第158話 芸術劇場と小人さん とおっ
「なんと言いましょうか.....」
「言うな.....」
「大丈夫です。言語に尽くせる訳がございません」
項垂れ、直座りなリビングにたむろうのはドーラスファビド王国の貴族達。《神々のテーブル》真北に位置する国である。
彼等はテーブルに贈られた箱庭をのせて、フロンティアでの出来事を思い出していた。
広大な森が憩いの広場になっており、隙間なく敷かれた赤煉瓦の径。身分問わぬ人々で溢れ、所々にしゃがみこむ子供達は絵を描いている。
それも木炭や鉛筆などでなく、鮮やかな色が飛び交う見事な絵画。薄い板を紐で調節して首にかけ、真剣な面持ちで描いていた。
度肝を抜かれて、ふと周りを見渡せば、そこここで絵を嗜む者らがいるではないか。
なかにはイーゼルを使い、本格的な油絵に興じている者もいた。
「絵画など..... おいそれと描けるものではないのでは?」
「いや、子供らのは少し違わぬか? 鮮やかだか油絵のような重厚さがない」
「どちらにしたって、染料に違いはあるまい。こんな手軽に使えるものではないわ」
アルカディアは植物が乏しい。なので染料といえば、昆虫か鉱石になる。当然、採集を冒険者に依頼したり専門職に採掘を頼まねばならず、それを染料にするのも職人に頼まなくばならない。恐ろしくコストがかかるのだ。
そんな代物を惜しげもなく使い絵を描くなど、上流階級のみの特権だった。
なんだ? この国は..... あの子供らなぞ、どうみても平民だろう? どうやって絵の具や筆を手に入れたのだ?
絵画の道具も専門職の手作りを購入するしかないはずだ。描ける人間が限られているため、全て特注になる。
己のものさしでしか想像が出来ない彼等は、ただ狼狽えるしかない。
招待された賓客らは小人さんらに案内と説明を受けられるから、そういった疑問もはれるが、個人的にやってきた彼等にはそういった相手もいなかった。
フロンティアという国を知らず、街を知らず、人々を知らないドーラフスァビド王国の貴族達は右往左往しつつ、何とか芸術劇場にたどり着く。そして、小人さんから貰った札を手に、受付らしき所へ足を運んだ。
「こちらは夜の部の札になります、あと二時間ほど後でございます」
チケットに記された時間を見落としていた三人は、受付を睨み付ける。
彼等は貴族だ。己の意が通らぬことに素直な憤りを見せた。
しかしそこへ、受付横に立つ騎士が割って入る。こういった身分ある者らの横暴に慣れている騎士が、ちゃんと配されていたのだ。
「申し訳ない。劇場舞台席へ入場出来る時間は決まっております。だが、劇場内には観劇意外にも楽しめる趣向がこらされていますので、よろしければ御覧になってください」
人好きする笑顔の騎士は、丁寧に三人を劇場内へ案内した。
白に赤の差し色が見事な軍服。背にした槍も使い込まれた重厚な代物で、ドーラスファビド貴族らは眼を見張る。
この者は間違いなく正規の騎士だ。そんな地位のある者が警備をする建物なのか?
視線だけで頷き合い、騎士に先導されて劇場内に入った三人は、通路にひしめくほど飾られた絵に出迎えられ、思わず驚愕した。
左右どちらを向いても、絵の洪水。そして一際目立つ大きな絵の説明を受けて、二度驚く。
森の主..... しかも、これほど精密に描けるという事は、至近距離から描いたに違いない。
災害級と呼ばれせしめし魔物を。
「クイーンは人の良い方です。子供好きで、王都の孤児院の護衛もしてくれております」
は? と、三人からガン見され、その顔全面に浮かぶ疑問符に、騎士は懐かしいモノを見るような顔で眼を和らげた。
ああ、そうだ。我々も数年前までは、こんな顔をしていたっけ。
優し淡き思い出。嬉し楽しを満載して、空をかっ翔んでいた双子達。その後を追うモノノケ達に恐れを抱いていたのが、まるで遥か昔の記憶のようだ。
「そうですね。魔物です。でも、フロンティアでは民に混じる可愛いモノノケなんです」
可愛いっ?!
ぞっと顔を強ばらせる三人。
三人の反応が普通なのだが、すでに小人さんらの精神汚染にどっぷりと浸りきっている騎士は、あっけらかんと言い放つ。
「左様です。ほら、あそこにもいるでしょう?」
言われて、ばっと振り返った貴族らは、通路を抜けた先の美術品陳列エリア上空を翔ぶ蜜蜂を見て、ぴゃっと青ざめ仰け反った。
よくよく見れば、あちらにもこちらにも蜜蜂がいる。柱の陰、照明の上、堂々と陳列台に並ぶ強者まで。
「アレらがいるから、我々も気楽に警備させてもらっております」
ふくりと笑う騎士が信じられない。
魔物だろうっ? 人を襲うのではないか? 危険極まりないっ!!
