第17話 蜜蜂と王宮と小人さん ~前編~
「洗礼、おめでとうございます」
いつものように騎士団演習場にやってきた双子を、何故か左右に整列して迎える団員達。
思わず顔を見合わせて眼をパチクリさせる双子の前にハロルドが現れ、傍に控える騎士らから一振りずつ剣を受けとる。
「これは騎士団からの御祝いです」
差し出されたソレは細身の剣。今の双子らが使う木剣と同じサイズのレイピアだった。
本物が醸す重さと質感。鞘も柄もシンプルだが、鍔の装飾には騎士団の紋章が入っている。
「これは騎士団員の証です。すでに数年にわたり騎士団と共にある貴殿方を、我々は特例として見習いと認めます」
マジか。
唖然とハロルドを見上げ、ぽかんっとする双子の周りで、整列していた騎士らが剣を構えた。
そして一斉に、それを掲げる。
「ようこそ、フロンティア王宮騎士団へ。我々は貴殿方を歓迎します。
ざんっと居並ぶ騎士団員。
それに倣い、小人さんもレイピアを抜き、眼前に構えた。
千早も慌てて構える。
「如何なる逆境をも幾久しく共にあらん。轍は我等の後に有り。征くべき途を指ししめせん」
古い文言と作法。
文献で読んだだけの作法だが、間違ってはいないだろう。真摯な眼差しで千尋は応えた。
面食らう騎士団員。瞠目し、誰もが感嘆を隠せない。
まさか、正しく礼が返ってくるとは思わなかったのだ。
本当に、貴殿方という人は。
ハロルドは古い作法で礼をとる双子に、大きく破顔した。
「では、本格的に学ぶ事になりますが、どのようにいたしましょうか?」
ハロルドが二人に問い掛ける。
言われて千尋は考えた。
本来、騎士団見習いになったなら、まずはローテーションで武器を学び、専門を選ぶ。
そして、その専門の騎士らにつき、武術や技術を学ぶのだ。
しかし、双子はその行程を既に終わらせており、さらには特筆するほど秀でたモノはなかった。
無いというか、どれもそれなりに出来てしまったのだ。
うーむと悩む二つの顔。
それに苦笑し、二人が何を考えているのか察したハロルドは、もっと肝心な事を言う。
「来年の春から、御二人とも学院があるでしょう? 通常の見習いのように騎士団に詰める訳にもまいりません。今までのような自由度がなくなります。そのお話です」
はっと小人さんの顔が上がった。
本気で忘れていたんですね。
思わず生温い笑みを浮かべる騎士達。
わたわたと頭を叩き、千尋は、それも頭に入れる。
これから巡礼もあるし、学校もあるし、騎士団の演習や座学もあるのか。
それにロメールらと交易や税率の話し合いもしなきゃだし。蜂蜜販売の利益計算もあるし。
あれぇ? おかしいな、アタシって、まだ子供だよね? 何で、こんなにやる事詰め詰めなの?
無理でしょ、これ。神様、一日四八時間下さいっ!
あうあうと情けない顔でオロオロする小人さんを見て、ハロルドは軽く噴き出した。
「学院がある間は休日のみの参加にしますか?」
「いや、それはダメっ!」
技術というものは毎日の鍛練がモノを言う。一日サボれば、それを取り戻すのに三日かかるのだ。
う~っと唸る小人さんに、今度は別の騎士が声をかけた。
「ならば、早朝訓練に参加なさるのはどうでしょう? 部署ごとの日替わりになってしまいますが」
騎士団には通常の訓練以外に、早朝訓練もある。剣や弓など、それぞれの部署ごとに週一回。
全ての武器を一巡する形なので、固定の武器が決まっていない双子には丁度良いかもしれない。
朝四時から七時まで。
これなら学院の授業時間にかぶらないはずである。
「それ良いねっ」
「え、四時?」
ぱあっと顔を煌めかせる千尋と、やや眉を寄せる千早。
対照的な二人の表情に、思わず笑いの漏れる大人達。
千早の反応が普通だろう。
夜も明けきらぬ早朝だ。大人にだって苦痛なのに、子供ならなおさら辛いに違いない。
嬉々として喜んでいる小人さんが変なのである。
「騎士団の鍛練は解決したね、あとは他を兼ね合わせないとなぁ」
決定かい。
青い顔の千早の意見も聞かず、他へ思いを巡らせる小人さん。
騎士団の面々が、心底気の毒そうに千早を見ていた。
「ロメールっ、仕事は休日に一気に片付ける形に出来るかなっ?」
いきなり執務室に飛び込んできた幼女に、一瞬、眼を丸くしたロメールだが、言葉の意味を理解し、次には柔らかく微笑んだ。
「もう、そうしてあるよ。君も学院があるしね」
おお、さすが。
優しく微笑むロメール。だが、その眼は笑っていない。
そうしておくから、必ず来てね?
