第184話 始まりの朝 いつつめ


「本当に来るとは.....」


 呆気に取られるパスカールの前には立派な騎馬を従える一団、プリュトン侯爵の私設兵団だった。

 フロンティアでは当たり前な職業軍人組織だが、アルカディアの多くの国々には存在しない。

 大多数の国は中世よろしく、主だった将や騎士ら以外は民を徴兵した簡易軍隊である。訓練を受けた騎士達が率いる素人集団。過去に戦は数だと錯覚させた由縁だった。

 大きく作用するのは戦略、戦術。戦に巧みな者が指揮すれば、烏合の衆も立派な兵士に化ける。

 だが、反面、素人の脆さが発露する事態にも陥りやすい。恐れ戦き、戦略を台無しにする場合もままあるのだ。


 だがしかし、職業軍人は違う。


 戦闘を生業とし、あらゆる場面を想定して訓練を積む者らだ。多少のズレは想定内で、自ら修正しつつ戦略を成功させる。怯みも戦きもしない。

 国に某が起きた時に集まる各領地の私設軍隊。これらが束となり、徴兵された民兵を纏め国軍として旗を掲げる。


 国の有事に動く領地兵団。自領のそれ半数をプリュトン侯爵は率いてきた。数にして約二千ほど。


 良く鍛えられているらしい騎士達は、一糸の乱れもなく行進する。


 遠目に確認し、北の辺境伯領の防壁の見張りは、すわっ?!、何処かから来た略奪者かっ?! と、手が砕けんばかりの勢いで警鐘を鳴らしまくった。


 それを聞きつけ、あっという間に戦闘態勢に移る街の兵士達。

 こんな時を予想して、一年以上訓練に明け暮れてきたのである。来るなら来いっ、我等の初陣だっ! と、陽炎が漂うほどの戦意に満ちる。その数、六千人弱。


 チリチリとした殺気を放つ兵士らを横目に、慌てて駆けつけたパスカールも、ざんっと並び立ちこちらに向かってくる軍隊を見つめ、神妙な面持ちをした。.....が、すぐに先立てる旗に気がつき表情を緩める。


