第109話 小人さんと海辺の森 ななつめ
「言われた通り捕獲した魔物は王宮地下の森に送ったが、これらは無理だ。鏡の裏を通り抜けられん」
悪夢の一夜が過ぎ、野戦病院のような有り様の王宮中庭の片隅に、幾つかの檻が置かれていた。
その中には大型の魔物。普通サイズの牛や馬、馬ほどもありそうな狼など、それ系の大型魔獣が五匹ほど並んでいる。
さらに周囲を飛び回る闇の精霊達。
ポチ子さんサイズな人間の形をした精霊は、やけにしつこく大型魔獣の周りから離れなかった。
誘蛾灯に群がる虫のごとく集まる闇の精霊達を、無言でサクサク回収する千早。
「コイツらのせいで、あわや大惨事一歩手前だったのに」
「うーん、どうだろうねぇ? アタシらも、こんなのが出てきてたなんて知らなかったし。しょうがないんじゃない?」
正確には小人さんらが踏み込む前には王宮から出てきていた闇の精霊達。
地下の闇の竜が生み出していた黒い玉。それの孵化した姿が闇の精霊である。
昏い心や邪な感情。そういったモノを好み、巣食う生き物。邪な感情とは何も悪いモノばかりではない。ようは野心や欲望といった本能的なモノが好きなのだ。
だからシャルルにも潜り込めた。彼の持つ純粋な欲望。花嫁様を迎えたい。己のモノにしたいという望みが、闇の精霊を受け入れたのだ。
その本能を抑え込み我慢している人間ほど闇の精霊に呑み込まれやすい。
大きな野心を隠しても無駄である。そのタガを上手に外して闇の精霊は囁くのだ。
《ナンデモシテアゲル》と。
善いか悪いかでは計れない闇の精霊達の行動。だが、タガを失った人間らが、どんな行動に出るかは御察しだ。
捕まえた闇の精霊をニギニギしつつ、小人さんは呟いた。
「あんたらは、やりたい事やってるだけなんだよなぁ。困ったちゃんだね」
《ダッテ、人間ガ好キナンダモノ。ナンデモシテアゲルワ》
「御遠慮する」
いやに多弁なソレを闇の魔結晶に突っ込む小人さん。
コイツらが喋るのにも驚いたけどね。
《イヤーッ、離シテーッ》
《ドコ触ッテンノヨ、変態ーッ!》
《アアァ、助ケテェーッ》
げんなりしながら片っ端から捕まえる千尋と千早。
周りに聞こえなくて良かったと、二人は心底胸を撫で下ろす。万一聞かれたら、まるで極悪人のように見えるだろう。
「口達者だよね、コイツら」
「んだね」
あらかたを取っ捕まえて、二人は檻の中の魔獣を見つめた。
水の縄でグルグル巻きにされた彼等は、大人しく檻の中に横たわっている。
瞳の色もおさまり、赤味は失せていた。
「丁度アタシ達、辺境の森に向かうところなんだよね。連れて行くよ」
不安気な王太子の顔が安堵に緩む。
念のため、二度と魔物飼育はしないよう言い含める小人さん。
「辺境が金色の環で繋がれば、魔物は大地から魔力を得て自由に動けるようになるにょ。今までみたく、魔法石で操る事は不可能だから。むしろ人間が餌になっちゃうからね? 気をつけて」
金色の環が完成し、大地の魔力が復活すれば、人間の枯渇した体内魔力も補填される。つまり人間そのものが魔力を持った餌袋に早変わりしてしまうのだ。
小人さんの説明を聞いて、王太子はゾワリと背筋を震わせる。
「承知した。二度と飼わせない。そのように法律も作ろう」
今回の大惨事が良い理由になるだろうと、王太子は小人さんに約束した。
そんなこんなで数日様子を見てからフロンティア一行は海辺の森を目指して出発する。
連れていく魔獣の事もあり、陸路を進むことになった小人さん達の後ろから、何故か和樹の商隊もついて来た。
「旅は道連れっつーじゃん? まあ、仲良くやろうぜ」
この数日で新たな馬車と馬を買い、小人さんらが出発する頃には準備万端。むしろ、待っていた感満載に西の門で仁王立ちしていた和樹を見て、思わず小人さんは苦笑した。
商売人だなぁ。逞しいね。
幸いカストラートを襲った災害の被害の殆どは貴族街のみ。
