第112話 小人さんと海辺の森 とおっ


《金色の王か.....》


 海辺の森の主は、小さく呟いた。


 ここは死者の森。多くの人や魔物が流れ着く場所。今日もまた、新たな死者が崖下に流れ着く。

 子供らが吊り上げてきたソレを弔い、主は大きな巣の中に隠した。

 一見、鳥の巣のように見える枯れ木の山の下には大きな穴があり、そこから落とされた遺体は遥か下の洞穴へと消えていく。


 かれこれ何百年こうしてきただろう。


 風を操り潮目を変えて、海辺の森の主は、ずっと遺体を集め続けてきた。それが先代の金色の王との盟約だったからだ。

 穢れた肉塊を、さらに鞭打つ醜い行い。それを強制してきた金色の王に、ツバメの魔物は恐れを抱く。

 何故にこのような事をさせるのか分からない。元々は草原を自由に飛び回っていたツバメにとって、洞穴にこもり穢れた遺体を遺棄する行為は地獄でしかなかった。


 でも、これをやらねば平原の森が死ぬ。


《.....助けて》


 ほたほたと大粒の涙を零し、項垂れる主を、その子供らが痛ましそうに見つめていた。




「んー?」


 いきなり背筋を走った悪寒に、ぶるりと震える小人さん。


「どうなさいました?」


 怪訝そうなヒュリアに首を傾げて、千尋は窓の外を見る。すでに海辺の森の崖は影形もない。


「いや。何か変な予感が.....」


「やめてくれよ、お前の予感って妙に当たるんだから」


「それも大抵、悪い方にな」


 眉をひそめるアドリスにザックが首を竦めてみせた。


「そう言われても」


 自覚があるのか、ついつい歯茎を浮かせる小人さん。

 そんな軽口をたたきつつ進むなか、ようよう一つめの村に到着したようだ。モノノケ馬車のスピードが落ちていく。


「お、村か町についたかな?」


 ぴょこっと窓から首を出して前方を確認すると、そこには横長な風景の長閑な村が見えた。

 少し大きめな建物は教会か。それを取り巻くように民家や店屋が並んでいる。あまり大きな村ではない。遠目に一望出来るサイズの村である。


「今日は宿屋かな?」


 ワクテカ顔の千尋にドルフェンが頷いた。


「久しぶりに、ちゃんとした寝台で寝れましょう。騎士達も疲れが見えるころですし」


 軽く周囲を見渡すと、ドルフェンの言葉で眼を輝かせる者がチラホラいる。

 だいたいは若手の者。古参系はその若手らに苦笑い。


「そうだね。美味しいモノがあると良いなぁ」


 見た感じ、昔懐かしな山小屋系。茅葺き屋根に石材の壁。フロンティアやフラウワーズなどとは一風変わった建物である。

 言うなら彼の有名なアルプスの大自然を舞台にしたアニメの、おんじの山小屋。それがひしめき合うように並んでいた。

 大きな山脈がある影響か、こちら側は雪が落ちやすいのだろう。どの家にも立派な煙突がついている。


「良いね、良いね、楽しみだねぇっ!」


 眼をキラキラさせて見開く小人さんに、微笑ましい顔をする小人隊の面々。


 村に着いた途端、待ちかねたかのように馬車待ちの列から飛び出していく小人さん。それを追いかけて、ドルフェンは千尋の後を追うように翔んでいたポチ子さんを捕まえて、がしっと小脇に抱えた。


