第171話
「ど、どうしてこんなことに?」
「ヴァン、一時間以上も気を失っていたのよ? それに、今本当に大変なの! アルテがっっ!」
ベルの説明によると。
肉片を降らせたのは、あの俺が捕らえた指揮官魔族だったようだ。
しかし、その魔族はドラゴンズの猛攻とアルテさんの聖魔法により無事討ち滅ぼされ。その勢いに乗った王国軍と一緒に、残りの魔族や魔物たちも俺が意識を失っているうちに既に討伐してしまったらしい。
たしかに、人々の騒がしさが戦闘のそれとは違うものに切り替わっているのがわかる。というよりも周囲を俺たちのことを心配そうに眺める王都の民に囲まれていた。
ので俺は一度人のいない王都の郊外に転移したのだが……そこには、さっきまで王都を襲っていたどの魔物たちよりも強く恐ろしいオーラを放つ一体の魔物がいたのだ。そしてその魔物と戦っている三体のドラゴンも一緒に。
魔物は、それこそあの三つ首犬が変異した怪獣もどきよりもさらに強く。エンシェントドラゴン族の直系であるはずの三体を相手に一歩も引けを取らないどころか、こちらの方が劣勢にさえ見受けられた。
そしてベルによると、あの怪物こそ、逃げ出した魔族を討伐した功労者であるアルテさんなのだという。
魔族を討伐したものが暴走した例は過去にもある。ジャステイズがそのよい例だ(当然悪い例だが)。だが彼の時とは違うこと。それは、その見た目と、その具体的に呪いを受けたところを誰も見ていないからだ。近くで戦闘を見守っていたものも、アルテさんは敵の攻撃を寄せ付けずに聖魔法を駆使して殆ど数分で片付けてしまったらしいし、その後も特に変化はなかったという。
しかしその数十分後。俺が目を覚ます十分ほど前だろうか? いきなり彼女がうめきだし、その身体が瞬く間に醜い姿へと変わり果ててしまったという。さらに、凶暴な性格になり、近くにいたルビちゃんに襲い掛かった。
最初は皆で宥めようとするが、全く理解しようとせず。ただ一言「ベルサマァ……」とだけ繰り返すのみなのだと。そして三体は取り敢えず王都からアルテさんだったものを引き離すために郊外に頑張って誘導し、それが今俺がいる、ベルに指定された転移先のここというわけだ。
なるほど確かに、この目で実際に見れば思うが、とても説得できそうな雰囲気ではないな。
とにかく俺の『浄化の光』をぶっ刺して元に戻るか確かめないと。
「なるほどわかった。ありがとうベル、まずは俺の光の剣が通じるかどうかだか。ベルの『破魔の光』と共に最大にして最強の武器なのは間違い無いから」
「ええ。私の光だと、彼女を崩壊させてしまう……つまり殺してしまう可能性が高いわ。頼むわよ?」
「おう、任せておけ!」
昔馴染みの使用人がこんなことになってしまって、一番辛いのは彼女だろうに、それでも慌てふためく事はなく、冷静に事態を分析判断している。ベルは本当に強い女性だ。
「さて、どうするか……」
「<あっ、ヴァンさん! 気がつかれたのですね!>」
「ああ、すまない。ちょっと気を失ってしまっていたようだ」
「<くっ、お主、戦えるのか!?>」
「大丈夫だ! ルビちゃんたちこそどうなんだ?」
「<我らは大丈夫じゃ! それよりも、早くあの変な光を突き刺さんか!>」
「わかってる!」
「<ヴァンっ、僕たちが隙を作るから、その瞬間感を狙って差し込むんだ! 失敗するなよな!>」
「任せておけ、パライバくんたちこそ、そうは言っても無理はしないでくれよ」
「<指図するな人間っ、僕は僕なりに考えて戦っている! お爺様の訓練は無駄にはしないさ!>」
「いい意気込みだな。よし、それじゃあ始めてくれ!」
「<はい!>」
「<らじゃなのじゃ!>」
俺は改めてアルテさんだったものを観察する。
姿形は、人間だった頃の彼女とほとんど変わらない。ジャステイズが暴走した時と同じ感じだな。ただ違うのは、その背中に変形した菱形のような光、いわゆるキラキラの形をした光が浮かんでおり、その四つの頂点からビームのような光を発射して攻撃していることだ。
さらに、目が赤く光っており、身につけている防具も近衛騎士の正装をさらに派手にしたような金や銀で装飾された鎧だ。その右手に持つのは、彼女が対魔王軍残党の戦いに参戦してからずっと使用してきた剣を鎧と同じように華美な装飾で包んだもの。その硬さは、ドラゴンズの強靭な爪を一振りで跳ね除けるほどだ。
そして俺も魔法を使って牽制に参加しているのだが、暴走アルテさんは障壁を展開しているのかソレも防いでしまう。攻守共に大変厄介な強さだ。
「<!! きゃっ!>」
「あっ!?」
「<サファイア!! くそっ、この女!>」
暴走アルテさんの剣が、サファドラの右翼を切り刻んでしまう。そしてそのままサファドラは地上へとふらつきながら落下していく。
「<わ、わたしは大丈夫っ! それよりも早くヴァンさんの光を!>」
「お、おう!」
「<やあっ!>」
サファドラの状態を見極めようとしたのか、敵に生まれた一瞬の隙を狙って、パラドラが炎の球を吐き、そのまま続いて火炎放射を浴びせかける。
「!!!」
暴走アルテは背中に配置していた菱を前方に持ってきて、炎を防ごうとする。
「今だぁッ!」
俺は高速で背後に回ると、『浄化の光』を顕現させ、頭の天辺から爪先まで一振りで切り刻んでやる。
「もう一度!」
だが念のために、返す刀でエックスの字に斜めに切り刻んで、止めにと胸の当たりに深く突き刺した!
