第93話 カストラート王と小人さん ふたつめ


「ここが王都?」


「そうです。ここまで来たフロンティア人は我々くらいではないでしょうか」


 古くは隣国として国交もあり、アンスバッハ伯と婚姻すら交わしていたカストラート。

 失われた時代にはフロンティアへ攻め込むものの、今のように精鋭魔術師らに蹴散らされ、大した戦にもならなかったらしい。

 そしてフロンティアからの食糧支援が定着して落ち着いたころ、アンスバッハ家への婿入りを条件に和平を結んだ。

 なんでも、アンスバッハ家の御令嬢が相手に惚れ込み、なしくずし的に結ばれた和平らしい。


 それも、今思えば..........


 説明していたドルフェンの脳裏に、シリルの使った薬剤が浮かぶ。

 後で聞いた話、それは神々の妙薬。自我を失わせ言いなりに操る洗脳薬だったとか。

 金色の魔力を持っていた小人さんは大事にいたらなかったが、通常なら一度の投与で、ほぼ完全に洗脳出来るらしい。

 これが過去のアンスバッハ家で御令嬢や当主に使われたとすれば、あれほど強引に婚姻が結ばれたのにも納得である。


 今さら、せんなき事ではあるが。


 物憂げに街を眺めるドルフェンに、小人さんの賑やかなな声が聞こえた。


「ねぇねぇっ! 御飯どうする? 宿は? まだ王宮まで一日くらいかかるんでしょ?」


 ワクテカ顔で大きな瞳を輝かせる小人さん。

 しかしその横に立つ千早が、剣呑に眼をすがめて答えた。


「いや。宿は取らない。このまま王宮まで進もう」


「..........気づいちゃったかぁ。大した事なさそうよ?」


「配置されていること事態に悪意を感じるんだ。.....こちらを舐めてるね」


 街の物陰に潜む何か。


 あちらこちらから誰かの視線を感じ、千尋はニマニマと愉快そうに眼を細め、千早は苛つく顔を隠しもしない。

 怪訝そうに首を傾げる小人隊の騎士達は気づいていなかった。


 暗部だね。上手く気配を消している。


 思えば、シリル達も気配や存在感を消すのが上手かった。彼等も暗部の者だったのだろう。

 だが各国の暗部の中でも、とびっきりな技量を誇るフロンティアの暗部。そんな彼等に教えを受けている双子から見れば児戯にも等しい。

 潜んでいるつもりの間者達が丸裸同然。


「モノノケ隊つかう?」


 蜜蜂らに掃除をさせようと言う小人さんに、千早は小さく首を振る。


『ああいう輩は周りに配慮をせぬ。下手に片付ければ、倍の碌でなしが駆けつけよう』


 チェーザレが皮肉げに口角を捲り上げた。


 あ~、人海戦術は面倒だね。


 もはや当たり前に入れ替わる二人。周囲にはどちらがどちらなのか気づく暇もない。

 一時期は険悪な雰囲気だった双子だが、小人さんのジト眼攻撃に根を上げた千早が歩み寄る事で決着した。


 結局、妹には弱い兄である。


「まあねぇ。.....ん?」


 隠れる間者らを見回していた小人さんは、ふと眼についた商隊に視線を吸い寄せられた。

 そこには大きな檻が幾つも並び、中に囚われているのは大きな猪や狼のような生き物達。

 だが一目でわかる。微かに漂う魔力が物語っている。それは間違いなく魔物だった。


「は? えっ? 街中に魔物? 良いの? あれっ!」


 盛大なおまゆうに乾いた笑みを張り付ける小人隊。

 そっと窓を覗き込み、ヒュリアは呆れ顔をする。その表情は言葉にならない忌々しさも含んでいた。


「掃除屋ですわ。不要となった魔物を買い取り、見世物にするのです」


 カストラートの上級貴族の嗜みとされる魔物飼育。

 長く鎖に繋がれて老いた魔物は見世物小屋に売られ、最後には素材として売り払われるらしい。


 なんとまあ、商魂逞しい。


 人間とて奴隷とするアルカディアで、魔物など家畜も同じ。憐憫は抱けど可哀想などというおごりは持たない小人さん。

 食肉に甘んじる以上、そんな偽善的な感情は烏滸おこがましい。

