第94話 カストラート王と小人さん みっつめ
「楽しいねぇ♪」
御機嫌な小人さん。
「そうですか」
胡乱げに座るドルフェン。
「まあ、悪くはないね」
我関せずな千早。
「「「「..........」」」」
やる気満々だったのに肩透かしされ、不満顔の騎士達。
遠目に見える王宮が近づくにつれ、物陰が賑やかになり、蜜蜂やカエルがはっちゃけている。もちろん蜘蛛や蛇も。
すでに捕縛した何十人かを脇道に転がしながら、小人さんは新しいモフモフに御満悦。
あのあと、ドルフェンが裏道で魔物達を洗って乾かしてくれたので、ツヤツヤモフモフな猪の背中にへばりつき、てこてこと揺られている千尋とドルフェン。
猪系一匹、狼系四匹、ネズミや蝙蝠系沢山。
ヒュリアに聞けば、蝙蝠系やネズミ系などの小さな魔物は、飼育の場所も取らず餌も少ないため手軽で人気な子供の調教入門向け魔物らしい。
だから、子供が成長して新たな魔物を手に入れると御払い箱。世知辛い話である。
「でももう魔法石も無いだろうし、魔物飼育も先細りだよね」
ぽつりと呟く小人さん。
だが、その独り言に思わぬ返事が返ってきた。
『ん? 大丈夫だろう? この国の地下には主の森があるしな』
何気無く落とされたチェーザレの爆弾発言。馬車の窓に頬杖をついた彼の周りが瞬間凍結する。
誰もが瞠目し、声も出せない。唯一、口を動かせた小人さんが、乾いたようの呟きを漏らした。
「え? 森?」
『知らなんだのか? 地下なため、地表に魔力は届かないが十分な魔力が眠っているぞ?』
「初耳なんだけどぉぉぉっ?!」
目ん玉をひん剥き絶叫する妹に、チェーザレは、ふむと周囲を一瞥しつつ、詳しい説明をした。
聞けば、その昔鬼のレギオンが闇の魔結晶を植えた場所の一つだという。
かなり深い地下にある地底湖で、当時の森の中では一番小さいモノだったとか。
『我の記憶が戻るまでは分からなかったが、今は分かるな。あの王宮の真下だ』
「なんと..........」
王宮の灯りを指差すチェーザレ。その指し示す先を呆然と見つめるドルフェンら一同。
はっ、ここの童話じゃないが、求めるモノは自分の足元にあったんじゃないよ。ばっかでー、カストラート王。
知らず辛辣に眼をすがめる小人さん。
魔力は水平に満たされ大地に沁み入る。重力の概念があるのだ。その倫理観から地下に深くの森では大地に蓋をされた状態なため、地表に魔力が出てこれない。
思えばフラウワーズもそうだった。
あれだけ濃厚な闇の魔結晶の魔力が地下に溢れていたにも関わらず、彼の国の魔力は枯渇していた。
面白いな。ロメールあたりが知ったら、すっ飛んできそうだ。
道中の間者らを簀巻きにしつつ進む小人隊。その知らせを受けたカストラート王宮は上へ下への大騒ぎである。
「魔物の群れですぞっ?! 何故に対処なさらぬかっ!」
「だから、フロンティアからの客人だと言っておろうっ! 何事か起きるまでは一切手出ししてはならんっ!!」
「話になりませぬなっ! 国王陛下は、どのようにお考えかっ!!」
他の国々同様、カストラート王宮周辺は貴族街。そこへと迫る魔物の群れに、多くの貴族が王宮へ駆け込んできていた。