だが、そんな事を考える三人の前で、美術品を眺めている人々は、蜜蜂に気がつくとその頭を撫でていく。
御苦労様。とか、元気? とか。まるで親しい隣人か、やんちゃな子供を見るような眼差しで声をかけていた。
固まる貴族達に、苦笑いな騎士。
これが今のフロンティアの日常である。
いたる所を闊歩する蜜蜂達に、王都の人々は慣れきっていた。むしろ、お駄賃を与えて仕事を頼む始末。
パウンドケーキ一切れで、蜜蜂らは荷作業や護衛を引き受けてくれるのだ。甘味に目のないモノノケ様。
「ちょっくら畑の向こうに行くんだ。ついてきてくれないか?」
「これを家まで運んで欲しいの。頼めるかしら」
気軽に声をかけてくる人々に、蜜蜂らは快く応じてくれる。千尋の記憶が覚醒してから約八年。クイーンを筆頭に、蜜蜂達は、がっちり王都の市民権を獲得していた。
そう説明する騎士だが、ドーラスファビドの貴族達は思考が追い付かない。
混乱しつつも、彼等は並べられた美術品を観賞し、販売ブースなるモノに眼を見張り、置かれた見事な商品に溜め息をつく。
「これを平民が買うと.....?」
「どれも上等な品ばかりではないか。え? この磁器の皿が銀貨三枚? 大銀貨の間違いではないのか?」
唖然とする三人。
技術力があり、豊かという意味を正しく理解させられる。他国では貴重で高価なモノも、キルファンやフラウワーズと懇意にしているフロンティアでは量産され、珍しくもないのだ。
騎士から大まかな説明を聞きつつ、もはや思考の容量オーバーな三人の耳に、ノリの良い声が聞こえた。
可愛らしい高い声。子供..... 多分、女の子だろう。
「ああ、そんな時間か」
騎士は劇場の入り口へ視線を振り、失礼しますと歩き出す。その後を何となくついていった三人は、しだいにハッキリしてきた声が歌であることに気がついた。
「.....たーのぉし都、こぉーいぃの都、ゆぅーめぇのフロンティアよ、花の王都おぉぅとぉー♪」
劇場前に設置された小さな丸いステージ。高さ三十センチ直径二メートルくらいの台の上で二人の女の子が元気に歌っている。
それに眼を細め、騎士は銅貨を小さな紙で包みステージの方へと投げた。同じように歌を聴いていた大人達も、銅貨の入った包みを投げている。
歌い終わった子供達が、投げられたお金を拾い、嬉しそうに他の子供らとステージを交代した。
いったい、何を?
もはや疑問符しか浮かばない顔のドーラスファビドの貴族を一瞥し、騎士は歌の広場の時間なのだと説明する。
「子供が好きに歌って、観客からお駄賃をもらうのです。紙に包んだ銅貨が妥当ですね。こうして包んで捻る。通称おひねりと呼ばれています」
騎士は自分の用意しているソレを三人の男性に見せた。
「吟遊詩人のようなものか?」
「そこまで高尚でもないですが。一生懸命歌う子供らは可愛いので、この時間になると人々が集まるのですよ」
せっかくのお祭りだ。フロンティアにだって貧しい者はいる。せめて子供にだけでも屋台で遊べる程度のお小遣いを与えたいと、小人さんが考案した方法だった。
直接金子を与えたのでは宜しくないし、施しを受けたと傷つく子供も出るかもしれない。
「だからさ、頑張ればお駄賃もらえる場所を何個か作れば良いさ」
屋台の手伝いや、森林公園の清掃など、他にも子供らにお小遣いを稼げる場所を小人さんは用意した。お祭りなのに手元不如意は切なすぎる。
その中でも、歌の広場は劇場劇団勧誘を兼ねていた。時間が決まっているのはそのためだ。
発声、声量、演技力。小さいとは言え、大勢に見られる立派な舞台だ。そこで歌える度胸、愛嬌。
そういったモノは天性である。未来の役者を吟味する場所だった。
そして歌える歌も決まっていた。一般から募集した詩や曲。芸術劇場オープン記念に作られ、用意された新曲である。
五曲ある中からどれを歌うかは自由だ。新曲ならば誰もが初見。平等だ。
唖然としつつも貴族の矜持からか、慌てて銅貨を紙に包むドーラスファビドの貴族らと、真反対の場所に小人さんらがいた。
胡乱げな半眼でステージをガン見する克己。
「気のせいじゃなきゃ、すっげぇ聞き覚えある歌なんだけど?」
「.....まさか、選考に出されてるとは思わなかったさぁ」
「? あれってキルファンの歌の替え歌だよね? ヒーロが見本として出したんでしょ?」
そう。歌謡曲のような歌のないアルカディア。吟遊詩人などは、その歌唱力と演技力にモノを言わせて人々を惹き付けるが、素人にそんなことは高望みだ。
あとは童謡的なものか、地域的な言い伝えのような歌ばかり。なので小人さんは、人に聞かせるための歌を募集した。
だが、そもそも存在していないものだ。誰もが困惑し、どのようなモノを作れば良いのかと尋ねてきたので、小人さんは、自分の好きな歌を替え歌にし、見本として聞かせたのだ。
