第127話 小人さんの仲人


「アタシが?」


 真ん丸目玉な小人さんを見つめ、仰々しく頷くマーリャ。


「止めて頂きたい。ナーシャはライカンです。ちゃんとした獣人に娶らせ、多くの子供を持ってもらわないと.....」


 へにょんと尻尾を垂らして項垂れる人狼。


 どうやらサーシャからドルフェンと付き合うことを聞いたらしい。

 小人さんもライカンの意味を聞いてはいる。ライカンが産む子供の多くが男性で、女系な獣人らにとっては大切な後継者。

 このサイクルが正常に働かないと、次代の繁栄が望めない。一時は死んだものと諦めはしたが、生きているとなれば話は変わる。

 今の獣人の村には七人の男性がいた。そのうち若い者は三人。その誰かと結ばれてほしいと望む獣人達。


「分からなくはないけどさぁ。サーシャの気持ちはどうなるの?」


 何時も喧々囂々な言い争いをしつつも、仲睦まじく小人さんの世話を焼いていた二人だ。意気投合する事も多く、今回の成り行きは自然に見える。

 そう問い掛けた小人さんに、マーリャは有り得ないとばかりに口を開いた。


「子供の結婚は親が決めるものです。親に歯向かうなどあってはなりませんでしょう?」


 あ~。そういうね。


 思わず苦虫を噛み潰す小人さん。


 個人の権利が認められていない中世。子供は親の所有物であり、口ごたえなど言語道断。地球でも、親の言うことを聞かないと死刑なんて法律がある国もあった。

 そういった風習は一昔前の日本にも存在する。家長制度が失われて久しい昨今、灰塵した風習だ。

 だがアルカディアは、その中世真っ只中。しかも大きな山脈で中央区域と隔たれたクラウディア王国は、未だにその風習が脈々と受け継がれているのだろう。


「うーん。フロンティアでは個人の意志が汲まれるんだよねぇ。まあ、親に権利があるのは確かだけどさ」


 そう。フロンティアもまた、そういった風習が残った国だ。個人の権利は認めているものの、やはり婚姻による利権は大きい。

 身分が高いほどその傾向は顕著で、ドルフェンがどうするのか見守っている段階だったのに、まさかサーシャ側からの反対が来るとは思っていなかった小人さん。

 自由恋愛は平民の特権的な風潮で、そんなことを考える者は卑しいとまで言われる上流階級。事実、小人さんの周りでも自由恋愛で婚約した者は皆無である。

 誰もが政略結婚。まあ、嫌々な者がいないあたりは救いだった。

 婚約から始まる恋もある。ファティマなどはその典型で、学院を卒業する今年、マルチェロ王子に嫁ぐ二年後を心待ちにしていた。

 ウィルフェもそうだ。今年の新年に挙式予定だが、なかなかに睦まじく婚約者と暮らしている。

 そういった好例しか周りにいない小人さんは、初めての難関に頭を捻らせた。


 中世あるあるなんだろうが、サーシャは小人さんにとって家族同然。姉として慕い続け、いつかは良い人と幸せになってもらいたいと思っていた。

 それがドルフェンならば安心だ。二人を長々と見てきた小人さんは、ドルフェンの誠実さと真っ正直さを知っている。彼ならばサーシャを守り、暖かい家庭を築いてくれるだろう。