 誰だって大事なのは自分の周りだけだ。それ以外に塩はおくれない。


 すんっとした顔でそんな益体もないことを考えつつ、小人さんはチラチラと檻を見る。

 割りきろうとする千尋だが、理性と感情は別物。

 前述されたのは理性の意見。無意識の警鐘。

 だが小人さんは感情の生き物である。理性の警告を呑み込みつつ、思うがままに行動してしまう。


「ねぇ、ヒュリア。あれって買ったりとか出来るん?」


 問われて少し驚いたように眼を見開き、ヒュリアは唇に指を当てて思案する。


「買えます。ただし、かなり高価になるかと。カストラートでは魔物を従えさせるのはステータスなので」


 お金で方がつくなら僥倖。


 小人さんは馬車を止めさせ、てけてけと商隊の馬車に向かう。

 駆けてきた少女とその護衛らしき騎士を見て、商隊の男どもがにわかにざわめいた。

 仕立ての良い服装。傍に控える女性も美しく、如何にも貴族然とした姿。


「ねぇねぇ、この檻ごと売ってちょうだい?」


 魔物の檻を指差して無邪気に笑う黒髪の美少女に度肝を抜かれ、商隊の男達は顔を見合わせて少し御待ちをと慌てて天幕の中に飛び込んでいく。

 しばらく天幕の中で大きな声が交わされ、ばっと出てきたのは若い男性。

 その男性を見て、小人さんは眼を見張る。

 黒髪黒眼に左肩を抜いた着流し姿。その着物の下には身体のラインに合わせた黒い絹の上下。

 大きな牡丹の意匠が雅やかな赤い着物に紫の重ね着。

 日本でいう傾奇者かぶきものといった風貌だ。

 首や腕にじゃらじゃら下げた金銀宝石。膝下丈のロングブーツにも所々に宝石や金鎖が装飾されていた。

 長い黒髪をゆるく一つ結わきにした気だるげな姿は、なんとも粋を極めた風情を持つ遊び人に見える。


「御嬢さん、魔物を買いたいって? 酔狂だなぁ。調教出来るのかい?」


 やや垂れた切れ長な眼をすがめ、彼はさも楽しそうに小人さんを見下ろす。

 

 あんたには言われたくないわぁ~。格好から見るにキルファン関係かな?


 心の中でだけ苦笑し、小人さんは大きく頷いた。


「もちろん。いくら?」


 にぱっと笑う少女を愉快そうに眺め、男は値踏みするかのように顎に手を当てて口角を上げる。


「そうだな。檻をつけてなら金貨百枚か」


「なっ?!」


 小人さんの背後に立つドルフェンが声を上げた。

 通常の平民の収入が月に金貨一枚あるかないか。貴族であっても年に金貨五十枚前後が平均収入だ。無論、それは国から払われる俸禄であって、税収などとは別である。

 金貨百枚といえば、侯爵クラスの俸禄だ。こんな死にかけた魔物に払うべき金額ではない。


「お前、ふざけるのも.....っ」


 小人さんは軽く右手を挙げて、怒鳴りかけたドルフェンを止める。


「金貨百枚ね。了解」


 そういうと小人さんは馬車に駆け込み、二つの皮袋を持ってこさせる。

 中には金貨五十枚。それを渡して、少女はにんまりとほくそ笑んだ。


 あらゆる利権を生み出して稼いできた今世は、前世と比べ物にならないくらいお金持ちな小人さん。

 紙芝居や人形劇。それらに関する本の執筆や、挿し絵まで手掛けている。ある意味、無断転用なのだが、星が違うわけだし無問題。

 アルカディアの中でも文明の発展が著しいフロンティアとキルファンが背中合わせに存在するのだ。

 印刷技術も飛躍的に進化し、平民でも気楽に本を娯楽として楽しめた。他国では有り得ない教育水準である。

 さらには主達からの贈り物。当たり前のように寄越される蜂蜜や蜜蝋に、シルクを上回る光沢と鋼のごとき強度を持つ蜘蛛の織物。

 これは切断にミスリルの鋏を特注する羽目になったオチがあり、注文した時のマルチェロ王子の顔は、未だに忘れられない。

 金銀宝石の原石をいそいそと運ぶのはモルトとその子供達。これもフラウワーズのを横流ししてんじゃないかと勘繰る小人さんだったが、モルトいわく、限り無くフラウワーズに近いフロンティア側の物だそうだ。