「違う。敵じゃない。あれはプリュトン侯爵家の御旗だ」


 その言葉で、少し前にやってきた御仁を思い出し、エトワールや他の人々も、ほっと安堵の溜め息をつく。


 プリュトン侯爵と名乗る御仁は、パスカールを心配して多くの食糧や生活必需品を王都から運んできてくれたのだ。

 心からパスカールの無事を喜び、涙を流してくれた壮年の騎士。聞けば王宮の近衛隊長だというではないか。

 平民から見れば雲の上の御人である。


 彼は二日ほど街に滞在し、あらゆる場所を確認して満足げに帰っていった。


 その時のプリュトン侯爵の物言いたげで凍てついた瞳に、パスカールの領地の人々は誰も気づいていなかった。


 最果ての領地。さらにはモノノケなる魔物が徘徊して守る街。実りは豊かで技術者も多いうえ、彼等の突貫工事で、凄まじく大きくなりつつある領都。

 何でも、他の領地から流入する難民が後をたたず、新たな村や民家を建てるまでの繋ぎに簡易宿舎が建てられまくっているのだとか。


 この素晴らしい立地に、過不足ない人的資源。さらにはフロンティアの王女殿下のテコ入れで潤沢な物資もある。

 戦力さえ揃えば、ここは立派な砦だ。籠城も可能。北の荒野は拓いているのだから、このままクラウディアから切り離し、新たな国を興しても良い。

 本国と隣接する形だが、そんなモノは関係ない。安寧な土地があると知れば、民は否応なくこちらに流れるだろう。

 人は石垣、人は城。民がいてこその国なのだ。その民を失うだろう現国王など恐るるに足らん。


 騎士とは神に仕える者。神々の愛し子たる民を守る者。神の代理人の王家に仕えているのであって、代理人たる資質を持たぬ王に仕える謂れはない。


 二年前の大騒動以来、プリュトン侯爵は騎士としての矜持を思い出していた。あの時、フロンティア王女殿下の護衛らしい騎士に一括され、痛恨の一撃を食らい眼が醒めた。


『貴様らは騎士であろうっ?! 誰に対して何の誓いをたてたのだっ!!』


 .....神々に対して、民を守るために力を尽くすと誓いをたてたのだ。


 脳天をカチ割られるような苦い記憶を脳裏に浮かべ、侯爵の顔がくしゃりと歪む。


 長く王宮の汚泥に足を絡め取られ忘れていた。何も出来はしないのだ。どうしようもないのだと己の心に蓋をしていた。

 今のクラウディア国王に王たる資質はない。騎士が神々に許された唯一の権限を使ってでも、玉座から引きずり下ろすべき御方だ。


 そう炯眼に眼を輝かせ、プリュトン侯爵は集まっていた人々や明るく賑わう街を一瞥する。


 この様子なら兵士の千や二千増えても不具合はあるまい。


 うっそりと眼を細め、プリュトン侯爵はパスカールに仕えたいと申し出た。


「前回、わたくしは貴方様の窮地に間に合いませなんだ。御力にもなれませなんだ。だから、今こそ.....っ、国が大事になりつつある今こそ、貴方様にお仕えしたい」


 そう言い残して去っていたプリュトン侯爵。


 まさか本当にやってくるとは。


 居並ぶ騎士達に度肝を抜かれ、パスカールはポカンっと口をあけていた。それを微笑ましく見つめ、プリュトン侯爵は少年の前に跪く。


「幾久しく..... 我が命ある限り、共にあらんと誓います、我が君」


 これでもかと王たる資質を見せつけてきた幼い少年。彼が至高の冠を戴けば、きっと未来は赫々と明るくなるに違いない。


 こうして新たな戦力を迎え入れ、パスカールの領地は強く逞しくなっていく。.....本人が望まぬにもかかわらず、着々と戦への路が舗装されつつあった。




「今日もこれっぱかりかっ!」


 食卓に出された数種の皿。


 前菜、スープにメインディッシュ、そしてデザート。彩り良く設えられた食事に不満爆発なクラウディア国王。

 以前ならば多くの大皿料理が並び、国王らの食べた後、残りは宮内人らに振る舞われていた。

 普段は食べられない豪勢な料理に、みんな喜んでいたものだが、今はそうはいかない。

 周りに食べさせるための料理を作る余裕はないのだ。残すことを前提とした料理は作れない。

 王宮は倹約につとめ、国王ら以外の食事は質素なモノ。さすがに王族の食卓のグレードを落とす訳にはいかず、各人個別の皿で提供し、そのコストを抑えていた。


 だが、食卓一杯の大皿から好きな物だけ取り分けさせて食べる事に慣れていたクラウディア国王には、必要な分だけのせられた食事の皿が貧相に見えて仕方がないのである。

 彩り良く置かれた食事に美しい卓上花。ある意味、シンプルで品が良い。だが残念なことに、そういった感性をクラウディア国王は持ち合わせていないようだった。


 国王の癇癪に慣れている宮内人。それでもチラホラと見える、隠しきれない翳りと疲れ。


「去年に続き、今年も酷い不作で、王宮は倹約につとめております。国王様方には不自由のないよう用意させておりますが、目下に振る舞う余裕はございません」


 言われて王太子は気がついた。


 そうか。我等の残りは王宮の者に下げ渡されていたのであったな。


 こうして自分達のみに出される個別の皿。その中身は以前と変わっていない。十分、贅沢な料理だった。

 量的にも満足のいくもので、父王が起こす癇癪が王太子には理解出来ない。


 そして、ふと思い至る。自分達だけが良い食事をしていると言う事実を。


 王太子とて報告を受けていた。貧民に餓死者が出るほど、今のクラウディアには食糧がないと。収穫も微々たるモノで、全土に飢餓が蔓延していると。

 だが、それを特に気にした風もなく、国王と王太子は変わらぬ日常を過ごしている。

 変わったといえば食事の形式くらい。然したる変化は感じなかった。


 だから、今、唐突に理解したのだ。食糧がないという意味を初めて実感する。


 こうして我々の食事のコストを抑えなくてはならないほど財政が逼迫している? え? 