純然たる身分により城下町と隔てる高い壁が被害の拡散を防いでくれたのだ。皮肉なモノである。
なのでお金さえあれば装備を整えるのも容易かったらしい。
少ししたら、凄い混乱が起きるんだろうなぁ。平民の経済を回してくれるのは良いけど、絶対に横槍や横暴が頻発するよね。
後は我関せずの小人さんでも、ついつい遠い眼をしてしまう。
そんなこんなで、何故か大所帯となってしまった小人さん。
風をはらみ砂煙を上げる真昼の灼熱砂漠を渡るため、馬車の車輪を外して大八車部分に内蔵されたスキーを出す。
ガションと出された三本の大きなスキー板。
こういった事態を想定し、千尋は馬車を造る時に台座の大八車と馬車の箱を分けて造ったのだ。
大八車部分にはジョイントやストッパー、スキーなど、色々内内蔵されている。
それに眼を丸くする和樹を余所に、小人さんは出発した。
「うおおぉ? 速っ! 遅れんなよ、行くぞっ!」
国同士を渡り歩く和樹のキャラバンは、砂漠にも慣れている。
小人さんのスキー馬車ほどでなくとも、砂漠用の平たい板の付いた車輪を馬車に装備させていた。
シャアアアーッと滑るモノノケ馬車を追って、和樹らも出発する。
スキーの跡が良い目印。
みるみる先を行く小人さんの後を追い、長い行列が砂漠を渡って行った。
「少しずつ寝る時間をズラそうね。昼に走るより、夜のが良いと思うから」
極端に気温の下がる砂漠の夜。
御飯を済ませて焚き火を囲い、小人さんは呟いた。
毛布にくるまり、うにうにと眠たげな眼をこすりながら、小人さんは仮眠を取って夜半に出発するよう皆に指示を出す。
「昼は暑いから..... 体力の消耗が激しいの。だから、夜に.....走って、昼に寝るぅ.....うにゅ.....」
「承知しました。お休みくださいませ、チヒロ様」
毛布に包まれた小人さんを軽く揺すりながら、ドルフェンは彼女をヒュリアに渡した。
「聞いた通りだ。深夜零時に出発する。休憩で仮眠をとり、行動時間を調整しろ」
小人さんの言う通りなら、昼夜逆転にズラしながら行かねばならない。
今から深夜まで五時間。仮眠には十分な時間である。
「半数は仮眠を。残り半数は明日の夜まで休憩で仮眠を。良いな?」
揃って頷く騎士達に倣い、和樹らのキャラバンも仮眠に入った。
ここから次の村まで丸二日ほど。その間に夜型に調整せねば。
次の辺境先にある国までは、この速さでも二週間はかかるのだ。和樹らも昼夜逆転の旅には慣れている。
夜に進むねぇ。良いとこの御嬢さんっぽいのに、よく御存じだ。
未だに小人さんの身分を知らない和樹。
王宮へ子供らを送り届けた後は、次の国への準備に忙殺されたからだ。
闇夜に駆け回っていた小人さんは、いつもの赤いサロペットパンツに薄緑のポンチョ。
どこをどう見ても王女殿下には見えない出で立ち。
さらには何時ものTPOで、口調もぞんざいだったため、和樹は彼女を、どこぞの裕福な商人の子供とでも思っていた。
フロンティアが主の森と懇意なのも知っている。だから、フロンティアの一行だと聞いて、魔物を率連れていることにも勝手に納得していた。
かつて見た、金髪の王女や尋ね人の克己も蜜蜂を従えていたから。
知らないとは恐ろしいモノである。なんぼフロンティアが魔物と良好な関係にあれど、通常の人間で魔物を従えられるのが、金色の王だけなのだとは知らない和樹。
元々、魔力や魔物関係に無知で疎いキルファン出身なのも禍し、彼が真実を知るのは海辺の森に着いてから。
千尋が窓から顔を出して月の砂漠を口づさみながら、小人さんの一行は、一路、海辺の森を目指す。
のこのこと揺れる小さな頭が可愛らしい。
毎日聞かされる月の砂漠のフレーズが、小人隊のみならず和樹のキャラバンにまで伝染していくのは御約束である。であるある♪
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