第101話 カストラート王と小人さん とおっ!


『.....待て』


 声にしたつもりだが、それが口からまろびる事は無かった。

 気づけば固く冷たい何かに被われ、身動きも取れず、呼吸をしているのかすら分からない。


 歪に映る息子の笑顔。


 その嘲るような眼差しにカストラート王は絶叫した。


 待ってくれ、せめて話を..........っ!!


 声にならない慟哭。


 国王の視界の中で、銀髪の息子は踵を返して扉を閉めた。


 何故、こうなったのか..........っ


 愛していた。国も、息子らも。なのに、何故、こんな事に。


 声もなく絶望するカストラート王の前で、閉じられたはずの扉が開いている。

 きぃ.....っと軋んだ音をたてて開いた扉から入ってきたのは眼鏡をかけた焦げ茶色の髪の女性。

 ショートカットでメイド服を着た女性はおもむろに眼鏡を外し、薄い唇で蠱惑的に囁いた。


「お久しぶりです、国王陛下。.....まさか、こんな事になるなんてね」


 その顔には見覚えがある。


『シリル.....?』


 ふふっと笑う美女は、小さな薄紫の小瓶を片手に国王の閉じ込められた黒水晶を指先で撫でた。


「どうして正気に返ってしまわれたのですか? もっと、面白いことになって欲しかったのに。この国が滅ぶまで」


 淡々と紡がれるシリルの言葉の意味が、国王には分からない。

 その国王の前で、彼女は手にしていた薬をチャプンと揺らした。


「この薬は洗脳ばかりに眼が行きがちですが、量を加減すれば色々と使えるのですよ?」


 クスクスと笑うシリル。


 彼女は変装して王宮に潜り込み、国王の侍女の下働きとして潜伏していたのだ。

 目的はただひとつ。国王に、この薬を一滴垂らすため。

 野心家のカストラート王は、フロンティアに対して怨嗟にも似た敵愾心を持っていた。それを煽るためにシリルは下働きに身をやつして王宮に潜んでいたのだ。

 

 自我を失わせるこの薬は、極少量ならば麻薬と同じような効果がある。

 漠然とした高揚感や万能感が漲り、理性のタガが緩み、本能的な狂暴性を発露させるのだ。

 ようは心の欲望を解放するのである。

 

 人間、誰しも理性と自制心で表面を取り繕って暮らすもの。それが失われれば、ただのケダモノに過ぎない。


 カストラート国王のやらかしを舌舐めずりして傍観していたシリル。


 だがそれも思わぬ事態で幕を閉じた。


「まさか、こんな事になるなんてねぇ。残念だわ、あなたが国と共に滅びる姿が見たかったのに」


 薬.....?


 カストラート国王の脳裏に多くの記憶が甦る。

 暴挙に次ぐ暴挙。それを必死に諫めようとする息子達。

 己の意のままにならぬ息子らに腹をたて、思い通りにならぬ事に激怒し、どれだけの酷い事をやってきたか。


 それが全てシリルの薬のせいだと言うのか?


 その動揺が伝わったのだろう。まだ黒水晶の中で生きていたカストラート国王に、シリルは、にぃ~っと口角を上げた。


「わたくしのせいだけではなくてよ? 元来、貴方がそういう性質を持っていたというだけなのだから。わたくしは、ただ、それを解放してあげただけに過ぎないの♪」


 十年も前に自分達を捨て駒のごとく扱った国王に対して、シリルは深い怨念のごとき怨みを抱いていた。


 貴方のせいで..........っ


 ギリっと奥歯を噛みしめつつも、シリルは笑顔を作る。


「全ては貴方が仕出かしたことよ? ふふっ、楽しかったわ。カストラートも長くはないわね。息子がアレだもの」


 そう言い残して部屋から出ていくシリル。

 水晶の中で愕然としたまま、カストラート国王は絶叫した。


 違うんだ、そうじゃないっ!! ワシは..........っ!!


