第7話 七夕祭りと小人さん ~前編~


「お父ちゃーん、早くいこーっ」


 お昼の賄いを食べた双子は、厨房奥の通用口へ駆けていく。

 今日は家族で、キルファンへお出掛けなのだ。

 午後から休みをもらっているドラゴは、双子らと共に自宅に戻り、桜を拾ってキルファンへと馬車で行く予定である。


 仕事を終えて着替えたドラゴが通用口に向かうと、そこには床に張り付く双子と蜜蜂二匹。


 首を傾げつつ、ドラゴは二人を見ていた。


「そう.... それっ、ありがとう、ポチ子さんっ!」


 壁と階段の隙間には一本の鉄棒がはまっている。

 以前、小人さんが中から出られなくなる大騒ぎが起きて、城中の階段横の隙間に、子供でも入れぬよう鉄柵がつけられたのだ。


 だが、新生児サイズなポチ子さん。


 ギリギリ入れる大きさだったらしく、中から色々と引き摺ってきている。


 双子の横には籠や食器。萎びたなにがしかや、毛布にシーツ。

 それらを一纏めにして、床に張り付いた千尋は、手を伸ばしてポチ子さんから何かを受け取っていた。


「ああ、これだ。....あったぁ」


 眼を細めて千尋は何かを握り締めている。


「それは?」


 いきなり掛けられたドラゴの声に、ぴょんっとリアル飛び上がる双子達。

 にへっと薄ら笑いを浮かべ、千尋は手の中の物を、いつもの斜め掛け鞄にしまった。


「何でもないにょ。ほら、アタシが持ち込んだ物が放置だったから気になったのっ、運ぶの手伝って、お父ちゃんっ」


 言われてドラゴも気がついた。


「こんなに持ち込んでいたのか。まるでネズミの引っ越しみたいだな」


「ひっどっ、アタシはゴミ捨ててくるね」


「じゃ、ボクは食器を片付けてくるよ」


 元は食べ物だったらしい残骸を持ち上げて、逃げるように駆け出していく小人さん。


 それを見送り、ドラゴは毛布やシーツを洗濯場所へと運んでいった。




「あれまあっ、なんだい、あんた達っ」


 埃まるけな三人を見て、桜は眼を丸くする。

 斯々然々と秘密基地の話をする千尋とドラゴ。それを聞いて、千早がプンスカと頬を膨らませた。


「ヒーロは、にぃにに内緒でそんなことやってたんだ。のけ者にしたんだね」


 思わず顔を見合わせるドラゴと小人さん。


 まさか前世の話だと説明する訳にもいかず、二人は苦笑いを浮かべた。

 二人の様子から察したのだろう。桜が千早の肩を叩き、助け舟を出す。


「なら、千早も秘密基地を作れば良いさ。誰にも秘密だから秘密基地って言うんだよ?」


 にっこり微笑む桜に、なるほどと頷く兄。


 ごめんよ、にぃに。そのまま素直な貴方でいてね?