「翔ばせはしませんからねっ!」


 ジタジタ暴れるポチ子さん。


 学習しているドルフェンを振り返り、千尋は膝下のドレス姿なまま、トンボを切った。

 くるるんっと飛び跳ねながら、にぃ~っと笑う。


「捕まえてごらんなさ~いっ♪」


 本気の小人さんに追い付けるのは千早しかいない。

 凄まじいスピードで昭和のバカップルのような追いかけっこをしつつ、必死に追いすがるドルフェンの肩を千早が軽く叩いた。


「僕が行く」


 そういうと千早はドルフェンの背中を借りて、トーンっと前方に飛び出した。


「ヒーロ、皆を困らせたらダメだろう?」


「あややっ、にぃーにっ? ちょっとくらい先に見物してても良いじゃないよーっ!」


 慌ててドルフェン仕様からギアを上げて本気モードに移行した小人さんだが、時すでに遅し。最初から本気モードで駆けてきた千早に、あっさり捕まってしまった。


「僕らは親善大使なんだよ? ちゃんとしないと、フロンティアの面目丸潰れでしょ?」


「あーーーいぃっ!」


 ひょっと千尋を肩に抱えて馬車へと戻る千早。遠目に小人さん捕獲を見て、安堵するドルフェン。

 検問の馬車の行列に並んで、ヒュリアが腕を組み待ち受ける。その後ろで苦笑するアドリスとザック。


 こうして、ようやく着いた村の門をくぐり、小人さん一行はクラウディア王国に足を踏み入れた。


 千尋の通常運行で国境の村に一騒ぎ起きていた頃。


 クラウディア王都には、フロンティア親善特使到着の報が届けられる。




「ふん。あの魔法国家の姫君か」


「御巡礼ではないですよね? 金色の姫君は力と記憶を失ったと聞いております」


「そのようだの。金色の王の降臨は数百年に一度だというし、別物だろう」


 今回の来訪の先触れを受けていたクラウディアは、国境に間者を潜ませ、その到着を待ちわびていた。

 早馬により届いた報告を受け、集まった面々は複雑な顔を見合わせる。


「まあ、バレまいよ。主らに首輪はしっかりつけてあるしな」


「金色の王でなくば意味はない。ただの人間にとっては主とてただの魔物だ」


「それなら良いのですが.....」


 そう呟いた少年は欺瞞げに嘯く父親と兄を、唾棄するかのように見つめる。もちろん気づかれぬ程度に顔を背けて。

 ここに居るのは、王と王太子と弟王子。

 下卑た嗤いを浮かべる父王と兄に反吐が出そうな弟王子だった。


 来られるのが金色の王であれば.....っ


 少年は眼を閉じて、地下に繋がれた哀れな虜囚達を思い出していた。そこは湿った牢獄。僅な食事で生き長らえている囚人達。


 誰か助けて.....っ!


 握り締めた拳を小刻みに震わせ、渾身の祈りを捧げる弟王子に、うっそりと神々はほくそ笑んだ。


 強く願うのは力である。


 任せろとまでに狡猾な笑みをはいた天上界のカオスとアビスを、今の弟王子は知らない。


 他力本願が基本の神々である。苦労するのは地上の人間達。それも神々の配剤。


 人間ネズミ花火様の行方は、神々にとて分からないのだから仕方がない。


 ちなみにその頃、人間ネズミ花火様は盛大に駄々を捏ねていた。


「やぁだぁぁーっ! 宿屋に泊まるぅぅ!」


「でも、板に直置きの布団ですよ? マットレスもないとか、こんな寝台なら天幕や馬車の方がマシですよ?」


 小人さんがファティマの時に発案した、ポケットコイルのマットレスが普及しているフロンティア。当然、夜営道具の寝具にもソレが採用されていた。

 こんな辺境の村にはない贅沢品である。


「当たり前じゃんっ! 寝心地より旅気分が欲しいのっ! だから宿屋が良いーっ!」


 唖然と顎を落とすドルフェンとヒュリア。言われている意味が全く分からない。

 その二人の肩にポンっと手を置き、アドリスが達観した眼差しで呟いた。


「こういう生き物だから。諦めろ。な?」


「御嬢の行動に理屈はない」


 既に簡単な荷物を持って佇むザック。小人さんに付き合って宿屋に泊まる気満々である。


「あ~..... そうでしたね」


 ぱちっと額を手で押さえるドルフェン。


 小人隊のみならず、王宮内の人々全てに蔓延する暗黙の了解。


 だって小人さんだもの♪


 この言葉は、未だに健在だった。


「じゃ、決まりねっ!」


 きゃっきゃと宿屋に向かう小人さんの後をついて、ゾロゾロ歩く小人隊。

 それを呆れた顔で見送り、和樹らも宿屋へと向かう。

 彼のキャラバンは毛布一枚で雑魚寝だったため、宿屋に泊まれるのは有り難かった。

 馬車にはモノノケ隊がいる。何の心配もいらない。


 そしてふと眼を見張って苦笑する和樹。


「どうした?」


 にまにまと口角をひきつらせる和樹を見て、商隊のメンバーらが首を捻った。


「いや、何でもない。久々のベッドだ、ゆっくりさせてもらおうや」


 おうっ、と満面の笑みな仲間達。


 いつの間にかモノノケ隊を信用してしまっている己を、つい自嘲しただけの和樹だった。


 慣れは怖いねぇ、ホント。


「頼むな」


 馬車の周辺をたむろう魔物達に声をかけ、和樹らも宿屋へと入っていく。

 それを見送り、任せろとまでに鼻息を鳴らすモノノケ隊。


 こうしてクラウディア王国での夜が更けていき、宿屋の食堂で小人さんが一悶着起こすのもデフォである。


 それもまた小人さんクオリティ。


 旅の気分を満喫し、今日も小人さんは元気です♪

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