第92話 カストラート王と小人さん
「だからっ、フロンティアから王女殿下が来られるのですっ!! 魔王ですっ、魔物を率いた馬車に、十名以上の護衛が乗り込んでいて.....っ!」
「うん、少し落ち着け、フェル」
捲し立てられる言葉の一割も理解出来ない王太子は、弟を落ち着けようと御茶をすすめた。
それに頷き、一気に御茶を煽ったアウグフェルは、深く深呼吸してから頭の中で話を整理する。
「申し訳ありません、気ばかりが急いてしまって..... 実は.....」
ようやく頭から血の気が下がった第三王子の説明は、つい最近ヒュリアを発見した事から始まる。
その原因となったのはフロンティア西の主の森に起きた異変。
その異変を目撃したアウグフェルが報告にフロンティア王都を訪れたところ、ヒュリアが王女殿下の侍女となっている事を知った。
どういう経緯があったのか定かではないが、正しく王女殿下の傘下であるヒュリアを奪う事は出来ない。
なので説得をし、共に逃げてもらおうとカストラートの現状を話したところ、思わぬ方向に話が転がってしまったのだと。
「王女殿下がヒュリアの憂いを払うため、カストラートに向かってきておられるのです」
「それはまた.....」
言葉を失う王太子。
たかが侍女一人のために国交断絶した国に来られると?
なんともはや現実味の無い話だ。胡乱げな眼差しの王太子にアウグフェルは大きく頷いた。
「信じられないのはごもっともです。しかし彼の御仁は通常の常識ではかれる御方ではございません」
聞けば、その王女殿下は魔物を僕として随え、そこそこな大きさの馬車に数十人を乗せて移動しているのだとか。
身軽な事この上なく、さらには過去の遺恨から、護衛する騎士達は漲る殺意を隠しもしていないらしい。
思わず固唾を飲み、王太子は顔を青ざめさせる。
「私はフロンティアに長くとどまり、彼等の魔法や技術を目にしてまいりました。.....正直、魔法一つで我が国は滅ぼされると思います」
これだけ険悪なのにも関わらずカストラートが永らえているのは、ひとえにフロンティア側がカストラートに興味がないからだ。
あの国は他国を侵略しないと内外に宣言している稀有な国。
それは言外に、こっちに面倒事を持ち込むなと言う辛辣な警告でもある。
おかげで窮地に陥らずに済んでいるカストラートだが、思わぬところで繋がり、関わりを持ってしまった。
王太子は頭を抱える。
実際に見てきたアウグフェルが言うのだ。間違いはあるまい。
事実、過去の戦いでカストラートは魔術師らの遠隔攻撃だけで撃退され続けてきた。
十数年前の大規模な戦いからこちら、カストラートはフロンティアにちょっかいをかけては火傷をするというバカな戦いを仕掛けている。
カストラート側が数個大隊を向かわすのに、対峙するフロンティア側は数名の魔術師を配置しているだけ。
荒野一面に展開される攻撃魔法になす術もなく撤退させられるカストラート軍。
文字通り一騎当千なフロンティアの魔術師達には歯がたたない。
政治に関わるようになったこの数年で痛感した王太子。その進言により、ようよう派兵を諦めたカストラートである。
まあ、父王は諦めていなさげだが。
未だに燻る敗戦の記憶。
フロンティアから国交を断絶され、食料も技術も魔法石すら手に入らなくなり、慌てたカストラート側が下手に交渉へ赴いたが、けんもほろろに追い返されたのだ。
当たり前である。交渉の余地などないだろう。
王太子が治世に参加するようになるまで、国王は執拗にフロンティアへちょっかいをかけては火傷をするというバカな戦いを仕掛けていた。
西の森辺りまでを手に入れる事が出来れば事態は覆る。豊かな農耕地の恵みは確かに魅力的だ。
主の森近くではあるが、主らの一族は基本森から出てこない。
