第25話 冒険者ギルドと小人さん ~よっつめ~


「森の洞窟の魔物が、おかしい事になってる」


 ロメールの執務室で御茶をすすりながら、のほほんと宣う幼女。

 思わず眼をしぱたたかせたロメールだが、それに含まれるモノを把握して、脳内で溜め息をつく。


 うわぁ。二行で全貌が分かる不穏な発言、やめて?


 知らず顔に生ぬるい笑みをはき、ロメールは小人さんから詳しく話を聞いた。


「洞窟の中で魔物が発狂状態だったんだよね。野生の猪すらおかしくなってたにょ」


「ふむ。スタンピードの可能性もあるな。至急調査させようか」


 主の森ならダンジョンも同然。そこに起きた異変なれば、スタンピードの兆しとも思える。

 ロメールは部下を呼び、騎士団への指示書を渡した。

 それをチラ見しつつ、千尋はうんざりと呟く。


「いきなり奥から現れて、一斉に襲われたんだよねぇ。なんでかな」


「そりゃ、君らが高い魔力を持っていたからだろう?」


「あ......」


 そうだ。魔物が人間を問答無用で襲ってくるのは魔力を得るためだ。餌なんだった。


 ポンっと手を叩き、得心顔な小人さんだが、その耳が、後に続くロメールの怪しい呟きを拾う。


「でも怒り状態ならば、単に強い者から倒そうとする本能なのかもしれないね」


 本能?


