第173話 エピソード・双子達の婚約



「立志の誓い?」


 そういやそんなんもあったっけ。


 神々との争いに決着を着けた小人さんは、のらりくらりと旅をしては、たまにフロンティアへと帰還する。

 貴族学院には最初の数年以外、ほぼ入学式と新年プロムにしか参加していない。

 全ての教科を免除されている双子に物申せる者はおらず、唯一、二人に小言を言える王弟殿下は我関せず。

 辺境活性化に命をかけている小人さんに、双子の兄である千早が、べったりついていく。


 そんなこんなで三年も過ぎ、双子は次の秋で十三歳になるのだ。数えで一四。立志の年齢となる。


 たしか、成人に向けて己の志を誓う儀式だっけ? 地球だと中国から日本に伝わった風習だったよね。


 地球からヘイズレープへ。ヘイズレープからアルカディアへと伝えられた多くの文化。伝言ゲームみたいに、何処かしら変化しつつも、それなりに伝わってはいた。

 地球と違って、ヘイズレープやアルカディアは文明が途絶えた事がない。そのため、伝わったモノがそのまま残されている。

 まあ、ヘイズレープは滅んでしまったのだが。


「慣習のひとつだね。成人に向けて、将来への誓いを立てるんだよ。魔法を極めたいとか、騎士一筋で生きたいとか。ようは覚悟を神々に祈る儀式かな」


 少し前には大地に魔力もなく、他国では形骸化していた儀式だが、最近は魔力の復活により、多くの国で復活しつつあるらしい。


 立志式で誓いを立て、それを成就したあかつきには、神々から祝福を賜るからだ。成就しなかったとしても罰はない。

 当たるも八卦、当たらぬも八卦。人生とは挫折の嵐である。それに一々バチなど当てていたら、人類満身創痍。神々だって、そんな惨いことはしないだろう。

 なので、誓いを立てるだけで祝福のチャンスがある立志式に、子供達は意気込んで参加した。

 元々魔力が残されていたフロンティアでは、ずっと続く儀式である。


「立志かぁ。僕は騎士になる予定だから..... 武に志を立てようかな?」


「フロンティアなら叶うのですよね? わたくしは何が良いのかしら。ダンス? 刺繍? 淑女の嗜みは、ぱっといたしませんわね」


 伯爵家のリビングに当たり前な顔で座るのはメグ。

 彼女は留学期間の殆どを、学院と伯爵家で過ごした。長期休暇も自国に戻るのは稀で、蜜蜂馬車を使っても片道十日かかる実家に帰るより、学院で勉強をするというメグを小人さんが伯爵家に招いたのだ。

 双子が旅にばかりに出ていて寂しかったドラゴらは、メグを大歓迎してくれて、気づけば我が子同然の扱いになっており、今に至る。


 殆どを家を空けているのが幸いしたのだろう。千早も、たまに帰る実家でクルクル働くメグをさして気にもせず、元々、外部の人間の立ち入りが頻繁な伯爵家だ。家族は新たな隣人をすんなり受け入れてくれた。