 愕然と目の前の皿を凝視する王太子。


 王族の食費だ、安くはないと思う。しかし、そこを詰めねばならぬほどだというなら、他の費用はどうなっているのだ? 軍備や各種維持費、騎士や貴族らに払う俸禄は? 賄えているのか?


特に軍備など超金食い虫である。


 王太子は政を知らぬとはいえ、それを理解していない訳ではない。それなりに王族としての教育を受けてきたのだ。超、政が下手くそなだけで、収支や政務の理は知っている。


 だから、いきなり突然理解してしまった。


 目の前の皿が物語る、クラウディア王国の退っ引きならない窮地を。


 顔を凍りつかせる王太子と、未だにギャンギャン吠える国王。


 相反する二人を静かに見つめ、数人の貴族達が疲れたように溜め息をついた。


「もはや、我が領地は破綻寸前だ。収入が殆どない上に、還付金がないと税も納め切れん」


「こちらとて似たようなものです。幸い牧畜で幾らかの収入がありましたが、それも長くはない。土地はあれど、耕す民がおらぬのです」


「牧畜に回す金子があっただけ僥倖でしょう。わたくしなど、家畜を買う金すらありませなんだ」


 それぞれの領地が抱える問題。


 深刻なソレに、世界は合わせてはくれない。


「.....民を逃がす他ないか。このままでは屍の山が疫病を招く未来しか見えない」


 悲壮感漂う初老の男性はアンダーソン伯爵。パスカールの領地がクラウディア最北ととなり、一年前に辺境伯をお役御免になった領地だ。

 彼はパスカール達の予想するような奪う戦いなど考えてはいない。


 奪って? その先は? 今を凌げても未来はない。優良な領地を叩き壊せば、さらにその未来が狭まるだろう。


 アンダーソン伯爵は知っていた。パスカールの領地が豊かで大きな事を。


 あんな荒野も同然な辺境に追い出され、王子殿下は大丈夫だろうかと、この一年、ずっと見守ってきていたからだ。

 真っ当な領地ですら不作に喘ぐ昨今、さぞや困窮しておられるだろうと、彼は、何かあれば手助けするつもりで密偵を忍び込ませる。


 だが、それも杞憂に終わった。


 パスカール殿下の領地には、いつの間にか主の森が存在しており、例のフロンティア王女殿下から多くの支援を受け、アンダーソン伯爵の領地よりも、ずっと豊かな領地に変貌していたのだ。


 ウィーズリー男爵だったか? 魔物がいる土地は緑が多く、住みやすいところだとか言っていたのは。そういった研究をしている変わり者は。


 アンダーソン伯爵は、実年齢より年老いて見える顔で微かに微笑んだ。


 ウィーズリー男爵の研究を裏付けるかのように、みるみる大きく見事な街になったパスカールの領地。彼は魔物らと仲良く暮らし、元気でいると報告されている。


 力ある者に託すべきだろう。クラウディア王国の未来を。何より、パスカール様には勢いがある。信頼のおける臣下らもいる。

 民を養えぬ領主など、領主ではない。老骨らの尻拭いを若者にさせるのは偲びないが、老骨には老骨にやれる事がある。


 うっそりとほくそ笑み、アンダーソン伯爵は仄かに燻る凄惨な光を瞳に宿した。


 こうして、各人による思惑から、パスカールの予想する最悪は回避される。


 だが、物事が斜め上を爆走していくのは小人さんに関わった者らの常だった。




「兄上がお越しになったっ?!」


 青天の霹靂。


 王太子一行がパスカールの領地を訪れる不可思議な未来を、今は誰も知らない。

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