 物分かり良く丸め込まれる兄の将来に一抹の不安を覚えながら、心の中でだけ両手を合わせる小人さんだった。




「おお、良く似合うな」


 桜に着付けてもらい、三人は浴衣にきがえる。


 ドラゴは深い紺に、白と黄色で織りの入った絣の浴衣。ガタイが良いので着流しが様になっていた。

 双子には色違いの紬。模様はトンボとススキである。

 千尋は赤地、千早は青地。

 桜は臙脂色の浴衣。少し暗めな朱色に細かい桜模様の抜きが入った浴衣だった。


「さて。じゃ行こうかね」


 和気藹々と馬車に乗り込むドラゴ一家と共に、ナーヤとサーシャも別の馬車へ乗る。

 留守番は蜜蜂達に任せ、一家総出でお出掛けだ。

 軽快に走る馬車に馬で並走しているのはドルフェン。


 今日はキルファンのお祭りである。


 毎年のお楽しみで、きゃっきゃと楽しげな子供達。それを眺めるドラゴ夫妻も嬉しそうだ。


「あの謎な踊りがキルファンの踊りだったとはなぁ」


「まあ、同郷らしいしね。知っていてもおかしくはないさ」


 昨日の馬車騒ぎで長年の謎が解けたフロンティアの面々だった。


 時おり見せる謎の小人さん踊り。


 小人さん踊りの呼び名で定着しつつあったソレが、実はキルファンの大衆的な踊りだと知り、驚きを隠せないドラゴ達である。


 馬車の一件で苦笑いしていた男どもと対照的に、桜は踊る小人さんに手拍子をしていた。

 初めて聞く歌、初めて見る踊りなはずなのにと、怪訝そうなドラゴに、桜は、しれっと答える。


「え? 河内男節だろう? 盆踊りの定番じゃないか」


 ねーっ? と微笑み合う母子。


 そこで初めて盆踊りという踊りを知ったドラゴ達。聞けば、最近のキルファンの祭りでも踊られているそうだ。

 今までの建国中のキルファンでは大きな祭りをやる余裕もなく、内輪の小さいモノばかりで、フロンティア側は全く知らなかった。

 しかし首都も立ち上げ、余裕の出てきた最近は、少し大きな祭りが予定されていると聞き、ぜひとも参加したいと今回のお出掛けに繋がったのである。


「キルファンの祭りには何度か参加したが、明るい内に帰っていたからな。夜にそんな踊りが催されていたなんてな」


「櫓と提灯に灯りが入ってから始まるしね。子供らも小さかったし仕方無いよ」


 今年はそれにも参加しようと、明日もお休みをもらい、泊まりがけで参加予定のドラゴ一家。

 途中、二回ほど休憩を挟み、キルファンに着いたドラゴ達は、その首都である秋津へと向かう。

 フロンティアの王都と、背中合わせの都市。馬車で走れば三時間ほどのそこは、賑やかな街並みの美しいところだった。


 たった五年でここまでなるか。さすが現代日本の技術を持った国だよねぇ。


 今までも訪れてきていた街だが、前世の記憶が戻った今、さらに感慨深くなる小人さん。


 近代的な建物は無いが、昔懐かしい雰囲気を持った平屋中心の街は、横長な風情のある風景が、とても魅力的な街である。


「ああ、お久し振りです、ドラゴさん、桜さん」


 馬車から降り立ったドラゴ一家を迎えたのは克己。

 彼はキルファンの相談役として、今も精力的に働いていた。


 地球からの異世界転移者。


 今は無きキルファン帝国。そこは多くの日本人転移者によって築かれた国だ。

 神々のいさかいにより、己の間違いに気づいたアルカディアの神々が、それを正すため、魔法のない文明をアルカディアにもたらそうと、地球の神々から御借りした魂達。


 世界の形が整い、神々のいさかいに決着が着いた時、御借りした魂は地球世界に返還された。

 こちらで増えた分の魂は残され、大陸ごと地球の神々へ戻されたキルファンは、残った人々で新たなキルファン王国をフロンティア横の荒野に建国したのだ。


 たぶん克己が最後の転移者になるのだろう。


「千尋ちゃんと千早君もいらっしゃい。今年の祭りは一味違うから楽しんでいってね」


 ふふんっと自慢げに微笑む克己。


 そして案内された祭り会場に、ドラゴ一家は唖然とした。


 元々あった広場を中心に、各方面へと伸びた大通り一面に下がるくす玉のような大きな飾り。

 各々趣向を凝らした玉飾りに、長く伸びる色とりどりなリボン。

 ひしめくように天井から下がる賑やかな飾りに、千尋は見覚えがあった。

 地球での彼女の実家は名古屋市。近くにある織物の街、一宮市の有名な祭りを小人さんは知っている。


 織物にちなんだそらをめぐる物語。


 そうか、今日は.......