 それはそれで、ヤーマン辺りの貴族の領地から掠め取っているわけになるが、通常では掘れない深さに埋蔵されているらしく、眠らせるのは勿体ないというモルトの弁に仕方無く頷く小人さんだった。

 珊瑚や真珠はツェットから持ち込まれ、それぞれキルファンに丸投げして加工してもらっている。

 他にもドナウティルの珈琲独占によるスイーツや飲み物の販売、キルファン特産の果樹や作物、調味料。着物や摘まみ細工の流通を引き受けていたりと、手広くやっていた。

 フロンティアに話を持っていけば大抵の事は叶うとの噂の原因は小人さんである。

 おかげで貯蓄は鰻登り。ぶっちゃけ国王陛下よりも資産を持つ小人さんだった。


 金貨百枚ぐらい、なんのその。


「これでコイツらはアタシのモノだね?」


 渡された金貨の袋を受け取り、男性は信じられない眼差しで小人さんを見つめる。

 まさか、本当に払うとは思わなかったのだ。交渉で七かけくらいを落とし処に見て、吹っ掛けた金額である。

 全額支払われたことに、むしろ狼狽える男性。

 そして小人さんの馬車が蜘蛛の魔物に牽かれており、その周囲にも魔物がワラワラしているのに気づいて、ざーっと血の気を下げた。


「さてと。あんた達、自由だよっ、出ておいでっ!」


 軽く手を振り、小人さんの指先から金色の魔力がリボンのように放たれた。

 それは弧を描いてそれぞれの檻に届き、檻に触れた瞬間、ぱんっと弾けて粉になる。

 金色の粉は魔物らの周りを踊り、吸い込まれ、しばらくすると、ぐったりしていた魔物達が、むくりと起き上がった。

 しばし呆然と辺りを見渡して、脚を駆り、次には体当たりで檻を破壊する。

 バキバキと音をたてて圧し折られる柱や板。

 周囲は大混乱となり、そこここから悲鳴があがった。必死に逃げ惑う街の人々。


「うわああぁぁっっ?!」


 同じく、驚き逃げ回る商隊の男どもの中で、黒髪の男性のみが唖然と立ち尽くしていた。


 魔物達は檻を壊して出てくると、そのまま小人さんへ近づいていく。


 はっと我に返った黒髪の男性は慌てて叫んだ。

 こんな所で魔物を暴走させるなどあっては、商隊の名折れである。認識標を剥奪されかねない失態だ。


「逃げろっ! まだこんな体力が残ってたなんてっ! おいっ、お前らっ! 魔法石をーーー.....」


 慌てふためき腰の剣を抜いた黒髪の男性の目の前で、魔物達は少女に傅き頭を垂れている。

 傅く猪の周りで静かに踞る狼達や蝙蝠達。


 ..........は?


 大人しく垂らされた頭を撫でて、少女は花のような笑顔を浮かべた。


「お疲れ様。苦労したね? 帰ろ?」


 そういうと小人さんは大きな猪の上に跨がり、馬車に合わせてポクポクと歩き出す。

 他の魔物らもそれに並んでついていった。


 呆気に取られた商隊を置き去りにし、何事もなかったかのように立ち去る一行。


 黒髪の男性は、いきなりの展開についていけない。一体何が起きたのか。


 彼の名前は橘和樹。キルファンで小人さんが出逢った翁の孫である。

 新生キルファン王国から飛び出し、諸国漫遊して商隊を築き上げた変わり者。

 安定を嫌い、根無し草のような今を、こよなく愛する彼だが、その根幹はキルファンの知識と技術が支えていた。

 そういったモノを上手く使い、若いながらも結構な商隊を束ねる。


 そんな博識な和樹も、あんな子供を見たことはない。


 ..........いや? 見た事があるような?


 黒髪ということはキルファン系の混血か? そのせいか? おん出てきた祖国で見た? いや、年齢的に合わない。おれがキルファンを出たのは八年も前の話だ。そんな前なら、あの娘は赤ん坊だろう。


 懊悩する和樹を余所に、相変わらず、やりたい放題に進む小人さん。


 ずらりと並ぶ魔物の群れで、もはや馬車の方がオマケになりつつある小人隊とモノノケ隊。

 

 辿り着いたカストラート王宮が阿鼻叫喚の坩堝(るつぼ)に叩き込まれるのは御約束である。


 南無♪


  

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