 うん? と訝る小人さんに、ロメールは魔物の習性を話した。

 いわく、スタンピードなどで発狂状態になった魔物らは、強い者を協力して倒す習性があるのだそうだ。


「魔物にとって、君らへの恐れが本能を刺激して、倒すべき強敵に見えたのかもしれないね」


 うわぁ。めんどくさ。


 魔物達の眼に映る双子は歩く御馳走。さらには徒党を組んで強者を襲うとか、それが本能なのだとか、面倒この上ない。

 でも、そういう事なら、あの時の鬼人のごときドルフェンに、魔物らが怯まず襲いかかってきた事にも合点がいった。


 アルカディアの魔物は、全て突然変異だ。

 通常の野生動物から生まれる突然変異か、魔物同士の交配で生まれるキメラばかり。

 なので種類とか固有の名前がない。

 大きささえ合えば、コウモリとネズミの雑種など、多種多様な魔物がいる。

 見かけから系統はあるが、これといった同種での繁殖はないため、中々に個性的な外見をしていた。


 狼みたいな魔物、コウモリみたいな魔物などなど。みたいなとしか表現できない混ざった外観。


 固有種で一族を持つのは、主と呼ばれる魔物だけ。

 彼等は主による単体繁殖なので、個性はあっても個体差はあまりない。

 大きさや色の違いはあるが、形や生態の違いはない。

 この辺は上級生の科目らしく、洗礼前の家庭教師らからは習っていなかった。


「そういえば中級生あたりまでの学びしかしていないんだったね。洗礼前だったし教えられる事も限られていたから。無事に洗礼も終わったし、新たに家庭教師を派遣しよう」


 洗礼を済ませて属性を授かるまでは教えられない事も多く、それらの学びは中断されていた。

 逆に、それら以外の学びは完了している。

 遊ぶより、学ぶ事に貪欲な小人さんにつられ、千早も黙々と机に向う数年間。

 もちろん、子供らしく遊ぶ事もしていたが、怠惰とは無縁な生活をしてきた二人は、周囲から見れば化け物な子供達であった。

 無意味に茫洋と過ごした事はない。


 新しい家庭教師と聞いて、小人さんのアホ毛がピコンっと爆ぜる。

 その瞳に浮かぶ好奇心。煌めくそれは年相応なのだが、含まれる意図が子供らしくない。


 まあ、地球という世界では成人した女性だったというし。通常の子供と同じにしちゃいけないかな。


 以前、小人さんが神々とのアレコレを説明した時。話についていけず茫然とする関係者の中で、ロメールのみがそれに気づいた。


 以前に感じた、年相応でない違和感を思い出したのである。

 だから彼は千尋と二人きりになった時、こと細かに質問してきたのだ。


 地球とは、どんな世界か。そこで、どんな生活をしていたのか。

 性別は? 年齢は? 学歴は? 大学? え? 二十歳過ぎても通える学校? ちょっと、それ詳しくっ! 等々。


 根掘り葉掘り尋ねられ、小人さんも説明出来る限り説明した。


 なので二人の間には、他とは違う価値観が横たわっている。


 嬉しそうに眼を輝かせ、アホ毛を揺らす幼女。

 ドラゴは料理人だし、桜はフロンティアを知らない。ナーヤやサーシャも貴族のアレコレを学ぶようになって十数年の余所者だ。

 一代限りの下位貴族でしかなかったジョルジュ家は、中位貴族としての倣いを知らず、取り敢えず与えられるだけのモノをかき集め、全力で双子に与えてきた。

 しかしそこには、どうしても庶民感が出てしまい、足りない諸事情が発生する。

 千尋が知る限りで頑張ってきたが、千尋とてフロンティアを正しくは理解しておらず、さらに前世は金色の王としての強権を使い無双したに過ぎない。

 彼女に不足する知識や常識。しきたりや礼儀のアレコレを埋めてくれるのがロメールだった。


 如何に形を整えようと、その意味を知らずば中身が伴わない。

 ちぐはぐな形違えを修正してくれるロメールを、小人さんは心から有り難く思っていた。

 彼が選ぶ家庭教師なれば問題はない。


 きゃっきゃっと喜ぶ幼子を眺め、ロメールも至福を感じる。


 打てば響く学ばせ甲斐のある子供。


 教師にとって、これほど稀有な存在はない。

 事実、双子に教えたいと列を連ねる教師陣は後をたたない有り様だ。

 最近は、その列に魔術師がチラホラと並んでいる。

 ダビデの塔で小人さんの精霊を見た者達だ。

 塔の研究者らには口止めしたが、疼く探究心を抑えられないのだろう。


 ほくそ笑む二人の間に邪気はない。


 小人さんとロメールは、何から習得していくか話し合った。早急に必要なモノもあれば、じっくり後回しでいいものもある。


 そんな楽しそうな王宮の新たな展開に、怪しい翳りを見せる者がいるとも知らず。


 その元凶は薬学ギルド。


 冒険者ギルドからの報告を聞き、彼等は驚愕に打ち震えていた。


「どうしてそんな奥まで? この花は、もっと入り口近くにも生えているだろう?」


 狼狽し、忙しげに手を動かす人物は、もう一人の男性を恨めしげに見上げる。