 ぶっちゃけ小人さんからしたら、何処の馬の骨とも分からない獣人のが信じられない。マーリャには良い相手に見えても、サーシャを幸せに出来るとは思えないのだ。

 彼女の目の前にブラ下がった円満な結婚を阻もうとするならば、マーリャとて小人さんの敵である。


 にぃ~っと悪い笑みを浮かべ、千尋はマーリャを見上げた。


「実は二人には大きな障害があるさぁ」


 微かに安堵の笑みをはいたマーリャを小人さんは見逃さない。

 千尋は如何にも重大そうな口調でマーリャに説明をした。




「なるほど。相手は上級貴族なわけですね?」


「そうなの。だから、平民の、しかも獣人のサーシャが相手じゃ結婚どころが婚約も許されないと思うんだよねぇ」


 貴族の婚姻には国王の許可が必要である。貴族同士でも身分差がある上級階級で、侯爵令息のドルフェンが平民を娶るなど許されようはずもない。

 ましてや獣人だ。誤解だったとはいえ、短命種だと認識されている彼等との婚姻など平民ですら許されはしない。


 そういった経緯を詳しく話す小人さん。


 得心顔で頷くマーリャは、軽く口許に手を当ててほくそ笑んだ。


「ならば、待っていれば勝手に破局してくれそうですね」


「かもねー。でさぁ、モノは相談なんだけどさぁ?」


 にぃっと口角を上げ、小人さんは、ある話を持ちかける。


 その話に乗り、マーリャは獣人の村へと帰還した。




「こんな馬鹿なっ!」


 後日再び、血相を変えて王宮の伯爵邸に乗り込んできたマーリャ。


「約束は約束だよね? だから言ったじゃない。ドルフェンならやり遂げるかもよ? って♪」


 そう。あの時、小人さんはマーリャと約束したのだ。


 こんな不利な状況のなか、万一にもドルフェンが婚約の許可を得た場合、その努力を認めて二人の結婚を許してやってくれと。

 面子を重んじる貴族の風習を知っていたマーリャは、快くとはいかないがそれを承知した。相手は侯爵家だ。どう考えても獣人を娶るとは思えない。

 安堵に胸を撫で下ろして獣人の村へ帰ったマーリャだが、それから一ヶ月もしないうちにサーシャから婚約の知らせが届き、慌てて小人さんの元へ駆けつけたのである。


「いったい何がどうなってっ?! 貴族が獣人を娶るなど聞いた事もございませんっ!」


 泡を食った顔のマーリャの問いに答えたのはドルフェン。二人は正式な婚約の報告に伯爵邸を訪れていた。


「身分を返上し平民となりました。そのうち騎士爵を頂く予定になっております」


 しれっと答えるドルフェンに、落ちた顎が戻らないマーリャ。サーシャは少し呆れ顔。


 何のことはない。身分が邪魔なら切り捨てるのみ。平民同士なら国王陛下の許可はいらないし、騎士一筋のドルフェンは侯爵家にも未練はなかった。


「たかが次男坊です。家を継げるわけでもなし、サーシャと幸せになれるならば惜しくもない」


 真顔で話すドルフェンに、マーリャは絶句する。そんな変化球があるとは思いもしなかったのだろう。

 貴族というモノの汚い部分が凝縮されたクラウディア王国だからこその落とし穴である。マーリャの敗因はフロンティアを知らなかった事。


 小人さんの蒔いた種は確実にフロンティアに根付いていた。その小人さんと行動を共にしてきたドルフェンは、貴族という看板に重きを置いていない。

 これは小人さん部隊全般にも言えること。彼女の気風は伝播し、間違いなく人々の見解を塗り替えていく。

 侯爵家では大騒動になったらしいが、政略の駒になる気のないドルフェンは、小人さんに仕え続けるためにも実家と縁を切りたかったらしいので無問題。

 侯爵が王家に泣きついたようだが、小人さんの名前を出せば黙る王家も無問題。


 結局、蓋を開けてみれば他愛もないこと。分かりきっていた未来を餌にして小人さんはマーリャをハメただけだった。


「約束は約束だにょ。二人の結婚を許してくれるよね?」


 真っ青な顔で絶句したままのマーリャと、正反対に幸せそうに微笑むドルフェンとサーシャ。その左手薬指に輝く慎ましい指輪は、彼女の瞳と同じスタールビーにアクアマリンのアクセントが入った品の良いモノ。アクアマリンはドルフェンの瞳の色だ。


 こうしてマーリャから許可をもぎ取った小人さん。


 当然の結末に、一人ほくそ笑む小人さんである。であるある♪

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