? これ、食べられるの?」


「温かい。嬉しい」


 ざわざわと口々にまろびる素朴な言葉。


 生まれてからずっと牢獄で、家畜の餌しか食べた事ない獣人らが大半らしく、初めて眼にする料理と言うモノに興味津々。その幼気ない姿はフロンティア一行の逆鱗を撫でまくった。憤り、辛辣な侮蔑を瞳に浮かべる騎士達。


「クラウディア王国は必要なくないですか?」


「平民には責任がないので、王家だけです。要らないのは」


「ですよね。民を虐げる王家は滅ぶべきです」


「滅ぼしましょう。また、良い誰かが王になってくれますよ」


「「「「「賛成」」」」」


 自問自答で答えを出し、満場一致のように頷く騎士達にドルフェンは苦笑い。


 騎士とは神に忠誠を誓う者。王が神の代行として民を守り治めるからこそ、騎士は王家を守る。その大前提が崩れてしまえば、騎士とは王家にとって最大の敵になりうるのだ。

 さらに小人隊は、主である小人さんの気風が伝染し、一種独特な価値観と概念を育みつつある。


 上に立つ者がバカなら潰せ。


 しれっと王家を滅ぼせと宣う彼等に垣間見える、そういった容赦ない片鱗。喜ぶべきか嘆くべきか、複雑な心境のドルフェンだった。


 無言で食事を貪る獣人達を眺めながら、小人さんも頭を捻らせる。


 中世初期から後期の文明しか存在しないアルカディアでは力が正義だ。力ある者が他者を蹂躙するのが当たり前。

 それを逆手に取って、やりたい放題してきた小人さん。

 今回も力押しで何とでもなるだろう。しかし、クラウディア王国では森の主が王家の味方をしているという。


 何かあるよね? 何だろう?


 小人さんの基本は地球の現代文明が反映していた。出来うる限り御互いに納得のいく落とし処を模索する。だからこそ、今まで大した軋轢もなくやってこれたのだが。

 今回は難しいかもしれない。獣人達はクラウディア王の持ち物だ。財産に当たる。それを解放しようとする小人さんは、何処から見ても強奪者である。

 これを正当化するなら、徹底的に相手を脅かさねばならない。歯向かえば大変な事になるぞ? と。


 そのために、各森の主へ伝令を飛ばした小人さん。


 寄越せるだけの一族をクラウディア王国へ送って欲しいと。それに呼応し集まってきた魔物を想像して、小人さんは愉快そうに顔を煌めかせた。


「郷に入れば郷に従えだよね。さってと、支度が済んだら出ようか?」


 御腹もくちくなり、あまりの美味しい食事に放心していた獣人達を身綺麗に洗浄して、フロンティア一行は大きく頷いた。


「我々は、ここから出てはいけないと言われています。酷い罰を受けてしまいます」


 あわあわと狼狽える獣人らの前で、小人さんはモノノケ隊に指示を出して明かり取りの窓を破壊する。

 蜜蜂らの風魔法が斜め上を劈き、きりもみ状の竜巻が壁に大きな穴を空けた。

 どおおぉぉんっと響く爆音とともに、辺りに飛び散る壁の欠片を、ていていっと守護膜で弾くカエル達。

 固まって微動だにしない獣人らを振り返り、千尋は、にっと口角を上げた。


「あんた達を出してはいけないとクラウディア王が命じたのかもしれないけど、アタシは、あんた達をここから出したい。美味しいモノを食べて、楽しい人生を送って欲しい。絶対にアタシが守るから、それを信じられる人はついてきて? 信じられないなら、残るのも自由だにょ。強制はしない。自分で決めてね?」


 自分で決める?


すっとんきょうな顔を見合わせる獣人達。

 生まれてこのかた、自分で何かを決めた事などない彼等だ。ただ、ここに在るだけ。

 子を産み育て、それなりの年齢になれば奪われ、訓練を強制されて出荷される。


 子の行く末を案じて祈るだけの毎日。


 美味しいモノを食べて楽しく生きるという人生が想像出来ない。彼等は知らない。

 人間、未知のモノには恐れを抱く。その恐れが彼等から噴き出そうとした、その瞬間。


「こんなおいしい物が毎日食べられるの?」


 小さな猫の獣人が何気無く聞いた。

 それに微笑み、小人さんは猫の獣人の手を取ると大きく頷いた。


「そうだにょん。毎日美味しい御飯を食べて、大きくなるのが子供の仕事。そういう生活をアタシは君達に約束したいの」


 具体的な説明を耳にして、獣人らの恐れがなりをひそめた。

 同じ働くなら美味しい御飯がついている方が良いに決まっている。長く家畜の餌しか口にしてきていない獣人にとって、先ほど食べた料理は分かりやすい恩恵だった。

 獣人らの瞳に生気が宿る。それを小人さんは見逃さない。


「さっ! 自由に美味しいモノを食べられる世界へ行こう? 子供らが笑って過ごせる国に案内するにょ♪」


 意気揚々と猫の獣人と手を繋いで、破壊した壁の穴から外へと向かう小人さん。

 その楽しそうな様子につられ、他の獣人らもフロンティア騎士に守られながら外へと歩き出した。


 最後尾には主の子供。


 巨大ペンギンはペタペタと足音を鳴らし、牢獄を一瞥する。その眼にはかれた唾棄するように辛辣な光を小人さんは知らない。


 長く森の主達を捉えていた呪いのような軛に、深いヒビを入れた事を今の小人さんは知るよしもなかった。

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