 今ではアドリスやザック同様、仲の良い友人である。


「立志ねぇ。アタシはどうしようかな」


 うーんと首を捻る小人さんに微笑み、ロメールは温かな御茶を口に含む。

 女性にも男性にも使える誓いがあるにはあるが、ここで話すのは憚られた。


 仮の婚約者も、あと数年でお役御免になるだろう。小人さんは、一体どんな伴侶を選ぶのか。


 胸を過る小さな疼きに眼をつむり、ロメールは多くの若者を思い浮かべる。


 ウィルフェにテオドール。昔は手を焼かされたモノだが、今では一端の男性に育っていた。

 しかし、ウィルフェは避けたい。側室にしかなれないし、あの小人さん溺愛な王太子が偏愛に固執したら、正室である元公爵令嬢を蔑ろにするのは眼に見えている。


 それを善しとする小人さんではない。


 テオドールなら年回りといい申し分ないだろう。ただ、こちらにも問題があった。

 これはテオドール個人の問題ではなく、現国王と世論の問題だ。

 小人さんの前世を知るフロンティア国王は彼女に激甘で、万一、テオドールが小人さんを娶ろうものなら、王太子の交代劇が起きかねないのである。

 元愛娘を王妃につけるために。そして、それを世論や貴族が支援するのが間違いないので、頭が痛い。


 三年前の小人さんの戦いを、世界中の誰もが水鏡で見ていたのだ。


 神々と互角を張り、稲妻に眩んで消える瞬間までを目撃していた人々。そこで音声と映像は途切れたが、後日、元気に復活した小人さんを見れば、誰でも確信することだろう。


 神々との戦いに小人さんが勝利したのだと。


 まだ御先にもなってはいないが、今の小人さんは神々と同じ。

 ツァトゥグアも多くを人々に語らなかったが、彼が小人さんに期待した理由だ。


 通常の御先と違い、過去に高次の者らから祝福を受け取り済みだった小人さんは、その時点で高次の者の生み出した神々と同列にななっている。

 だからこそ、ツァトゥグアの言う、人々の祈りを身体に集め、それを祝福に変えられたのだ。

 普通の御先に出来ることではない。

 小人さんが高次の者から祝福を受けたと知った時のツァトゥグアの興奮は如何ばかりのものだったか。彼が、あまりの僥倖に、思わず出来レースじゃあるまいかなどと思ってしまったのも致し方無いこと。

 様々な小さい奇跡が折り重なり、小人さんを勝利へと導いた。


 未だに少女もロメールも知らぬ裏話である。


 そんなこんなで、すでに人々の信仰を受けつつある小人さん。そんな彼女が王子と結婚するとなれば、小人さんを王妃に望む多くの声が上がるだろう。間違いなく。

 民は言うに及ばず、教会や各国、それこそ世界規模で暴動が起きかねない。


 なので、どちらにも嫁がせるのは難しい。


 では他国の王族はどうか。


 一番に名が上がるのはドナウティルのマーロウ王弟殿下。高い魔力を保持した魔術師で武にもたけ、彼の国の要人にあたる。

 本人やマサハド国王は婿入りでも構わないと言ってはいるが、ドナウティルの魔術機構のこれからを担う王族を、貴族達は手放したくないだろう。


 まあ、それでも声をかけたら身ひとつで飛んで来るのは想像に難くない。


 ロメールは生温い笑みを唇の端に上らせた。


 隣国だと、あとはカストラートの狂王子ことルイスシャルル王弟殿下か。


 あの御仁も魔力にたけた優秀な魔術師ではあるが、いかんせん黒い。比喩でなく、魔力も心も真っ黒だ。

 純粋な闇というものが具現化されたような、生粋の黒。

 本能に忠実で、アウグフェル王子がストッパーに身を挺していなければ、今頃カストラートは屍の山が量産されていたことだろう。

 叱られれば学習はするが、基本的に理解はしていないので上滑り。怒られるからやらないという、まるで幼児のような思考回路しか持ち合わせていない。

 幼少期の遅れは、そう簡単に取り戻せるはずはないのだ。


 まあ、これもチィヒーロが横にいたなら何の問題もなさげではあるが、それでは本末転倒大車輪。小人さんの苦労が増えるだけ。良い伴侶とは言い難い。


 残る求婚者は、クラウディア王国のパスカール国王と、スーキャラバ王国のサリーム王太子。

 この二人は可もなく不可もないといった感じで、優良物件といえる。

 特にパスカール国王は、森の主の助力を得て、前国王を打倒した強者だ。飢えた民を救い、疲弊した祖国を建て直し、未だに燻る厄介な国王派を抑え込んでいる。

 その彼から仄めかされた打診は奥ゆかしく、求婚と言えるモノではなかったが、小人さんを慕っていると伝わる十分な文だった。


『月に浮かぶ貴女の面影に、在りし日を偲び。森の青みを共に眺めん泡沫の夢に溺れる日々。心あらば情に触れ、唄いたき愛しき想い』


「古風だねぇ」


 さすがの小人さんもストレートな言い回しに苦笑い。


 要約すれば、昼夜貴女を思わぬ日はなく、傍にあればと夢見る毎日。この気持ちに少しでも自分を想ってはいただけますか? となる。


「しゃらくさい。男なら、ズバッと斬り込んでくるモンだよね。なよなよしい奴」


 文を一瞥して吐き捨てる千早からソレを受け取り、メグは、ほぅっと溜め息をついた。


「素敵ですわ。良いお文です」


 そのメグの言葉に、千早が微かに眼を細める。


「なに? メグって、そんなんが好みなの?」


「え? 女の子なら憧れますわ、恋文。わたくしも贈られたことはありますけど、ここまで見事な御手ではありませんでしたから」

 ふふっと笑いながら小人さんに手紙を返すメグを見て、思わず固まる千早。


 気づけば我が家に入り浸り、かといって鬱陶しくもなく、程好い距離感の彼女に慣れてしまっていた。

 すでに家族感覚。二人目の妹のような気持ちでいた千早だが、よく考えたら、次の年で十八歳になる王女殿下だ。

 背丈が変わらないため、年上という意識もないが、求婚者が順番待ちしていてもおかしくない年齢と身分である。


 あれ? メグが結婚? ここからいなくなるの?