 七の月の七の日。


「七夕祭りかぁ.....」


 何気無く呟かれた幼女の一言。


 それに瞠目し、ふと克己は千尋の肩にいる魔物達に気がついた。


 ポチ子さん、麦太、ミーちゃん。


 去年までは連れていなかった懐かしい面々。

 瞠目していた克己の眼が、さらに限界まで見開き、震える瞳とともに戦慄く唇が問いかける。


「千尋.....? なのか?」


 先程とは違う低い声音。それの意味する事を察し、小人さんは、にかっと破顔した。


「ただいまだにょ、克己」


 記憶の底に刻まれていた、その笑顔。思わず口に手をあて、克己は言葉もなく立ち竦む。

 そして泣き笑いのような顔で、くしゃりと頼りなげに微笑んだ。


「おかえり」


 奇跡の邂逅。


 二人の時間は、一瞬で五年前まで巻き戻った。


「あれから、頑張ったんだよ? 俺さ」


「うん」


「凄く大変だったんだからな? おまえ一人ログアウトしちまいやがって。どんだけ俺が苦労したか」


「ごめん」


「本当に..... こんちくしょうがっ」


 恨み言を吐き捨てながら、口を歪めて克己は小人さんを抱き締める。膝をついて壊れ物を扱うかのように回された克己の腕を掴み、千尋は七夕飾りを見上げた。


「凄いね。あんた一宮市の生まれ?」


「いや.... 岐阜県。電車で一本なとこだから七夕祭りには毎年行ってたんだ」


 滲む涙を拭い、克己は千尋を見つめる。


「楽しんで行けよな。今年が初めての七夕祭りだ。毎年やるからな」


 それに頷き、千尋は克己の頭を両手で撫でた。もしゃもしゃと動く小さな掌。


「ありがとうね、克己。凄いよ、びっくりしたよ。がんばったんだねっ」


 ほにゃりと笑う懐かしい笑顔におされ、克己の眼から、ほたほたと涙が零れる。


「この野郎っ、せっかく我慢したのにっ! 泣かせにくるかっ、鬼っ、悪魔っ!」


 謂われない非難を浴びつつ、千尋は克己に急き立てられるように祭り会場へ追いやられた。

 それに従い、ドラゴ一家も広場の中心へと向かう。

 そこは大きな櫓が中心にあり、その広場外周にはひしめき合うように屋台が並んでいた。

 広場から四方に伸びる大通りにも屋台が立ち並び、鮮やかな色とりどりの幟や暖簾が風に靡き美しい。


 昔懐かしい日本の祭りそのものだ。


 お面や風車、飴細工にカルメ焼きなどなど。現代の日本でも廃れた数々があり、小人さんの心が踊る。


「うわあぁぁぁっ、どれにしようっ」


 うきゃーっと跳び跳ねる小人さんに、桜は仕方無さげに苦笑した。


「ほらほら、まずは短冊を書かないと。せっかくの笹竹に申し訳ないだろう?」


 そうだった。


 はたっと我に返った千尋は、櫓や屋台に沿って並ぶ、沢山の笹竹を見渡す。

 それぞれに飾りや短冊が鈴なりになった懐かしい姿。


 慌てて双子は用意されている色とりどりな短冊に願い事を書いた。


「アタシ、赤いのにするぅ」


「じゃ、ボクは緑」


 それぞれ手にした短冊に墨で願い事をつづり、用意されていた薄い紙を桜がするすると縒って紙縒こよりを作ってくれる。


 こういうのも懐かしい。千尋も子供の頃、婆様の内職の手伝いで、火薬を包んだ線香花火を良く縒ったものだ。


 双子はピンと縒られた紙縒を短冊に通し、近くの笹竹に吊るした。

 風に揺られながら、クルクルと回る短冊。

 多くの短冊が揺れる笹竹は、歌にもあるように、サラサラと涼やかな音をたてている。


「ボクの御願いは、いつ叶うのかなぁ」


「織姫も彦星も年に一回しか逢えなくて、一年中暇してるから。きっとすぐに叶うよ」


 きゃっきゃと楽しげな兄妹に、短冊を配っていた女性が、微笑みながら頷いた。


