第114話 クラウディア王国の秘密と小人さん ふたつめ


「こんばんわーっ」


 小人さんがドルフェンの腕に抱かれたまま玄関のノッカーを叩くと、中から返事がして若い男性が顔を出す。

 そっと開かれた扉の隙間から覗く不安げな顔。

 それに首を傾げ、小人さんはドルフェンに荷物を預けて、ぴょこんっと腕から飛び降りた。


「夜分遅くに失礼いたします。わたくしはフロンティアのジョルジェ伯爵が娘、千尋と申しますの。後ろは兄の千早と護衛のドルフェン。どうぞ、よしなに」


 可愛らしくカーテシーを決める少女を見て、さらに狼狽える男性。


「きっ、貴族様ですか? 何かありましたか? 私どもは静かに暮らしているだけでございます、何も疚しい事は.....」


 しどろもどろに応対する若い男性を訝り、ドルフェンがガシっと扉を掴んだ。


「何を言っている? 我が主人は教会の孤児院に差し入れを持ってきただけだ」


 ガタイの良い騎士に睨み付けられ、あわあわと飛びすさる男性。それを一瞥し、ドルフェンは静かに扉を開けた。


「こちら、屋台で購入しましたの。美味しそうでしょう? 子供らは何処に?」


 満面の笑みな小人さん。


 大抵の教会には孤児院が併設されている。そして厳格な規則の元、堅苦しい暮らしをしているはずだ。

 フロンティアの教会だってそうなのだから、他はおして知るべし。きっと差し入れを喜んでくれるに違いない。

 そう思い、憩いの一時をと考えてやってきたのだが..... なにやら様子がおかしい。

 ガタガタと震える若い男性。この騒ぎを聞き付けたのか、そこかしこに人がやってきているが、こちらに来ない。

 むしろ遠巻きに見ている人々からは、仄かな怯えが見え隠れしていた。


 なん?


 辺りを見渡した小人さんは、教会奥の扉に隙間があるのを見つける。そこから覗く幾つもの瞳。

 基本教会は真四角な形で、真ん中を中庭にし中庭を囲んだ四方をそれぞれの区画に分けているはずだ。

 正面に当たるここが教会の聖堂。とすれば、その向こうの扉は中庭に面しているはず。そこから覗く幾つもの瞳。


 あちらに複数の人間がいる? こんな時間の中庭に、なんで?