 ざわりと背筋を這う悪寒。


 彼女は妹とも仲が良いし、ドラゴ達にも可愛がられている。結婚はめでたいことだが、寂しさもひとしおだろう。


 不味いな。ヒーロが寂しがるのは見たくない。お父ちゃん達も。


 家族の枠に収まるメグを見て、千早は胡乱げに瞳を燻らせる。

 その酷薄な雰囲気に、思わずロメールは天を仰いだ。


 君の頭の中って、それしかないよね?


 千早が親しい者にしか関心を持たない事をロメールは知っていた。しかもソレが非常に粘っこい執着である事も。

 何をやるにも基準は小人さん。妹のためなら、人殺しも辞さない耽溺ぶり。些細なことであろうとも見逃さない。


 黒い思考で揺れ動く千早は気づいていないんだろうな。その思惑の内に、自分の感情が混ざっていることを。


 メグを失いたくない理由の半分は本人の執着だ。すでに家族のポストにがっちりとはまっている彼女を千早自身も気に入っている。

 欠けたピースの大切さは、失ってから分かるモノ。

 過去に嫌というほど体験したロメールは、千早がソレを想像したのだろうと見抜いていた。


 メグが失われたら.....?


 あれやこれやと理由をつけつつ、千早自身がソレに気づくという事は、千早自身がメグを大切なピースだと感じているということ。


 若いねぇ。取りこぼすなよ、千早。


 メグをチラ見しつつ悶々とする千早を生温く見つめ、ロメールは軽く臍を噛んだ。


 いずれチィヒーロにも良い人を見つけなくては。


 件の二人は国王となる人物だ。婿入りは不可能。小人さんを嫁がせるとなれば、かなりの大騒動が予想される。


 他にもフラウワーズの王子達や各国から求婚もきているが、どれも決め手に欠けるため、保留となっていた。


 チィヒーロに選ばせれば良いか。


 いずれ適齢期ともなれば、彼女が自分で選ぶだろう。そのように考え、ロメールは埒もない思考を振り払った。


 そんな彼を、小人さんが悪い笑みで見つめているとも知らずに。




 そうこうする内に日々は流れ、立志式当日。王宮には多くの人々が集まる。


 洗礼の時のように貴族達が並び、子供らの晴れ姿に眼を細めていた。

 司祭の手にする針水晶に左手をあてて魔力をこめ、真剣に祈る生徒達。


「わたくしは良い御縁に結ばれたく存じます」


「私は、強い魔術師を目指します」


「ダンスに努力いたします。せめて人並みに.....っ」


 などなど。子供らしいものから、大人びたものまで様々な志を口にする。

 それぞれに好好爺な面差しで頷く司祭の前へチィヒーロが進み出た。


 チィヒーロの番か。あれは何を願うのだろう。強さか? 平和? .....せめて、食べ物関係ではない事を祈ろう。


 思わず緊張の走る小人さん関係者達。


 人々が見守る中、千尋は清しげな顔で宣った。


「ロメール王弟殿下との幸せな未来を。生涯共にあると誓います」


 シン.....っと絶句する王宮広間。一瞬の沈黙のあと、一斉に周囲の視線がロメールに集まる。


「.....は?」


 間の抜けたロメールという珍しいモノを眺めつつ、小人さんは彼を手招きした。


「ほら、ロメールも来て? これって片方じゃ成立しない誓いなんでしょ?」


 ガチ、天罰対象の婚約の誓い。


「いやっ! これは立志の誓いだよっ?! チィヒーロ、それを誓ったら婚約解消出来なくなるんだよっ?!」


「解消する気ないし。むしろ、ロメールが解消したがってんの見え見えだし。見渡してみ? ロメール以上の優良物件ある?」


 そう。小人さんにとって、ロメール以上の優良物件はない。

 色恋のような熱病を小人さんは信じない。伴侶とは、共にあれるベストパートナーだ。

 情が冷めたら終わりな薄っぺらい関係ではなく、深く交わり御互いを必要とする関係。粉骨砕身小人さんを想い、常に傍にいてくれたロメール以上のパートナーは存在しない。

 小人さんもロメールのために努力してきた。ロメールが与えてくれる以上のモノを返してきた。