まさか、それを書きとめ、楽譜におこしているなどとは全く気づかずに。
代々日本人が暇なく訪れていたキルファンには、当然多くの日本の歌が残されていた。
軍歌、懐メロ、Jポップからアニソンまで。だから、千早もそういった歌を知っている。
「でも、アンタも古いね。生まれてないっしょ?」
「ブーメランだぞ、それ。お前だって生まれてない時代だろうが。電子世代舐めんな。藤山○郎っつったら超有名じゃねーか」
「アタシゃ爺婆っ子だったも。なんなら《第六号潜水艇の遭難》もフルコーラスで歌えるにょ」
「百年前だぞ、それ。さては自称年齢サバ読んでんな? おまえ」
「同じ事知ってるアンタに言われたくないわぁー」
相変わらず千早には意味不明な会話をする二人。
そんな小人さんらの事などに気づきもせず、ドーラスファビドの三人は程好く時間を潰してハムレットを観賞した。
結果、疲労困憊になり、全員、宿でぐったり倒れ込む。
「.....無理です。何が何やらわからない」
「取り敢えず、明日も行こう。私、買い物したいです」
「同感。侍従らを連れていかなかったのは失敗だった。お忍びのつもりだったからなぁ」
眼にも鮮やかな美術品や販売品。どれもこれも欲しかったが、持ち帰る事を考えたら、購入出来なかったのだ。外周一面の屋台も気になる。
とんでもない規模の祭りだった。
「疲れたな。風呂の用意を頼む」
言われた侍従が快く頷き、ふと何かを思い出したかのように主達を振り返る。
「そう言えば貸し切り風呂というモノがあるそうです。大きな湯船に森林公園を一望できる絶景なのだとか。夜は星も見られるらしいですよ。予約してみますか?」
侍従の話に興味をそそられ、ドーラスファビドの三人が予約を頼んでみたところ、今現在空きがあり、すぐに入れることになった。
そして何度目かわからない驚愕が三人を襲う。
「笑うしかないな、これは.....」
「湯船って..... 池じゃないですか? 十人は入れますよ?」
「なんたる贅沢な。魔法で沸かしていると聞いたが、こんな使い方も出来るのだな、魔法とは」
足を伸ばしてゆったりと浸かれる大きなお風呂に、ベンチまで備えた広い洗い場。温かなお湯に、少し冷たい風が心地好い。
寛ぐ三人の眼前にはパノラマな森林公園。夕闇が色を増し、ひとつ、ふたつと星が煌めきはじめていた。
タオルもパイル生地でフワフワだ。これにも瞠目する他ない。フロンティアは、どこもかしこも不思議の塊だった。
もう何も考えたくなくて、湯に身を任せて寛いでいた彼等の耳に、微かな羽音が聞こえる。
訝り、周囲を見渡す三人の前にいきなり現れたのは、災害級と有名な蜜蜂様。
「うああぁぁっ?!」
がたたたっと洗い場まで逃げ出した彼等をおどかさないよう、ゆっくりとホバリングしつつ蜜蜂は近づいてきた。
よく見てみれば蜜蜂の首に何かが下がっている。
じっと眼を凝らした三人は、思わず脱力し、膝から頽おれた。
《飲食物のオーダー承ります。札にチェックを入れてください》
そう書かれた札には幾つかのメニューが並び、紐で繋がれた鉛筆がついている。
どうやら露天風呂を飛び回り、配達を蜜蜂達が担当しているようだ。
もはや言葉もない三人。
おっかなびっくり無言で鉛筆を手にして、見慣れないモノを注文に選んだ。
酒はアツカン、レイシュというのと、肴にアタリメ、レーズンバターというのを三人分。
ぶい~んと翔んでいく蜜蜂を見送り、三人は何とも言えぬ顔で胡乱に星空を見上げ、配達された色々に、再び絶句する。
そんな一週間を振り返り、ドーラスファビド貴族の面々は誰もが言葉少なに蜜蜂馬車に揺られていた。
「宿も..... 食事や部屋の調度品も」
「街や民も..... 森を丸々公園にしてしまっていたのも」
「並べられた美術品や、演劇という催し物も..... 何もかもだ、この箱庭とやらもっ!!」
全てが自国を凌駕し、比べるも烏滸がましい。フロンティアという国の底知れぬ恐ろしさを肌で実感した三人。
「王宮に報告せねばな..... 陛下らは侮り過ぎておられる」
神妙に頷き合う彼等を余所に、世界は動き出した。
誰もがフロンティアを知り、その技術や文化の習得に乗り出す。魔力や魔法は言うに及ばず、生活習慣や日常にいたるまで、全てを模倣しようと。
そして入れ違いにやってきた辺境国組に、うんざりと天を振り仰ぐ未来を、今の小人さんは知らない。
「来るなら、いっぺんに来いやぁぁーっ!」
あーいぃぃっと雄叫びを上げる小人さんの愉快な未来に合掌♪
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