まとめて謁見したが、それぞれの言い分を勝手に口にするため収拾がつかない状況だ。
「国王陛下は体調を崩され、床に伏しておられる。今は私が代行だ。なにか不満でも?」
謁見室に座る王太子を見て、誰もが口ごもった。その横には第三王子。
長くフロンティアに潜入しており、今回の事態を察して帰還したとの話だが、腑に落ちない貴族達。
まあ、そうだろうな。
訝しげに自分を見る貴族らを澄ました顔で見下ろして、アウグフェルは、ゆっくりと口角を歪めた。
「王太子殿下の采配に従えないとあらば、貴殿らで好きにするが良い。あれを、そなたらで何とか出来るのであればな」
伊達に何年も冒険者をやってはいない。生粋の王族に冒険者の胆力を備えた彼の笑みには凄みがあり、十把一絡げな貴族らなどモノの数ではない。
嘲るように辛辣なアウグフェルの視線に怖じ気づき、貴族らはスゴスゴと謁見室から出ていった。
それを見送って、王太子は安堵の息をつく。
「助かるよ、フェル」
「まだこれからですよ、兄上」
「ああ」
椅子に深くもたれかかり、王太子は片手で額を覆う。
彼等は取り敢えず国王に話を通したものの、激昂した王は小人さん達に兵を向かわせようとしたのだ。
それを死に物狂いで押さえつけ、王子達は父親を部屋に監禁する。
手を出されては堪ったものではない。現場を知らぬ国王にウンザリしていた兵士らも協力してくれ、国王は王宮端の離宮に閉じ込められた。
もちろん、貴族達は知らない。
「陛下は知らんのです。フロンティアの恐ろしさを..........」
ぽつりと呟く部隊長達。
下手な上層部よりも、直に闘う兵士達の方がフロンティアの脅威をよく知っていた。
「すまぬな。私の力が及ばなかったばかりに」
悲痛に眉を寄せる王太子を見て、部隊長らは慌てて顔をあげる。
「何をおっしゃいますかっ! あなた様が止めてくださった無為な遠征ですっ、おかげで、どれだけの兵士が怪我を負わずにすんだか」
悔しげに奥歯を噛み締める面々。その肩を軽く叩き、アウグフェルが、にかっと悪戯げな笑みを浮かべる。
馬鹿親父に苦労する者同士。通じる何かがあるのだろう。
「幸か不幸かフロンティアは、こちらを相手にしてはいない。あの王女殿下も、事が済めば何もなく立ち去ってくれるだろう。大丈夫さ」
並び立つ二人の王子に頷き、兵士達は離宮の鉄壁の警護を誓う。
だがしかし、閉じ込められたカストラート王が大人しくしているわけがない。
離宮最上階の塔に監禁されつつも、やってくる暗部の間者を使い、小人さん誘拐を指示していた。
どこにでも忍び込める暗部の侵入にも気づかず、静観する王子達は、すでに小人さんへ魔の手が及んでいるとは思ってもいなかった。
まあそれもモノノケ隊に一蹴されているわけだが..........
「あれ? 地底湖に主の森があって、種が植えられてたって事は、神の時のチェーザレは知ってたはずだよね?」
『そうだ。だからこそ、我はカストラートに関与し、神託を下ろしていたのだしな』
しれっと答えるチェーザレ。
待って、待って? って事は?