「入り口あたりに猪がいたらしい。それを避けて奥まで行ったとか」


 問われた男性も忌々しげに眼をすがめた。


「調査が入るのは必至だな。見破れるとは思わないが、術式の完成は遅れるかもしれない」


 其々が思うところを口にする。


 彼等は密かに、ある実験を行っていたのだ。


 人目を憚り、洞窟という限定された環境でないと出来ない実験。

 魔術師の力を借りて、洞窟深くに結界を張り、中を毒素に満たして密封。

 結界より外へ魔物は出られない。

 そこで生きるために毒草を食らい、共食いし、自然淘汰で新たな魔物を生み出す実験。

 災害級と呼ばれる主らの存在する森だからこそ出来た実験だ。

 万一失敗しても、そのカタは主らがつけてくれる。


 思惑は違えど、それはまさしく蟲毒の呪法だった。


 結果、出来上がるのは強力な魔物。


 それを研究材料とするため、捕獲までを冒険者ギルドに任せるつもりだった三人は、思わぬ事態に頭を抱える。

 まさか、主の森の洞窟を、そんなに奥まで進む冒険者がいるとは考えもしなかった。

 大抵は入り口近くの脇道から採取してくるものなのだ。

 その脇道付近を徘徊する猪がいるなど、彼等の想定外である。


「強心薬に必須な花だから。依頼が出されるのは仕方無いとしても、迂闊だったな」


 公になったからには調査が入るだろうし、しばらくは立ち入り禁止になるだろう。

 魔術師の術式が看破されれば、なにがしかの企みがあったと思われ、調査の範囲が広がる恐れもある。

 それに引っ掛かったら目も当てられない。


 実験に都合が良かったとはいえ、主の森は王都近くだ。この実験には、最悪、スタンピードの起きる可能性が否めない。

 無論、そんな事態には主らがさせまいが、その可能性を知りつつ実験をした責任は重い。

 場合によっては国家転覆を謀った罪人に問われ、悪くて処刑、良くても終身罪で生涯強制労働だろう。


 それでも、研究者として、この実験をやってみたかった。

 どんな結果で、どんな魔物が生まれ、どんな成果となるのか、どうしても確認してみたかったのだ。


「この本を手に入れたのが運のつきか」


 三人が座るテーブルの上に置かれた一冊の本。


 そこには神世の時代の古い術式が、古語で載っていた。

 難解な古語を解読し、虫食いな説明文を予測と経験で補い、三人は夢中になって研究に没頭する。

 そして出来上がった構築を試してみたかったが、如何せん先立つモノがない。

 洞窟一つを完璧に密封する魔術は難解だ。それこそ十把一絡げな魔術師では役にたたない。


 そんな高位な魔術師を雇おうと思ったら途方もない金子がかかる。

 しかも、事はスタンピードを起こしかねない危険な実験だ。これに協力しようなどという奇特な魔術師はいないだろう。


 そう思い諦めかけていた時。


 思いもよらぬ奇特な魔術師が現れた。スポンサーつきで。


 何でも結界術を極める事を目的として三人に協力したいと言う。

 非常に名のある魔術師だ。高位貴族で、実験にかかる費用も持ってくれるとの話に、一も二もなく三人は飛び付いた。


 結果、この有り様である。


 どうしたものか。


 悪意の有無は問題ではない。これに纏わる危険性を知っていながら黙殺し、実験を行った。

 これだけで死刑判決に同意したようなモノだ。

 さらには、それを知りつつ、今また、隠蔽しようと足掻いている。

 術式が看破されようが、それを三人が行ったという証拠はない。

 魔術痕から魔術師の特定はされるかもしれないが、幸い彼は高位の貴族だ。

 ただ結界を張っただけ。強度や持続性を調べたかったなど、いくらでも言い訳の余地はある。

 その結果、思わぬ事態を招いただけなのだと。


 この古文書の存在さえ知られなくば、やりようはあった。

 よしんば知られたとしても、解読は不可能だろう。自分達とて解読するのに数年をかけたのだ。


 三人は御互いに視線を交わし、沈黙を守る。外部に知られる訳はない。


 しかし、この時は彼等は判断を誤った。


 まさか、古文書を経由せず、蟲毒の呪法を知る人物がいるなどと、彼等は知りもしなかったのだ。


 いつも暢気な小人さん。


 知らず知らずに彼女は問題の渦中で踊り出す。


 冒険者ギルドからの依頼で小人さんが洞窟に赴き、結界を看破し、それに付属するアレコレを騎士団や冒険者ギルドに懇切丁寧に説明して、スタンピードの危険性や、結界を張ったことによる最悪な予測を披露するなどと、三人は思いもしない。


 事の重大さを知らしめられた騎士団が、草の根を分けるように大々的な捜査を行う未来など、今の彼等には想像も出来なかったのだ。


 来るべき最悪の事態も知らず、薬学ギルドの三人は古文書を隠して安心する。


 彼等の胡乱な未来に乾杯♪


 

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