 絶望する彼の心に闇の魔力が忍び寄る。深い怒り、哀しみは闇の精霊達の大好物だった。


 ワシは..........っ!


 グズグズと闇の精霊達に蝕まれながら遠退く意識のなかで、国王は夢を見る。


 闇の精霊達が見せる夢。


 そこには幼い頃のシャルルがいて、ダメです、父上と叫んでいた。

 ぼうっとそれを見つめ、カストラート王は静かに微笑む。


『そうだな。やめておこう』


 ぱあっと明るく笑うシャルル。


 その朧気な記憶に呑み込まれながら彼は笑った。


 ああ。神様に誓っても良い。ワシは子供らを愛していた。


 そこでプツリと意識が途切れ、あとはメキメキと育つ水晶の軋む音が部屋の中に満ちていく。


 こうして小人さんの顔を見る事もなく、カストラート国王は、やらかした暴挙の汚名を着たまま静かに死出路へと旅立った。




「で?」


 そんなカストラート王の過去を知らぬ小人さん。


 事は終わったとばかりにフロンティアに帰還しようとしたところを王太子達に、とっ捕まった。


「しばらくシャルルを預かって欲しいんだ」


「バカ言えぇぇーーーっ!!」


 吠える小人さんと大きく頷くフロンティア騎士達。モノノケ隊まで頷く徹底ぶり。

 

「分かるっ! 言いたい事は物凄くよく分かるんだが、聞いてくれっ!!」


 必死に懇願するアウグフェルの頼みに、渋々話を聞く小人さん。


 その話によれば、今回の事態を引き起こしたのがシャルルだという事が貴族達にバレているらしい。

 あれだけの大騒ぎだし、何より国王が行方不明。その死因に深く関係するシャルルの言動や行動を兵士達に目撃されている。

 さらには国王を監禁した塔まで兵士らがついてきており、小人さんやチェーザレの話も耳にしていた。

 箝口令も意味をなさない。このままではシャルルが事件の責を負わされてしまう。


「当たり前じゃない? 自分のやらかした事は自分で刈り取らないと」


 さも当然のように宣う小人さん。


「分かってる、分かってるんだけど、弟には善悪の判断がついていないんだ。たぶん.....」


 シリルの洗脳薬で自我の崩壊していたシャルルに、モノの良し悪しはつくまい。

 それが解けた後でも、彼はまだ正気からは程遠かったことだろう。

 むしろ半端に闇の精霊竜と関わっていたため、昏い思考に囚われていた可能性も否めない。


 うーむと天を仰ぐ小人さんに、王太子は土下座するように頼み込んだ。


「頼むっ! 私が即位するまでで良いっ! 半年もかからないと思うっ! 即位の恩赦でシャルルから罪を減刑出来るようになるまでっ!!」


 他に伝のない王太子。


 下手なところに預けたりすると、国王派だった貴族らがシャルル王子の命を狙うかもしれないし、それを返り討ちにしたとしても、さらなる罪が増えるかもしれない。


「都合の良いことをと思われるのも分かっている、その上で、御願い出来ないだろうかっ! 面倒は俺が見るから、匿ってくれるだけで良いっ!」


 アウグフェルも必死な顔で小人さんに詰めよってくる。


「.....ほんに、あんたが面倒みるね?」


「おうっ!」


「ヒーロっ?!」


「チヒロ様っ?!」


 しゃーないやん、もーっ


 盛大な異義を顔全面に浮かべる千早とドルフェン、他フロンティア勢。

 逆に満面の笑みなカストラート王子達。


「明日の朝に出発するからっ! 遅刻厳禁だにょっ!」


 こうなればどうしようもない。小人さんの鶴の一声である。


 コクコクと頷くアウグフェルとルイスシャルル。


 しかし彼等は知らない。小人隊の帰り道は蜜蜂飛行だと言う事を。


 翌日、声にならないアウグフェルの悲鳴をたなびかせて、大空に羽ばたく蜜蜂馬車だった。


 南無三♪

 

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