「例の洗脳薬を教えたのも?」
『然り』
「金色の王に関する情報を流したのも?」
『左様』
「..........アタシを拐わせたのも?」
『..........まぁ。.....待てっ! あの時は今のように人間の頃の記憶がなかったのだっ! ヘイズレープを救うために必死だったのだよっ!!』
いつの間にか両手に魔力を溜める小人さんに気づき、慌てて後ずさるチェーザレ。
爛々と眼を輝かせて、小人さんは滾る魔力を暴走させる。そこから飛び散る魔力の飛沫を、周囲の魔物らが美味しく頂いていた。
「アタシがファティマの頃、どんだけ苦労したか.....、原因は、おまいかぁーっ!」
大きく両手を上げた千尋を、ドルフェンが羽交い締めにする。
後ろから抱き込み、脇を通した腕で、そのまま千尋の両腕を掴んだ。
「チヒロ様っ、落ち着いてくださいませっ! いまさらですっ、馬車を破壊するおつもりですかっ!!」
ドルフェンが猪に同乗してしてくれていて助かったと心底安堵する馬車の中の騎士達を余所に、小人さんはガルルルっとチェーザレを威嚇している。
知らずに見ている分には可愛らしい子供の癇癪のようで微笑ましいが、その中身がとびっきりの猛者なので、実情を知る者から見たら物騒なこと極まりない。
「あんな薬があったばかりにハビルーシュ妃やファティマが犠牲になったんだにょっ! これからも、どれだけ被害者が出るかっ!!」
『ああ、そういう事か。ならば..........』
すいっと腕を垂直に上げ、チェーザレはパチンっと指を鳴らした。
途端に、ふっと何かがズレたかのようなブレを感じ、車酔いのような胸焼けと眩暈が千尋を襲う。
「うえっ?!」
思わず嘔吐いた小人さんを抱え込み、ドルフェンが心配そうに声をかけた。
「どうなさいました、チヒロ様っ?!」
『案ずるな。金色の魔力が世界のブレに反応したのだ』
「.....世界のブレ?」
『あの秘薬に使われている主体の薬草はヘイズレープから持ち込んだモノだ。アルカディアのモノではなく、我の干渉を受け入れる。なので理をズラしたのよ』
科学技術の進んでいたヘイズレープ。その技術の一端と神々のレシピを使ったカストラートの洗脳薬。
そのどちらかが欠ければ、ただの無害な頭痛薬になるのだという。
その薬草の薬効を、チェーザレは元神の力を使い無効化させたらしい。
『こういった事を想定していたわけではないがな。少しばかりだが神の力を種に封じておいて正解だったな』
にやりと不均等に口角を歪めるチェーザレ。その笑顔に、小人さんはそこはかとない不安を覚えた。
チェーザレの魂を神にし、それをさらに人間に堕として千早に憑依させたのは、間違いなく高次の方々だ。
こうしてチェーザレが多くの記憶を取り戻して、僅かとはいえ神の力すらを身につける事を、彼等は何故に許しているのか。
これは世界のバランスを崩すモノではないか? 千尋以上にチートすぎる能力だ。
小人さんの能力の大半は、これまでの努力で手に入れてきたモノである。森や魔物の復活に使える金色の魔力以外は。ぶっちゃけ、こっちは世界の活性化にしか役にたたない。
現代知識もチートと言えばチートだが、千尋よりもはるかにチートなキルファンが存在するし、彼女のチートなど可愛いものだろう。
たが、チェーザレの力は違う。人の身に余る力だ。
そんな力を奮っているのは、ただの人間な千早。千早も小人さんと共に多くを身に付けてきた。今はそれが功を奏しているのだろうが、これからはどうなってしまうのか。
今まで感じたこともない悪寒に身体を震わせ、小人さんは夕闇で暗くなった空を背景にしたカストラート王宮を見上げる。
そして、ある言葉を思い出していた。
《神々に関わった人間は、総じて辛い最後を迎える》
かつて天上界で神々から聞いた言葉。
ふざけんなしっ! たぼけた事やらかしたら許さないからねっ!!
星の煌めきだした空を剣呑に睨めつけ、拳を突き上げる小人さん。
それを訳も分からず眺める周囲と共に、小人隊はヒュリアの屋敷へ向かう。
阿鼻叫喚を通り越して、沈黙に凍てついた貴族街を、のしのしと進んでいくモノノケ隊。
そんな騒ぎを聞きつけ、王宮の窓から王都を見下ろす人影を小人さんは知らない。
柔らかな銀髪に風をはらませ、薄い絹のシャツをはだけた少年。その少年は、黄昏色の瞳をふっくりと細め、夢見がちで虚ろな光を浮かべている。
「フロンティアの王女殿下。ようこそ、僕のお嫁さん」
ふふっと笑う儚げな人物の存在を、今の小人さんは知らなかった。
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