第134話 小人さんと神々の晩餐 ~クラウディア王国の種~
どうして、こうなった?
クラウディア国王は玉座に座り、南の辺境伯を睨み付けた。カルバドス辺境伯は老人特有な落ち窪んだ眼を虚ろにさ迷わせ、生気のない瞳でクラウディア国王を見つめ返す。
「労働力の半数を奪われ、増税など不可能でございます。なので爵位をお返しし、わたくしめは辺境外れの離宮に隠居しようかと思います」
今回の金貨千枚を捻出するためにも家屋敷を売り払わねばならないと説明するオーギュストに、クラウディア国王は狼狽えた。
そうなれば領地経営どころではない。平原の森が枯れてしまったことで豊かな農耕地も失われた。当然、作付けも上手くいっていない。
淡々と説明する辺境伯。半分は小人さんからの受け売りだが、今年の作付けが不調な理由を知り愕然とした辺境伯は、古い文献を洗いざらい読み返して、それが事実だと理解する。
古くから存在する辺境伯家には、主の森に関しても多くの資料が残されており、それによれば、年々収穫量が落ちているのだと記されていた。
まるで、主の森が枯れていくのに合わせるかのように。
「主の森に、そんな力が.....?」
これはフロンティアのみが知る事実。真円が欠けた形の金色の環は、平原の森を失ったことで山脈沿いに新たに造られた森と繋がっていた。
つまり、クラウディア国王の殆どがその環から外れた形になったのだ。
平原の森が健在であれば、山脈を挟んだ状態で十分に森の恩恵を受けられただろうに。主を入れ換えて力を失わせるなどの暴挙を犯し、自らその森を破壊してしまったクラウディア王国。
説明を聞いた国王達は狂暴に顔を歪めた。
「そのような世迷い言、聞きたくもないわっ! 何とかいたせっ!」
恫喝されながら、南の辺境伯は力無く首を振る。
「我が領地に残る女子供や老人達のみでは何ともなりません。たぶん、今年の冬どころかわ夏すら越えられないと思います。なので、何処か他の領地に民を受け入れてもらい、わたくしは引退いたします。辺境伯領は枯れます。.....平原の森の恩恵が無くなった今、クラウディア王国そのものが枯れるやもしれません」
「許さんぞっ! 何とかするのだっ!」
「では、どうやって金貨千枚もの大金を作れと仰いますかっ!!」
喚きたてる国王に眼を剥き、南の辺境伯は猛禽のような鋭い眼差しで一喝する。
思わず言葉を失った国王達をギラリと一瞥し、彼は砕けそうなほど奥歯を噛み締めた。
「金貨千枚を要求なさったのは陛下でございましょうっ! それを用意するために、家財全てを処分し、貴族としての体裁も保てなくなる我が家に、どうせよと仰るのかっ! 働き手もいない領地が運営可能とお思いかっ! 陛下がなさった事は、我が領地に死刑宣告をなさったも同然なのと、何故お分かりにならぬのかっ!!」
ギンっと睨めつけてくる辺境伯に度肝を抜かれ、国王達は顔をひきつらせる。
「御言葉が過ぎはしませぬか? カルバドス伯、陛下の御前ですぞ?」
国王の側近がそれとなく宥めるが、すでに覚悟を決めたであろう辺境伯から噴き出す憤怒はとどまる事を知らない。
「ゆえに申し上げておるっ! 陛下の御ために我が家は爵位をお返しするとっ! 金貨千枚を捻出するために、辺境伯領を畳むとっ! 何処に問題が? 陛下の望みを叶えんがための苦肉の策ですっ!!」
フロンティアほど豊かではないクラウディアでは、貴族の俸禄は金貨三十枚前後。税収は別だが、それを抜きにしても金貨千枚は途方もない大金だった。
一貴族が潰される金額。それを事も無げに要求してきたクラウディア国王の金銭感覚がおかしいのだと、ようよう周りも気づきだす。
微かにざわめきだした貴族達を見渡して、クラウディア王国は忌々しげに辺境伯を見つめた。
御人好しな老人だと思っていた。何でも受け入れる気弱な人物だと。それが、まさか牙を剥いて噛みつくなどとは想定外。
「貴様、このワシを脅しておるのか?」
思わぬ国王の言葉に眼を見張り、カルバドス伯は大きな溜め息をつく。
「何を聞いておられたのか。脅しておられるのは陛下でございましょう。この老骨から金をむしり取り野垂れ死にさせようと。そんな遠回しな事をなさらずとも、全て返上いたしますと申し上げているしだいにございます」
「誰がそのような事を言ったかっ!」
激昂するクラウディア国王に、辺境伯は努めて冷静を装って低い声音で答えた。
「陛下でございます」
辺りがシン.....と静まり返る。
「金貨千枚は我が国の国家予算一ヶ月分にに匹敵します。御存じないか?」
言われてクラウディア国王は側近を振り返った。いきなり視線を振られ、側近は困惑げに眼を泳がせながらも頷く。
「我が領地は年に金貨百枚ほどで運営しております。税収を入れても百五十枚。その領地に金貨千枚などという大金を要求されたのです。死活問題に決まっているではないですか」
淡々と紡がれる辺境伯領地の実情。元々大して豊かでもないクラウディア王国で、森の恩恵に与っていた辺境すらがカツカツで運営されていた。他の領地など推して知るべし。
法外な要求に応えるためには、領地を畳むしかないというカルバドス伯の言葉には信憑性しかない。
「たしかに..... 金貨百枚でも私の領地からは出せないな」
「大体が、何ゆえ金貨千枚もをカルバドス伯は要求されたのだ?」
