第3話 神々の神託 ~始まりの朝~


『あれぇ? またここ?』


 その夜、小人さんは夢を見た。


 真っ白で薄い靄のかかった空間。


 見渡す限りの白い空間に果てはなく、空も真っ白で、所々に光る何かか瞬いている。

 よく見れば、周囲にも瞬く光が遠方に見えた。


 彼女はここを知っている。


 白い空間にぽてりと座る幼子の名前は、千尋・ラ・ジョルジェ。


 フロンティアと言う国の伯爵令嬢。伯爵と言っても、(仮)のようなもので、平民から成り上がった王宮料理人な父親が、色々とやった褒美に国王陛下からいただいた爵位だ。


 その娘に生まれた千尋にも、実は色々と秘密がある。


 その秘密に関わる時に、幼女はこの真っ白い空間へ招かれた事があった。


 ここは天上界。神々がおわす場所である。


『カオス? アビス? いるんでしょ?』


 真っ黒な髪をかき上げ、気だるげに千尋は呟いた。幼児らしからぬ、その仕草。

 すると何もないはずの空間から、二人の美丈夫が現れる。

 長く緩やかなウェーブのかかった金髪を軽く一つ結わきにした男性の名前はカオス。

 さらりと真っ直ぐな金髪を肩で切り揃えた男性の名前はアビス。

 二人とも柔らかい金色の瞳で、静かに千尋を見つめていた。


《久しいな、愛し子よ》

《息災であるか? 足りない物はないか?》


 彼等は、フロンティアが存在するこの世界、アルカディアの神々。


 千尋は前世で彼等を助け、その褒美として今の人生を貰っていた。

 まさか再びまみえようとは。嫌な予感しかしない千尋である。


 そして、それを肯定するかのように、神々は重く口を開いた。


《実は、そなたに頼みがあるのだ》

《これは我々も知らぬ事だったのだが...》


 嫌々ながら幼女が仏頂面で二人の話を聞くと、どうやらこれは彼女が蒔いた種らしい。


 過去に、この二人の神々は重大な間違いを犯した。


 二人は、あまりに弱々しい人間達をみかねて、神々の力を使って手助けしてしまう。


 厳選して選んだ個人にしか与えてはならない神々の力、俗に金色の魔力と呼ばれる強大な力でアルカディアに森を作り、そこに棲まう生き物を知性ある魔物に変え、大地を金色の魔力で満たしてしまったのだ。