 制止する若い男性を振り切り、小人さんはスタスタと聖堂奥へ向かうと中庭に面しているはずの扉を、パンっと開けた。


 そして瞠目し、言葉を失う。


 そこは見渡す限り、薄い毛布にくるまる人間らがひしめいていたのだ。その数、百人近くいる。


「なんですの? これは.....」


 這いずるように駆けてきた若い男性は小人さんの足元に土下座して、頭を床に擦り付けた。


「お見逃しくださいっ! 彼等には行く当てがないのですっ! どうか御慈悲を.....っ!!」


 必死に額づけ懇願する男性。それを心配げに見守る周囲の人々。絶望的に顔を凍らせる中庭の面々。


「わたくしは差し入れを持ってきただけですのよ? でも丁度良かったわ。暖かい軽食は中庭に。甘いモノは孤児院に運んでください」


 にっこり微笑む小人さんの指示を聞いて、ドルフェンが千早の持つ袋も受け取り、それぞれを男性に差し出した。


「あ.....? え?」


 甘いモノという言葉が聞こえたのだろう。柱の陰にいる小さな子供達がキラキラと眼を輝かせてこちらを見ている。


「あの.....? 処罰はないのですか?」


「処罰? なぜ?」


 きょんっと見つめてくる小人さんに、若い男性はポツポツと説明した。何故か口から零れてしまう言葉の数々。

 最後にはホタホタと涙を溢れさせ、若い男性は受け取った差し入れに突っ伏して号泣する。


 それを見下ろし、瞳を震わせる小人さん。


「なろー.....っ、ふざけてんね」


 少女の身体から立ち上る怒気。


 男性の話によれば、中庭に集められているのはこの村の貧民達。国王の命令で掘っ立て小屋の並ぶ貧民街を叩き壊して、そこに住む貧民達を荒野に追い立てたのだとか。

 あまりの酷い仕打ちに我慢できず、この教会の神父が彼等を集め、教会の中庭に匿った。

 しかしそれを気に入らない貴族の誰かが神父を咎め、そのまま縄を打ち連れ去ってしまったらしい。


「あとを頼むと.....、それだけ.....。神父様がどうなってしまったのかも分からず.....っ」


「その相手は王の命令だと言ったのよね?」


 嗚咽を上げながら頷く青年。


「ドナウティルといい、カストラートといい、渡る世間はバカばかりかっ!」


 上手いことを仰る。


 ドルフェンの口角が鋭利に上がった。この先は考えずともお見通しなドルフェンだった。

 それに違わず、小人さんは奥歯を噛みしめつつ、自分らはそいつらと関係ない。ただの他国からの親善なのだと説明し、小人隊から数人の騎士を教会の護衛につかせた。


 モノノケ隊も当然とばかりに騎士らに引っ付いている。


「教会に踏み込もうとする者、危害を加えようとする者、全て容赦なく叩き潰して。魔法の行使も許可します」


「「「はっ!!」」」


 胸に手を当てて得物を掲げる騎士達。それに倣い敬礼するモノノケ隊。


 小人さんは力強く頷くと、足早に教会から飛び出していく。

 そして宿屋に着き、ドルフェンが扉を開くとすでに勢揃いしていた小人隊を見渡した。

 皆の行動が速い。小人さんは満足げな顔をする。


「ドルフェン、ここの領主に先触れを。神父様がいるか確認して」


「はい」


 即座に動くドルフェン。


「ヒュリア、モロトフ達を教会へ。ここからは荒事になるかもしれない。彼等は安全なところに置いておくにょ」


「畏まりました」


 ヒュリアもすぐに二階の人形劇兄妹の元へと行く。


「アドリスとザックも教会へ。子供らや貧民達を御腹一杯にしてあげてね」


 小人さんの差し出した金貨の袋を受け取り、二人は快く頷いた。


「了解だ。気をつけて」


「これに日持ちする料理や菓子が詰めてある。ちゃんと食べて..... な?」


 ザックから封じ玉をもらい、小人さんは、にかっと笑った。


「さすが♪ ありがとうね」


 残りの騎士達が出立の支度を始めたあたりで、騒ぎを聞き付けた和樹が階段を降りてくる。


「おいおい、何事だ?」


「ああ、そういや、あんたらもいたっけ。こっからは別行動したほうが良いかもね」


 パタパタ走り回る小人さんのかわりに、早馬を指示してきたドルフェンが、先程の教会での出来事を和樹に説明した。


「は? 貧民? それを匿った神父が行方知れず? そんなん放っておけば良いだろ?」


「放っておける御仁ではないので。場合によっては殴り込みになります。だから君らは別行動したほうが良いとの事です」


 狡猾な笑みをはき、ドルフェンの眼窟から不穏な光が零れ落ちる。他の騎士達も同様だった。

 仄かに辺りに漂う火薬庫じみた剣呑な匂いに、和樹は思わず数歩後退る。これには覚えがあったからだ。


 ずっと昔。まだキルファンに金色の王が訪れてきていた頃。


 憤怒もあらわに駆け出していった数千の騎士団を和樹は忘れない。

 深紅に金の六芒星を描いた旗を先立てて、全体に砂煙をまとい、放たれた矢のように走っていった彼等は、一様に今の小人隊と同じ雰囲気を醸していた。


 これは闘いの空気である。


 何故にここまで、やる気満々なのか。


 この村は余所の国だろう? フロンティアが助太刀する義理はないじゃないか。


 狼狽える和樹らを余所に、準備の整った小人隊が馬車を運んできた。


「準備完了です。翔びますか?」


 どこから調達してきたのか、数匹の馬もいる。騎士団の軍馬には程遠いが、それなりに上等な馬だった。


「いや、陸路で行こう。時間を与えないとね。言い訳か、悪巧みの」


 時間を与える? 普通、逆ではないか?


 顔に疑問の全てが浮かんでいる騎士に、小人さんは人の悪い笑みで、うっそりと微笑んだ。


「口実が必要でしょ?」


 ああ、とばかりに、口角を歪める騎士達。


 いや、待って? おかしかないか? なんで、そんなに喧嘩上等なの?!


 相手に反撃と抵抗の時間を与え、真っ向から迎え撃つ気満々な少女を信じられない面持ちで見つめ、和樹は混乱する。


 こうして和樹らのキャラバンを置き去りにして、小人さん率いるモノノケ馬車は、辺境領主の街を目指した。


 何も知らない和樹の肩に一匹の蜜蜂がとまり、その頭をツンツンするのも御愛嬌。


 喧嘩上等、出たとこ勝負、立ち塞がる壁は蹴倒すのが信条の小人さん。


「特に食べ物と弱者が絡むと止まりませんの。チィヒーロ様は」


 茫然自失な和樹の横で、仕方無さげに笑うヒュリア。

 こうして一方的な敵意を向けられている事を、今の辺境領主は知らない。


 間者の風渡りで知らせを受けたロメールが、思わず頭痛に呻いたのは余談だ。


 何処にいても小人さんは、小人さん。彼女は今日も我が道を征く♪

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