第27話 プレ巡礼と小人さん ~ふたつめ~


「は? マジ?」


 遠目に見えるは全長五メートルはあろうかという大きな蜘蛛。

 あの大きさなればジョーカーの他にあり得ない。数匹の子供らと共に、ノタノタと歩いている。


 ゆっくりと馬車が止まり、カエルがペチペチと窓を叩いた。これは何かを見つけた時の合図。


 蜜蜂が牽く馬車には馭者がなく、不審なモノを知らせてくれるカエル達。

 その一匹が窓に張り付き、前方を示していたので、小人さんはドルフェンらと共に馬車から降りた。


 そして前方を歩くジョーカーを見つけ、慌てて小人さんは駆け寄っていく。


「ジョーカーっ」


《おや? 王じゃないか、お久しゅう》


 八つの眼を瞬かせ、蜘蛛は問答無用で小人さんを糸で巻き上げ背中にのせた。

 しゅるんと巻き付いた糸に引き寄せられる小さな身体。

 遠目だったジョーカーのところまで、小人さんはしゅるるるるんっと引き寄せられた。


「はえ?」


「チヒロ様っ?!」


 狼狽えるドルフェンらを無視し、小人さんを乗せたジョーカーは、子供らと共にノシノシと歩いていく。


「どしたん? アタシら今からアンタのとこに行こうとしていたのよ?」


 ぐるぐる巻きになった糸を子蜘蛛に外してもらいながら、幼女はジョーカーの頭をペチペチと叩く。

 それに疎ましげな顔を向け、蜘蛛は大仰に溜め息をついた。


《国境あたりに行き倒れがいるらしい。その従者とやらの魂が網にかかってね。助けてくれと煩いから見に来たんだよ》


 ほほう。


 なるほど、救済の網が未だに健在な訳か。


 得心顔の小人さん。しかし、その思考を読んだかのように、ジョーカーはフルフルと首を横に振った。


《網は確かに今でもあるが、アレは滅亡の網だ。通常の死者がかかる事はない。今はキチンと神々の理で死者の浄化がなされている。なのに、あの魂は滅亡の網に落ちてきた。おかしいとは思わないかぇ?》


 ああ、そういう。


 つまり異常事態。なのでこんな所までジョーカー自身がやってきた訳か。

 入れ違いにならなくて良かった。

 微かな安堵を胸にする小人さんの背後から、凄まじい殺気が迸る。


「ヒーロを離せぇぇっ!」


 疾風のごとき速さでドルフェンを振り切り、千早がレイピアでジョーカーに斬りかかった。

 それは大蜘蛛の足を的確に捉え、白刃を一閃させる。

 その殺意は本物。幼い眼を剣呑にギラつかせ、ふっと一息の元に両断しようと刃を滑らせた。


「ストップ、ハーヤっ!」


 驚きに眼を見張り、止めようとした千尋より先に、彼女の肩にいた麦太が守護を張る。

 それは千早のレイピアを軽く受け止め、守護の膜はポヨンと柔らかく彼を弾いた。


「ぅあっ」


 弾かれて飛んできた千早を受け止めて、後ろから追ってきていたドルフェンは小さく嘆息する。

 その眼は仕方無さげに腕の中のやんちゃ坊主を見つめた。


「アレは西の森の主です。チヒロ様の僕ですよ」


「アレが?」


《アレアレ言うんじゃないよ、まったく。失礼な奴等だね》


「ごめんなさい、てっきりヒーロが魔物に拐われたかと思ったの」


《こんな厄介な子供を誰が拐うもんか。半日もしないうちに、西の森がクイーンらに包囲されちまうよ》


「あは、そうだね」


 のほほんと会話する二人。


 小人さんとドルフェンは、驚愕に顔を強張らせる。


「ハーヤ、ひょっとしてジョーカーの声が聞こえてる?」


「え? 喋ってるよね?」


 マジかぁぁぁ


 キョトンと首を傾げる兄に頭を抱えつつ、小人さんは、ふと思いつき、千早の耳のイヤーカフを取った。


「まだ聞こえる?」


「え? あれ? 聞こえない」


 目の前のジョーカーは喋っている。しかし、千早の耳には、カチカチという牙の音しか聞こえなかった。


 こいつのせいか。


 神々からの賜り物なイヤーカフ。これが魔物の声も拾っているらしい。

 地獄耳的なアイテムかと思ったら、ソロモン系の効果もあるようだ。


 これも知られたらヤバいんじゃない?