 これは、あってはならない事。


 神々は世界の行く末に干渉してはならない不文律がある。

 神の力は強大だ。それこそ何でも出来る。不可能はない。

 そんな力を与えれば、人々は堕落する。何をせずとも何でも上手くいくのだから、人間は考える事をやめ、文明も発達の兆しを見せず、大地も魔力頼りで育たなくなる。


 己の過ちに気づいた神々は、その根元たる金色の魔力を世界から消そうと考えた。


 だが、これ以上の干渉は悪手。


 そこに手を差しのべてくれた地球の神々の力を借りて、アルカディアの神々は人の手による時代の変換を試みた。


 その試みのために地球から招かれた魂の一つが千尋である。


 ぶっちゃけ大迷惑だった。


 訳も分からず、前世の日本人な記憶を持ったまま、瀕死の幼子に転生させられたのだ。

 紆余曲折はあれど、上手くいったから良かったようなものの、一歩踏み外せば死と隣り合わせの綱渡りな毎日。

 開幕、死亡フラグびしばしで、バットエンドまっしぐらな状況から始まる第二の人生を想像してみて欲しい。

 大枚貰ってもやりたくはないだろう。


 だがそれも過去の話。


 無事とは言い難くもあるが、世界から金色の魔力は消え、人々は新たな時代を迎えていた。

 全ては終わったはずだった。千尋も新たな人生を始めたはずだった。


 だが。ここにきて重大な問題が発生したと言う

『アタシのせいかにょ?』


 憮然と呟く幼女に苦笑しつつ、神々は小さく頷いた。


《そうとも言える。想定外な事ばかりだったからね》

《そうとしか言えぬ。そなたが繋げた環から生まれたのだ。最後まで育ててくれ》


 なんともはや。


 ここにきて衝撃の事実が発覚である。


 金色の魔力が世界から消えた後も、フロンティアには魔力と魔法が残っていた。


 金色ではない四大元素の魔法。


 これはアルカディアの大地が生み出した独自の魔力で、金色の環が存在する事により残されたらしい。

 その環を完成させてしまったのは小人さんだ。


『つまりアレですか。金色の環が完成していたから、フロンティアには魔法が残ってしまったと?』


 二人の神々は大きく頷く。


《本来なら残るはずではなかった》

《全ての魔力、全ての魔法は消え去るはずだった》


 そして軽く眼をすがめ、二人は千尋を見下ろした。



 うわあぁぁぁ........ アタシはただ、主らを殺したくなかっただけなのにっ


 神々の思惑どおり、主らを殺して森を枯らせば、アルカディアに魔力は残らない。

 当然、魔法も何もかも消えていたはずだ。


 それを千尋が歪めてしまった。


 森の主と呼ばれる魔物達。彼等は神々の望む通りに大地を魔力で満たして、人間達を守ってきた。

 その代償が、ガラクタのごとく破壊される悲惨な末路。

 そんな事は許し難い。主らと交流を持ち、親しくなった千尋は、彼等を死なせないために、神々の思惑とは違う行動をとる。


 魔力で繋がる金色の環を完成させて、それを使い、一気に全ての森を破壊したのだ。

 金色の魔力の源は、神々の造りたもうた森。なれば、それを破壊出来れば、主らは生き残れるのではないか?


 そんな彼女の予想は当たり、森は金色の魔力を失ったが、主らは生き永らえた。

 しかし、その結果、完成してしまった金色の環の中に、魔力が存在出来る環境を作ってしまったらしい。


 愕然とする幼女に、神々はキッパリと言い放つ。


《まがりなりにも、そなたは御先・(仮)だ。我々の代行を担う者。世界に干渉する権利と責務を持つ》


《生まれてしまった魔力の安定と、新たな魔法の理を育て、完成させよ。それが生み出した者の責任だ》


 御先。


 これは、神々の魔力を与えられ、選別を乗り越えた者に付与される称号である。


 試練を経て成る、神々と同等の存在。


 俗に言う現人神。天上界で世界を見守る神々に代わり、現世で世界を見守る者。


 訳も分からず爆走した前世で、千尋はその資格を得てしまった。

 今は通常の人生だが、来世は永遠を得て、御先となる予定の彼女である。



『あい......』


 がっくりと項垂れて、承諾するしかない小人さん。


 でも.......


『具体的に、どうしたら?』


 情けない顔で見上げる幼女。


 それに苦笑し、神々は一応の手順を教える。


《さらに大きな金色の環を造るのだ》

《辺境には、まだ幾つかの森が存在する。世界中の果てを回り、金色の環が完成すれば、アルカディアの全てに魔力が宿るだろう》



『あー..... つまり、なるようになると?』


 コクリと頷き、神々は消えた。


 それと同時に、現実の千尋も眼を覚ます。


 誰か嘘だと言ってくれ。


 キングサイズのベッドに、並んで眠る家族四人。スヤスヤ、ガーガーと各々寝息をたてていた。

 平和の一言な風景。なのに千尋の胸中は嵐が吹き荒ぶ。


 括弧、仮って、地球の神々から変な影響受けてんな、あの二人。


 そんな明後日な事を考えても、現実は変わらない。

 むくりと身体を起こして、小人さんは何とも言えない顔で頭を抱えた。


「また巡礼?? 嘘でしょ?」


 夜も明けきらぬ朝方。白む空に気づきもせず、悶々とこれからを思案する小人さんである。


 彼女の人生は、やはり平穏から程遠い。

 

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