「働き手を奪われたとも仰っておられたぞ? どういう話なのだ?」
ざわざと、しだいに大きくなる貴族達の声に苦虫を噛み潰し、クラウディア国王は声を荒らげた。
「もう良いっ! 金貨千枚の事はなかった事にするゆえ、今までどおりに領地経営をせよっ!」
吐き捨てるような言葉と共に、国王は玉座から立ち上がると謁見室を足早に出ていく。
それを据えた眼差しで見送り、カルバドス伯は大仰に息を吐いた。
そんな辺境伯に、周囲の貴族がおずおずと声をかける。
「今年は我が領地でも作付けが上手くいっていないのです。ひょっとして原因を御存じなのでは.....?」
それを皮切りに、私も、私もと声が上がり、カルバドス伯は小人さんの説明が正しかった事を知る。
彼女の話によれば、クラウディア南にある海辺の森と、山脈を挟み存在したクラウディア西の平原の森。この二つがあって、初めてクラウディア王国全体に主の森の恩恵が満ちていたという。
しかし最近になって平原の森は枯れてしまった。平原の森の主も別の森へ移動した。もはやクラウディアに主の森の恩恵は得られない。ここから先は大地が枯れて国が荒れるだろう。
そういった小人さんの話を包み隠さず説明すると、多くの貴族らの瞳が驚愕に揺れる。
「それが本当ならば..... 我々はどうしたら良いのか」
「酪農をせよと仰っておられたよ。あの姫君はな」
そう。小人さんは、この窮地を乗り切る術も残してくれていた。
「牛や馬とか。鶏でも良いね。家畜を放牧して土を肥やすんだにょ。最初の数年はキツイかもしれないけど、二年もしたら良い土になって、作物も育つようになるはずだから」
ぶっちゃけ、草と水があれは家畜は育つ。毒草で中毒を起こさないよう気をつけておけば後は勝手に草をむしゃむしゃして元気に暮らしていく。
アルカディアの家畜は、ほぼ原種に近い野生動物だ。強かで丈夫なのである。
食肉を育成しながら細々と畑を続け、今を凌げれば未来はあると、あの小さな王女殿下は言っていた。
その話も付け足し、辺境伯は謁見室を後にする。血相を変えて動き出した貴族達を静かに見つめるカルバドス伯。
その肩をふいに叩かれ、彼は後ろを振り返った。
「パスカール殿下?」
「話は聞いたよ。少し時間はあるかい?」
柔らかな笑みを浮かべる少年に、カルバドス伯は妙な期待が胸に湧き上がるのを感じた。
「.....と言う訳なんだ」
「なんともはや.....」
カルバドス伯は、事の起こりである金貨千枚の理由を知らされ呆れ返る。
何の事はない。以前訪れた王女殿下が買い取った奴隷達の代金、金貨一億枚。それを手にしてタガの外れた国王達は、この数ヶ月贅沢三昧をし、それを使い果たしてしまったらしい。
そして人間とは愚かなもので、一度味を占めたら終わらない。
贅沢を続けるために、そこここから金銭を徴収しているのだとか。辺境伯家だけではなかったのだ。
「僕がコレを知ったのも王女殿下がいらしたからなんだけどね」
あの日からパスカールは多くの部下を集め、国王達の動向を調べて探っていた。
奴隷達の代金の恩恵はパスカールも貰っていたから。一億枚に対し、彼に贈られたのは一千枚だが、それでも十分な資金である。
国王達は自分達が使い果たしたのだから、僅かしか与えなかったパスカールが残しているなどとは思いもしなかったのだろう。結果、彼の手元の金は奪われなかった。
そして国王達の放蕩の果てに失われた金額を知り、パスカールは途方に暮れる。
多くの金品に、贅を極めた宴や遊興。国の年間予算十年分を数ヶ月で使い果たした愚かしさ。
元々豊かではない国だったため、泡銭の使い方を知らない。国政の殆どが臣下に丸投げであった事も、その調べで初めて知ったパスカール。
国王達は大まかな指示を与えるだけで、報告も執務も全て臣下達が行っていた。つまり、国王達は政を知らぬのだ。
己の思い通りに臣下達がしてくれる。だから、今回の事で入った金銭も国庫に入れる事なく、全て使い果たしてしまった。
驚愕の事実を知り、パスカールは動揺する。このままではクラウディア王国は御仕舞いだ。
「この国は長い時間をかけて根っ子から腐っているのだよ」
苦々しげな少年の言葉に頷くしかない辺境伯は、ふと目の前に真っ当な王族がいる事に瞠目する。
おられるではないか。国を思い、心を痛める御方が。
若輩であることは否めないが、それはこれから成長してゆけば良い。民を思う心根が一番大切なのだ。
思えば獣人らを解放し、森の主を救った王女殿下に、唯一協力した王族がパスカール殿下だと聞いている。
あの大騒ぎは辺境伯の耳にも届いていた。そのせいで国王陛下から疎まれ、臣下として北の僻地に飛ばされるという話も。
金貨千枚を与えたのは、親として最後の温情だったのだろう。
ゆったりと微笑み、カルバドス伯はパスカールを育てようと心に決める。
領地経営や為政者の先輩として、自分の持ちうる知識全てを彼に伝授しようと。
ここに芽吹いた小さな王者の種は、大地に根を張る大木に寄り添い、大きな若木へと変貌していく。
小人さんの与り知らぬところで生まれた絆。神々が見守るなか、荒ぶクラウディア王国に一つの光が瞬いた瞬間だった。
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