「!!!?!!」
戦闘中一切声を発していない暴走アルテだが、背中をのけぞらせ、驚いて動きを止めたのが一目でわかるほどの反応を見せる。
「やったか?!」
「…………!!」
「なにっ、がはあっ!!」
「ヴァンっ!」
「<ヴァンさんっ!>」
しかし、そう上手くは行かなかった。光が突き刺さったまま百八十度回転しこちらを向いた敵は、炎を防ぐのとは反対の面から大量の光線を発射してきたのだ!
慌てて防ごうとするが、物量に押されて地面に叩きつけられるほどの勢いで斜め下に降下する。尋常じゃないステータスを持つはずの俺なのに、肌が焼けつくほどの痛みと熱さを感じながら、そのまま土埃に巻き込まれてしまった。
「<そんなバカな!>」
「<ありえん! あやつを突き落とすなぞ! むっ>」
ルビちゃんの焦った念話が聞こえてくるが、目の前が見えづらく何が起こっているのかいまいちわからない。
「<うわあああっ!>」
そして殆どタイミングを同じくして、パライバくんの叫び声も。そして数秒もすると、ドスンと大きな音と地響きが伝わってきた。
「くっ……」
ようやく視界が晴れると、果たしてそこには、依然空に浮かびながらこちらを見下ろす無傷の暴走アルテの姿が目に入った。
「『浄化の光』が効かない、だと? いや、まだコアを貫けていないだけかもしれない」
今まで俺がこの光で倒してきた敵は、みなコアを有していた。大きさや存在する場所は相手によってまちまちではあったが、彼女の場合はそれでも先程の一撃で結構な範囲を切り刻めたはずだ。だが健在しているということは、恐らくそういうことなのだろう。
「みんな、まだ戦えるか?」
「<大丈夫じゃ!>」
「<なんとか、地上からなら……!>」
「<これくらいでくたばるほど、弱くはないよっ>」
「わたし、城に行って援軍を呼んでくる! 少しでも気を逸らす対象が多い方が良いでしょう?」
「え、でも」
兵士を捨て駒にするような真似をして良いのだろうか? 人外の強さである俺たちですらなのに、間違いなく普通の人間じゃ敵うはずのない相手なんだぞ?
「彼らも、兵士としての矜持や意地があるでしょ。大丈夫よ、きっと協力してくれるわ」
「そうか……わかった、頼む」
俺は、ベルのいうこととは
「うんっ、待っててね! すぐに戻るから!」
そしてベルは地上をかけ王都方面へ急いで向かう。
「<…………よかったのか? 向かわせて>」
「いいんだ。こいつは、明らかに今までの敵とは違う……生半可な態度で戦える相手じゃないと理解したよ」
「<ですね。私たちですらこんなに傷を負わせられるなんて、驚きました>」
当の暴走アルテは、一旦戦闘モードをやめたのか、空中で静かに佇んだままこちらを見下ろす。
「<なんにしても、ここで引くわけにはいかないっ>」
「その通りだ、パライバくん」
「<パラくんでいい>」
「え?」
「<だから、パラくんって呼んでいいって言ったんだ。何度も言わせるな人間!>」
「いいのか? わかった、パラくん。イアちゃんにルビちゃんも。もう少し付き合ってくれるな?」
「<もちろんじゃ!>」
「<当然です。ヴァンさんの頼みを断るわけには参りませんしね>」
「<このまますげすげと逃げ帰るわけにはいかないでしょ>」
「んじゃ、行きますか」
敵さんも、丁度再び戦う気になったようで、目の光が強くなった。
さてさて、どう攻略するかな?
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