 打算でもなく、ただただ本当に御互いを必要として歩み続けた十数年。色恋でなくとも、情が育つのは当たり前である。


「好きよ、ロメール。ずっと一緒にいましょう?」


 にぱーっと笑う小人さんを見て、ロメールに断れるはずが無かった。


 勝てないなぁ..... ほんと、この十数年、勝てた試しがない。


 しばし固く眼をつむり、ロメールは獰猛に顔を上げると、大股でズカズカと祭壇へ歩き出す。


「君ねぇっ! こういう事は男性からするモンなんだよっ?!」


 憤慨も顕に小人さんに詰め寄り、ロメールは魔力をのせて針水晶に触れた。


「我、ロメール・フォン・リグレットは、チィヒーロ・ラ・ジョルジェを伴侶とし、生涯、幸せにすると誓います」


 途端に響く荘厳な音。神々からの共鳴。誓いを受け取った証である。


 本物の盟約により、降り散る金色の光。いきなりの事態で唖然とする周囲を余所に、ロメールは黒くほくそ笑んだ。


「これで君は私の妻だ。生涯離さないからね」


 ロメールの誓った文言は婚姻の誓い。


「やられた..... ま、いっか。よろしくね、ロメール♪」


「了解だ。.....全く。私が悩んでいたのを見事に吹っ飛ばしてくれたね」


 腹の底から湧き上がる愛しさ。年齢的なことや、その他諸々から、ロメールは小人さんに惹かれる己を戒め続けてきた。

 娘らしく成長する彼女を見るたびに、胸を過る微かな絶望。

 これから美しく花開く少女を、相応しい若者に託さねばと懊悩煩悶していた日々。

 彼女が成人に近づくにつれ、その邪な感情に吐き気をもよおした。娘同然と思っていたのに、とんでもない下世話なことだと。


 しかし、蓋を開けてみれば何という事はない。小人さん自身がロメールを望んでくれていたのだ。


「私みたいなオジさんで良いのかい?」


「ロメール、忘れてるっしょ? アタシの中身。悪いんだけど、二十歳やそこらの坊っちゃんじゃ子供過ぎて頼りないにょ♪」


 にかっと破顔する少女。


 ああ、そうだった。彼女は妙齢を通り越した女性なんだった。

 年齢差をネックに思っていたのが馬鹿らしい。中身は自分より年上な女性ではないか。

 そりゃあ、薄っぺらな熱病よりも実利を取るのが当たり前だろう。


 ふふふっと悔しげな笑いをもらし、ロメールは自分のおでこを小人さんのおでこに引っ付けて初々しく呟いた。


「もう覆せないからね? 明日にでも指輪を作りに行こう。花嫁衣装もね。成人が待ち遠しいよ」


「お花と御菓子も忘れちゃダメにょ。まだプロポーズしてもらってないんだから」


 きゃっきゃ、うふふと笑う二人に、呆然としていた周囲の時間が動き出した。


「ロメールぅぅっ?!」


「「叔父上ーーーっ?!」」


 絶叫を上げるのは王族席。二人の婚約が仮初めなのだろうと薄々感じていたところに、この結末である。その衝撃ははかりしれない。


「チィヒーロぉぉぉっ! まだ早いぞぉぉぉっ?!」


「まぁ、良いじゃないか。王弟殿下なら我が家に通えるし。別居となっても王宮の千尋の宮だろう? 近くにいれるなんて幸運だよ? アンタ」


 眼を皿のように見開き号泣するドラゴを、宥める桜。


 各貴族らからも、驚嘆、落胆、嫉妬の声が上がり、妹溺愛兄をチラチラと盗み見る子供達。

 彼等は、千早が小人さん関係に容赦ない事を知っており、戦々恐々としていた。

 しかし、とうの千早は軽く眼を見張っただけで微動だにしていない。


「ああ、そうか」


 千早は、まるで憑き物が落ちたかのような顔で司祭に向かうと、その手に魔力をのせて針水晶に触れる。


「我、千早・ラ・ジョルジェはメグ・ド・トラウゼビソントを伴侶とし、生涯、幸せにすると誓います」


 ぎょっと顔を強ばらせる司祭を無視して、千早もメグを手招きした。


 失う前に縛ってしまえば良いのだ。ロメールを捕まえたヒーロのように。


「前にトラウゼビソント王家から縁談きてたよね? 断っちゃったけど、まだ有効?」