しかもフロンティア西部はカストラートから馬車で一週間ほど。他の国よりもかなり近い位置にある。
手に入れやすい立地なのは理解するが、世界に名だたる魔法国家に喧嘩を売るなど正気の沙汰ではない。
荒野を埋め尽くして展開される広域魔法になす術もなく撤退させられるカストラート軍と文字通り一騎当千なフロンティア正規軍。
ただただ消耗を強いるだけのバカな遠征を止め、王太子は内政に力を入れるよう国王を諫めた。
今は鎮静化しているが、あちらの怒りは如何ばかりなモノか。知らず頭を抱えてしまう王太子である。
「それで、いかがいたした?」
「取り敢えず王宮までの道すがら、モノノケ隊の馬車を丁重にもてなすよう指示してまいりました。あとは、兄上と父上に相談してからと.....」
「そうか」
弟の判断に感謝し、王太子は考えた。
国交断絶中な国にフロンティアの王女殿下がお越しになるのは僥倖ではなかろうか。
緩やかに囲い込み、それとは知られぬよう軟禁し、懐柔出来ぬか試すのも悪くはない。
幼い子供ならば歓待し、優しくもてなせば上手く丸め込めるような気もする。
心象良く帰国してもらえたら、輸入停止なども緩和が期待出来よう。
いくら一騎当千の騎士達や魔物がいたとしても、こちらにはカストラート正規軍があるのだ。いよいよとなれば、強行的に招待するのも吝かではない。
様々な思案を巡らせる王太子に嫌な予感を感じて、アウグフェルは思わずテーブルに乗り出して手を着いた。
「兄上、間違っても王女殿下を捕らえようとか監禁しようなどとは思われないように。間近に見れば理解出来ると思いますが、あの御令嬢は化け物です」
化け物?
瞠目し、眼をしばたたかせる王太子。
それに神妙な頷きを見せ、アウグフェルは己の見てきた伯爵令嬢を思い出す。
王宮の敷地内にある伯爵邸。その至るところを自由気儘に動き回る魔物達。
そこに在るのが当たり前とばかりに微塵も狼狽えない王宮関係者ら。
リスを枕に、すぴすぴと昼寝する御令嬢。周囲にたむろう魔物らも、寝てたり遊んでたり、のんびり長閑な光景に、アウグフェルは眼を見張ったものだ。
あるがままの自然体で溶け込んでいる魔物達。
それぞれ固有の姿形。色目や大きさは違えど同一種族なのだと見て取れるソレは、間違いなく森の主の一族。
アルカディアの魔物らは、その殆どが固有種を持たぬキメラだ。
狼系とかコウモリ系とか、それらしい系統はあるものの、同一の個体はない雑種のキメラ。
この世界で固有の姿形を持つ魔物と言えば、森の主らしかいない。
それこそ災害級と呼ばれる蜂を筆頭に、どれもが特化した能力を持つ稀有な魔物達。
アレが一匹暴れただけでも、街は致命傷を食らうだろう。
「王女殿下に付き従う魔物達は飼われている魔物ではないのです。騎士らと変わらぬ忠誠心と敬愛を示す魔物なのです」
そう、まるで家族同然な。
飼われ繋がれ、失意に眼を濁らせているカストラートの魔物らとは全く違う生き物なのだ。
生き生きと御令嬢の周りで幸せそうに跳ね回るモノノケ隊。
御令嬢のためとあらば、きっと獰猛に牙を剥くだろう事は予想に難くない。
さも当然とばかりな顔で、容易く国を引き裂いて。
アウグフェルの説明を聞き、顔面蒼白の王太子。彼は思わずブルリと全身を粟立たせた。
苛烈、爆裂、超奇天烈な火薬庫が、じわじわとカストラート王都へと近づいてきているのを理解し、急遽国王への謁見を申し込む兄弟。
上を下への大騒ぎなカストラート王宮へ、小人さんはやってくる。
ザックが小人さん懐柔用に用意していた色々な試作品をまぐまぐしながら、てちてちと。小人さんはやってくる。
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