切実なその気持ちは、口にせずとも伝わり、思わず苦笑して歯茎を浮かせる小人さんである。
相変わらず人手不足なのね、王宮。
ふと見渡せば、周囲の部下らもすがるように千尋を見つめていた。
いっ、いたたまれない。
それじゃ、と静かに扉を閉めて、そっと両手を合わせて拝む小人さんである。
「んじゃ、あとは.....」
王宮庭園端に転がり、千尋は地図のメモを開いた。
鞄から万年筆も取り出し、一つずつ書き出していく。
「んーと、騎士団は朝で..... ロメールんとこは休日。 巡礼の時は移動以外はやる事ないから、ドルフェンに稽古をつけてもらえば良いでしょう? あとは.....学校始まる前に巡礼の練習したいな」
カリカリと馬車を描き、乗る面子と必要な物資。他、色々と書き込む小人さん。
寝転んで書いていた彼女より早く、ポチ子さんが不穏に羽を鳴らした。
「ん? どしたの、ポチ子さん」
「捕らえろっ!」
小人さんが顔を上げると共に、大きな声が上がり、わらわらと男達が周囲に現れる。
「うぇ?」
キョトンと見上げる幼女を前に、何人かの男らは戸惑いを隠せない。
見た感じ王宮の侍従らだろうか。仕立ての良いお仕着せをまとい、柔かな物腰の若い者達だ。
何事だろう? と、首を傾げる小人さん。
その、あまりに無邪気な仕草に、男の一人がたまらず叫ぶ。
「ヴィフェル様っ! 本当に、この子供が盗んだのですか?」
情けない顔で叫ぶ侍従に、ヴィフェルと呼ばれた男が大きく頷いた。
「当たり前ではないですか。この蜜蜂はファティマ様の僕。いかにして操っているのか知りませんが、それも含めて詰問しましょう」
厳めしい顔で呟く男性。神経質そうなその顔に小人さんは見覚えがある。
「ダッケン? だよね? 何してるの?」
途端、ヴィフェルと呼ばれた男が大きく眼を見開いた。
「何故、その名前を?」
あ、やらかしたかも。
そっと眼を伏せる幼女。
「ダッケンは、わたくしの兄です。愚かにも失脚して今は実家の部屋住みでありますが。何故、平民の貴方が知っているのですか?」
平民? まあ、間違ってはいないけど。
小人さんはマジマジと目の前の男性を見つめる。
あ~、そっか、あれから十年くらいたつものね。こんな、当時の顔のままな訳はないか。
ヴィフェルと呼ばれる男は、当時のダッケンによく似ていた。でも、十年の月日を感じる顔ではない。
弟か。なるほど。
じっと上目遣いで見つめられ、ヴィフェルは軽く咳払いをする。
「貴方の連れている蜜蜂は、ファティマ様の僕でしょう? どうやって手懐けたのか分かりませんが、御返しなさい」
上から目線なヴィフェル。
それも間違ってはないが...... うーん。
「蜜蜂の見分けがつくのですか?」
小人さんが尋ねると、ヴィフェルは少し驚いたかのように眼を見張る。
周囲の侍従らも困惑げに顔を見合わせた。
「見分けも何も、そんな風に人に懐いている魔物など滅多にいないでしょう」
ははーん、魔物が王宮をかっ飛んでいた当時を知らない系か。
目の前の男性は、当時のダッケンより、やや若い。つまり王宮に上がって数年というところなのだろう。
小人さんは、すくっと立ち上がると、空に向かって大きく叫んだ。
「カモーンっ、みんなぁぁぁーっ」
なぁー、なぁー、と声が空に吸い込まれていくと同時に、多くの羽音が轟き、どこからともなくワラワラと蜜蜂が集まってくる。
一匹、二匹、みるみる数を増していく蜜蜂の群。その数、数十匹。
「この中のどれがファティマ様の僕かなぁ?」
顔面蒼白で固まる男性らの周辺を蠢く多くの蜜蜂。
これが災害級の魔物だと知る彼等は、言葉もなく、恐怖に立ち竦んでいる。
それにニッと口角を上げ、小人さんは無邪気に微笑んだ。
「どれが、その蜜蜂なのか分かったら教えてね?」
そう言い残して、千尋はポチ子さんに掴まり空を翔る。
唖然と見送る男性らの目の前で、他の蜜蜂らも小人さんを追って翔んでいった。
「信じられない......」
彼等は若い世代だ。小人さんが駆け巡った当時を知らない。
多少の知識はあれど、洗礼前か、就学中で社交界デビューもしていない彼等が王宮に上がる事など滅多にない。知らなくて当たり前なのだ。
人伝にしか聞いた事のない十年前の出来事を、眉唾物だと思う者も少なくはない。
貴族らより、むしろ小人さんと密着していた城下町の平民の子供らの方が、正しくそれを知っていた。
だが、今起きた出来事は眉唾などではない。
唖然と空を見上げたまま、しばらくの間、彼等はそこから動く事が出来なかった。
「アタシが蜜蜂を盗んだか。王宮では、どういう話になってるんだろうな。そこらもロメールから聞かないとなぁ」
ポチ子さんに掴まり、ブラブラ揺れながら、小人さんはヴィフェルの事を考えていた。
兄にそっくりな神経質そうな面差し。ダッケンと顔は似ていたが、すっごく真面目そうな眼をした男性だった。
何か行き違いがあるのかもしれないなぁ。そういや、ロメールの話でも魔物の所有権がどうのと揉め事になったような事を言っていたっけ。
事は終わっていないのかもしれない。
ブラブラしなが足を鳴らす小人さん。
風の向くまま、気の向くまま。
今日も小人さんは我が道を征く♪
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