 信じられないモノを見る眼のメグに、千早は軽く首を傾げて問い掛ける。


「.....もちろんですわ」


 瞳を戦慄かせて水晶に手をおき、メグは同じ文言を誓う。

 その震える唇に艶かしさを感じ、千早の胸は初めて早鐘を打った。


 家族以外で千早が失いたくないと思う存在。いつの間にかすっぽりと心の中に棲みついていた少女。

 旅の途中で思い出すのは、家族とメグだけだった。当たり前のようにお土産を買っては渡していた自分。


 メグに情を寄せていたのだと、初めて自覚した千早は、うっすらと頬染める少女を満面の笑みで見つめた。


 しかし、誓った名前が違ったため、千早が誓いなおすという一幕があったのも御愛嬌。


 メグは愛称で、本名はマーガレットだというのを忘れていた千早である。


 こうしてジョルジェ家の双子は思い切り良く伴侶を迎え、後日、フロンティアとトラウゼビソント王国を混乱に陥れたのは言うまでもない。




「だけど、君も後先考えないね」


「ロメールには言われたくないよ。この幼女趣味」


「メグに言ってやろー」


「待って、ヒーロっ! やめてっ! メグは歳の差のこと気にしてるんだからっ!」


 慌てて妹をひっ捕まえる千早に乾いた笑みを浮かべ、ロメールは口元をひきつらせる。


 その気配りの十分の一でも良いから自分にくれないものだろうか。


「私は気にしてないとでも?」


「気にしてないだろっ!」


「まあ、今はね」


 したり顔で御茶をすする王弟殿下。


 それがさらに癪に障る千早だった。


 だけどまあ、千早から見てもロメール以上の相手はいない。狡猾で腹黒く、容赦ない彼を、小人さんと共に一番近くで見てきた千早である。

 忌々しいが、小人さんに関しては似た者同士な男二人。味方であれば頼もしいことこの上ない義弟を、渋々歓迎する千早だった。


 そして、そんな二人を苦笑いで見つめる乙女達。


「あんなんだけど、良いのかにょ? メグ」


「よろしいのですよ。だって、わたくしもヒーロが大好きなんですもの。同類なのですよ?」


 そう。以前にメグの窮地を救った小人さん。


 彼女は楽しげな双子達の仲間に入りたくて、千早に縁談を申し込んだのだ。夢が叶ったのである。こんな嬉しいことはない。


 うふふと笑うメグに、有り得ないモノを見る眼を向け、小人さんはタデ食う虫も好きずきという諺を思い出していた。


 タデ..... 冷や汁食べたい。


 胡乱な眼差しで宙を見る小人さんを余所に、やれ指輪だ、婚礼衣装だと話に花を咲かせるジョルジェ家。




 こうして双子の婚約は決まり、ロメールは多額の慰労金を渡して情人に暇を出した。


 ロメールの情人の存在を知った小人さんが、挨拶に訪れたと聞いたからだ。


「王弟殿下の御世話、ありがとう存じます。これからも、よしなに」


 季節の果物と金子を携えて挨拶を受けたと報せられ、思わず椅子から転げ落ちたロメールは、脱兎のごとくジョルジェ家へ駆け込み、小人さんに理由を問い質す。


「へあ? お妾さんでしょ? 妻として御礼を入れるのは当たり前じゃない?」


 ねぇ? と目配せする千尋と桜。


「まあ、古いしきたりだけど。キルファンでも貴族はやってたねぇ」


 恐るべしキルファン。


 だらだらと冷や汗を垂らしつつ眼を点にするロメールだが、実際には日本の古い風習だ。


 長く仕えてくれてきていた事もあり、ロメールは情人に解雇を告げ、死ぬまで遊んで暮らせる金子を渡した。


 これを知った小人さんが、少し残念そうにしたのは余談である。


 お妾さんがいて、季節の挨拶とか、今の日本ではやれない事を楽しんでいた小人さん。


 何でも明後日な方向に前向過ぎる小人さんとの婚姻生活を想像して、別の意味で頭痛が絶えないロメールだった。


 すっとんきょうな二人の未来に幸あれ♪

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