「フロンティアの方だね? 良く御存じだ。浴衣も似合っているし、今日は天気も良いし、可愛い子供の御願いだもの。きっとすぐに叶えてくださるさ」


 空を見上げる女性につられ、ドラゴ一家も首を上げる。

 そこは薄い宵闇に染まり、大きな一番星が輝いていた。


 異世界なはずなのに。


 この季節の一番星と言えば、地球ならば木星だ。あの大きな輝きは、地上の無機質な人工の灯りにも負けず光り輝いていた。

 それとは違うのだろうが、このアルカディアでも同じような大きな星が輝いている。


 さらに違うのは、その星の多さ。


 闇が深まるにつれ、まるで海にさざめく波のように、数えきれないほどの星が姿を現す。

 空一面に鏤められた星々は、陳腐な言い回しだが、まさに宝石箱。


 それを脳裏に思い描いて、思わずニンマリと笑い、小人さんは屋台へと駆け出した。


「お腹空いたぁーっ、お好み焼食べたいっ!」


「あ、待ってヒーロ、ボクは焼そばが良いっ」


 花より団子な子供らを追いかけて、ドラゴらも祭りの人波に紛れていく。


 双子はお好み焼と焼そばを半分こしつつ食べ、さらにはドラゴの食べるタコ焼までかすめとり、かき氷にツーンとする頭を抱えて呻いていた。

 苦笑いで転げ回り、無邪気に走り回る子供達。


「本当に..... 幸せだなぁ」


「だねぇ」


 しんみりと肩を寄せ合う伯爵夫妻。


 二度と、この幸せを壊させまい。たとえ、それが神々の御意志であろうとも。


 そんな二人を遠くから克己が見つめている。


 彼の心も同じだった。


 二度と小人さんを失わないために、克己は何でもやるだろう。たとえ、それが、人道に反する行いであろうとも。


 それぞれが心に深く決意を穿つなか、当の小人さんは、通常運行。


 提灯に灯りがともり、高らかに鳴り響く和太鼓と曲や歌を奏でる楽団の間を物珍しそうに走り回ると、先陣を切って踊り始めた。 

 千早も見よう見まねで踊っている。

 盆踊りは然して難しい踊りではない。身振り手振りでそれらしく見えるし、何より単調なリズムが楽しい。


 わきゃわきゃ踊る子供らが目立ったのだろう。建国されたばかりのキルファンには子供が少ない。

 周囲で踊る人々も、子供らを引っかけないように微笑んでいる。


 色違いでお揃い浴衣に満面の笑顔。


 可愛らしい子供らは、踊りの輪の中で揉みくちゃにされそうだ。

 そんな双子をハラハラと見ていたナーヤとサーシャが手を出すより早く、周囲のキルファン人が二人を抱えあげ、梯子を上って櫓の上に上げた。


「せっかくの御客様だ。ここで踊ると良い」


 一目でフロンティア人とわかったのだろう。にやっと口角を上げた男性は、そのまま櫓から降りていった。


「うはぁ、良い見晴らしーっ」


「凄いね、こんなに沢山の人、初めて見たよ」


 櫓の周囲には数百人が三重の輪となり踊っていた。

 櫓中央に置かれた和太鼓の周りを飛び回り、踊り狂う可愛い双子。


 賑やかな調べの夜はあっという間に更けて行き、呼ばれて櫓に上がったドラゴ達が見たモノは、踊り疲れて倒れるように眠る二人の子供達だった。


 すよすよと満足気な顔で、大の字に寝転がる双子にドラゴ達は言葉もない。


 呆れた眼差しで抱き上げ、櫓から降りると、夢の中でも踊っているらしい小人さんが、むにゃむにゃと呟く。


「.....さのよぃよぃ」


 一瞬の間をおいて爆笑するドラゴ一家と周囲の大人達。


 何とも幸せな家族の一幕。


 子供らを幸せにしてやりたい大人達の思惑を余所に、勝手にお手軽に、一人で幸せになる小人さんだった♪

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