 新たな火種を千早の耳に戻しつつ、小人さんはジョーカーの話を聞く。


 滅んだヘイズレープは、世界そのものが瓦解し失われた。

 失われた世界は、千尋の知る前世の記憶どおり、ビッグバンを引き起こし、新たな世界の礎となるらしい。

 救済の網も役目を終えて消える予定だったのだが、そこを気に入っていたジョーカーは、昼寝のために一部の網を残していたのだとか。

 しかし、今日も微睡んでいたジョーカーの網へ、突然、魂が降ってきた。

 年の頃は十代後半。薄い茶色の髪と紫の瞳の少年は、巨大な蜘蛛の魔物に驚いたものの、ヒュリア様は何処だと半狂乱で叫び出したらしい。


「ヒュリア?」


《なんでも、その魂の主みたいでね。この辺で行き倒れているそうなんだが.....》


 ここは国境といえど、かなりフロンティア側だ。荒野そのものが国境なので、非常に範囲が広く曖昧なのである。


「うーん、気になるね。行ってみよう」


 千尋を頭の上に乗せたまま、ジョーカーはノタノタと荒野を進んでいった。

 その後を蜜蜂の馬車がついていく。




 大して進まぬうちに、目的の人物は見つかった。

 白にも近い豊かな銀髪を大地に広げ、力なく横たわる少女。

 息はか細く、今にも事切れそうだ。

 その少女に被さるよう倒れているのは従者だろうか? こちらは既に息絶えていた。


《これか。じゃあ.....》


 ジョーカーは小さく呟くと、自身の前肢を高く上げ、そのまま少女に振り下ろす。


 鋭利に尖った先端。


 え? と眼を見張りつつ、千尋は慌てて身を乗り出した。


 いや、待って? これ死ぬよね? 死んじゃうよねっ?


 明らかな殺意を持つジョーカーの前肢に飛び付き、ガシッと掴んだまま、小人さんは非難するような眼差しで叫ぶ。


「ちょっ、何やるのさっ」


《何って..... 苦しんでるみたいだし、息の根を止めて楽にしてやろうと》


 はいーっ?


 それを聞いて顎を落とす小人さんの周りを、何かがフヨフヨと飛んでいた。

 その何かは、ジョーカーに突進して何度も跳ね返っている。

 抗議でもしているかのように瞬く掌サイズの淡い光。テニスボールみたいなソレは、右往左往しながら、千尋を見た。

 顔も眼もない、ただの光。なのに見られたと小人さんは感じた。

 しばし見つめ合ったあと、その光はすがるように千尋へまとわりつく。

 まるで呼ぶかのような動きの光を訝り、千尋は招かれるまま、その光についていった。

 光は倒れている少女の周りを必死にめぐる。


 助けて欲しいってことかな?


 その二対を見下ろし、ジョーカーはうんざりとした顔で天を仰いだ。


《ここで逢ったが運のつきか。どうするね? 王よ》


 は?


「どうするって。まだ生きてるなら助けるの一択でそ?」


 当たり前だろ? と、少女に手を伸ばそうとした千尋の耳に、ジョーカーの低い呟きが聞こえた。


《それ、カストラートの姫君だよ?》


 だが、それを聞きつつも千尋は少女の頭を抱え、後ろの馬車から降りてきたドルフェンを手招きする。

 ドルフェンの属性は水。これは防御と癒しに特化した属性だ。攻撃にも使えるが、その本領は治癒。

 少女の手当てをドルフェンに任せ、千尋は横目に眼球だけを動かしてジョーカーを睨めつける。


 温度のない辛辣な眼差し。


「カストラートの姫君だから何?」


 短い言葉に含まれる多くのトゲ。


 それを察して、ジョーカーは肩を竦めた。


《奇特なことだ。禍を孕む種を拾おうとは》


「抜かせ。禍福は糾える縄の如し。禍を孕むってんなら、逆もはらんでるでしょ?」


 くふりとほくそ笑む幼女。


 ピリピリとした火花を放つ空気が二人の間に横たうが、暢気で間延びした声が、それを霧散させた。


「ヒーロぉ、手伝ってー」


「にぃに? 誰? それ」


 振り返った千尋の視界には、見知らぬ誰かを背負って引き摺る千早の姿。

 自分の二倍はあろうかという人間を、千早はひーひー言いながら引き摺ってきたらしい。

 だが残念なことに、こちらも既に事切れていた。


「この光がね。ついてきてって言うからついていったら、この人が倒れていたの」


 は?


 はぁ~、疲れたぁ。とヘタる兄を見て、千尋は冷や汗を垂らす。


 今、聞き捨てならない事を言いましたよね? 御兄様?


 ぽやんと浮かぶ光。


 これが、もし、千尋の想像通りなモノならば、千早はえらい力を手に入れた事になる。

 そっとジョーカーに視線を振ると、彼の御仁は、したり顔で頷いた。


《あれは銀の褥に落ちてきた奴だ》


 やっぱりかぁーっっ!


 瞬く光とコミュニケーションを取る千早。


「あのね、ヒーロ。この人、ヒュリア姫って言って、何か殺されそうになったから逃げてきたんだって。それでね......」


「待って待って待ってっ! それ以上は、後でねっ!」


 ああああっ、ぶっ壊れアイテム寄越しやがったなぁぁぁーっ! アビスっ、カオスっ!


 千早の耳に煌めく針水晶を怨めしげに見据え、新たな波乱の予感に小人さんは頭を抱えた。

 それを余所に、幽霊というか、霊魂というか、謎に漂う丸い光と戯れる千早。

 きゃっきゃと楽しそうな兄と、奈落を掘り下げるかのように沈痛な面持ちの妹を交互に眺め、ドルフェンは不思議顔。


 三種三様の面持ちで、行き倒れを馬車に収納し、ジョーカーらは西の森に向かう。


 西の森では、いきなり飛び出していった森の主を探して、戦々恐々な捜索隊が駆け回っているとも知らずに。

 この後、涙でグシャグシャな辺境伯に死ぬほど愚痴られる未来がやってくるなど想像もせずに。


 息を吹き返した御姫様の不可思議顔を余所に、馬車とジョーカーは一路西の森へ向かっていった。

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