第8話 七夕祭りと小人さん ~後編~


『美味しいーっ、カルメラなんて、お婆ちゃんが死んでから、食べたの久しぶりーっ』


 楽しい祭りの後。


 夢の中でも小人さんは祭りを楽しんでいた。

 そして御満悦だった寝顔が、やや曇る。


『カルメラ?』


 夢の中の小人さんが、ふいに首を傾げた。


 そして宿屋のベッドに寝ていた幼女が雄叫びを上げる。


「あーーーーーーーっ!!」


 驚く家族を置き去りにし、轟く雄叫びのドップラー効果を部屋に残しつつ、小人さんは全速力で廊下を駆け抜け、宿屋のカウンターへ飛び出した。


「うわあぁぁぁぁっ、克己ーっ!」


 ドラゴ一家の泊まる宿屋は大きく、三階建の五十室。そこのどれかに克己も泊まっている。

 あうあうと手足をわちゃわちゃさせカウンターに張り付く幼女。


「克己の部屋はどこですかぁぁーっ」


 うわあぁぁぁあんっと叫びながらのたうつ小人さん。

 カウンターの御姉さんは狼狽えつつも、賓客だと言われている一家の子供に克己の部屋を教えてくれる。


「克己さんは三階のー.....」


 言いかけたまま、ふいに御姉さんの言葉が途切れた。

 焦れてカウンターに乗り出した小人さんの頭を、いきなり誰かが掴む。

 掴んだというか、持ち上げたというか、めり込む指先が地味に痛い。


「いてててててっ」


「何してんだよ、おまえは」


 掴んだのは克己。朝食をとりに降りてきたら、劈く幼女の雄叫びが鼓膜を突き破った。

 いや、比喩だけど、それぐらい、けたたましい絶叫だった訳だ。

 半泣きな顔で克己を見上げて、小人さんは叫ぶ。


「克己ーっ、カルメラーっ」


「うん? ああ、昨日の祭りのか。今日もやるから、食べられるぞ?」


「違うーっ、ザラメーっ、うわぁぁんっ」


 は?


 先程からの雄叫びもそうだが、言語中枢壊れてないか? おまえ。


 あうあう足を踏み鳴らしつつ、手をわちゃわちゃさせ、ようやく小人さんは、核心の言葉を口にした。


「砂糖ーっ!!」


 一瞬惚けてから、克己は疑問に答えをもらう。


 なるほど、そういや、コイツは知らないんだったな。


 そして、人の悪い笑みを浮かべて小人さんを見下ろした。


「あるよ~♪ 砂糖黍も甜菜も。キルファンにはあったんだよねぇ♪」


 再び、小人さんの雄叫びが上がったのは言うまでもない。


 カルメラと言えば原料はザラメと水と、ちょっぴりな重曹。ザラメはカルメラや綿菓子などに必須な砂糖である。


 祭りにひゃっほいしていた小人さんは、その関連に気づくまで一晩かかってしまった。

 薄茶色の焼き菓子なカルメラは、一見砂糖菓子とは思えぬ姿をしている。

 サクサクとした食感を楽しむお手軽な菓子だ。前世で千尋の祖母も良く作ってくれた。

 お玉にザラメと水を入れ、直火にかけて、ブクブクと泡立ってきた中身をスリコギでかき混ぜ、一気に水分を飛ばす。

 すると泡がそのまま固まり、どら焼きみたいな形の砂糖菓子が出来るのだ。


 その行程を知らずば、千尋もザラメの存在に気づかなかったかもしれない。


 あうあうと腰にしがみつく小人さんを引きずったまま、克己は仕方無しに農場へと向かった。




「うわあぁぁぁぁっ」


 克己に連れられてやってきたのは広大な畑。一面に植えられた甜菜は、青々とした葉に風をはらませて波打っている。


 そして砂糖黍畑。


 それぞれを囲う柵に飛び乗り、小人さん端から端まで駆けていった。


「わあぁぁぁぁあっ」


 もはや、言葉にもならないらしい。


 太さ十センチ程度の木の柵の上を駆け回る小人さん。まるでお猿のようである。

 飛び上がる時も三角飛びのように角をつかって、スタッと上がっていた。

 思わず眼を丸くする克己の前で、小人さんは近くに来たポチ子さんに飛び付き、ぶい~んと運んでもらうと、克己の前でクルンと一回転して飛び降りた。


 いやいや、おかしくないか?


 ファティマの頃と同じ年頃だ。あの時は、こんな身体能力は持ってなかった筈である。


 克己の疑問は口を突いた。


「ああ、今、騎士団で体術とか色々教わってるの。うんていとか、跳馬とか、平均台とか。トンボ切りなんかも楽しいよ」


 は?


 体重の軽い子供ならではの軽業だ。


 雑技団などで披露される技術を、体術と称して騎士団で学ばされている双子である。

 騎士の振りをした王宮暗部。そのメンバーが双子の能力に眼をつけ、騎士団長の許可のもと、二人に雑技を教授していた。

 これが進めば、いずれは隠密的な事もならうのだろうが、全く気づいていない小人さんである。

 年齢的に、双子が普通の体術を習得するのは無理があった。

 なので、まずは身体の使い方から。

 柔軟と型を教わる予定だった双子の、子供と思えぬ動きに眼を見張った暗部の御偉いさんが、是非とも教えたいと、騎士団に捩じ込んで来たらしい。


 物心ついた時には蜜蜂らと空を翔ていた双子である。空中での体勢維持には慣れていた。

 落ちる時にもカエルらの守護があるため、思い切り良く着地する。

 それらが幸いし、魔物らの補助がなくても、ある程度の動きは身体が覚えていた。


 暗部のメンバーが舌を巻くほど、双子の上達は目覚ましく、今では一端の軽業師。


 裏で騎士団と暗部が双子を取り合っているなど、夢にも思っていない小人さん達である。


 唖然と見つめる克己だが、知識としては軽業師を知っていた。

 ネットの中には、人間離れした雑技の数々を軽々とこなす子供達もいた。

 それが今、目の前にいる。


 いや、ある意味、不思議じゃないよな。そういうのを習っているなら。

 でも、それがコイツだってことが、なんかヤバい気がするのは何故だろう?


 じっとりと冷や汗を垂らす克己を余所に、小人さんは精製小屋や廃蜜などを見学して眼を輝かせている。


「克己ーっ! これってフロンティアにも売ってくれるんだよねっ? いや、栽培させてよーっ!!」


 うきゃーっと踊りまくる小人さん。


 ブレないな、おまえ。たまには止まれ。


 砂糖フィーバーな小人さんが止まる訳はない。


 今はキルファン国内の消費分しか生産出来ていないらしい砂糖。


「結局は贅沢品。嗜好品より、まずは穀物なんかの備蓄が重要だから」


 克己の話は分かる。でも感情が吠える小人さん。


「なら、フロンティアに栽培権ちょうだいっ!」


「阿呆ぅ。あっちだって今は生産量上げるのでカツカツだわ。おまえ、王宮で聞いてないのか?」


 ぐっと詰まる小人さん。


 王宮関連には一切近寄っていないため、今のフロンティアの現状は分からない。


 しゃとうぅぅ......っっ!


 何故か心の中で噛む小人さん。


 えぐえぐと嘆きつつも、譲ってもらえるだけの砂糖を手土産に、泣く泣く家路についた小人さんである。


 その顔は泣きながらも至福の極みな笑顔だった。

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