第44話

 

「ヴァン、一体どこに……」


 私はバルコニーを去った後、一先ず城の中を探し回っていた。


 ”ブーン”…


「ん?」


 私は何か耳につく音を聴いた。


「……気のせいかしら?」


 ”ブーン”……

 

「……虫?」


 私は目の前を横切る何かを目にする。よく見ると、羽虫だった。


「虫、だわよね? 何故魔力が……それにどことなくヴァンのそれと似ている……?」


 昔から馴染みのある魔力の波形が虫から発せられている。もしかすると、ヴァンの使い魔的存在なのかもしれない。


「……着いて行ってみようかしら?」


 私は、一部の望みをかけてこの羽虫に着いて行くことにした。



 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



「医務室に着いたな」


 俺はグアードの執務室から出た後直ぐに医務室へと向かい、ものの5分程度で辿り着くことができた。幾ら大きいといえど、城の主要な施設の場所は把握しているので、迷うことなく来ることができた。


「おっと、その前に」


 俺はこれ以上余計な魔力を食わないために、虫達を回収することにした。柱の陰に返還用の魔方陣をセットしたので、後は虫達が勝手に帰って魔法陣も消える仕様だ。


「さてさて、第三王女様とやらは何故医務室なんかに?」


 俺は、部屋のドアを開けた……嫌、開かなかった。


「あ、あれ?」


 俺はドアノブをガチャガチャと回すが、一向に開く気配が無い。


「くっ……仕方が無い、後で謝っておこう」


 俺は、魔法を発動する。


「そーれ!」


 そして、ドアに向かって小規模な爆発魔法を放った。勿論、予め防御魔法で辺りを覆ってからだ。そして予想通りドアは破壊され、破片が飛び散った。


 俺は、欠片を踏み抜けながら部屋の中へと立ち入った--



「……な、なんだこの空間は?」



 医務室の中には、それはそれはメルヘンでファンシーな空間が広がっていた。シャボン玉が浮いたり、花びらが舞ったり、ぬいぐるみ達が踊ったりしている。


「い、意味がわからない」


 さらに、空間自体に何らかの魔法がかけられているのか、壁や天井がなく、一面青空の草原が広がっていた。


「くぱくぱ〜!」

「むにゅにゅー!」

「うぉっほ! うぉっほ!」


 ぬいぐるみ達は奇怪な声を出しながら踊り狂う。どこからか軽快な音楽も聞こえてきた。


「うっ……あ、頭がおかしくなりそうだ」


 取り敢えず、姫様を探さないと……


 俺は草原と化した医務室を探し回る。まるで絵本の世界に入ったかのように、どこまでも乙女チックな世界が広がっている。建物といった建物は無いのだが、何故か人の姿が見当たらない。医務室の職員や医者達はどこに行ったのだ?


「ん? これは……? 薔薇か?」


 しばらく歩くと、薔薇園のようなものが見えてきた。色とりどりの花弁を咲かせている。


「異世界でも、普通に花があるんだよな。こういうところは地球と同じでよかったと思うぜ」


 RPGのような毒々しい植物ばかりだったら、そのうち精神が病んでそうだ。


 そんなことを考え、薔薇に触れようとした瞬間。



 シュバッ!



「ぐはっ!」


 薔薇の茎にある棘が伸び、俺の右脚を貫いた。


「があっ!」


 しかも、一本だけではなく次々と棘が伸び、俺の全身を蜂の巣にしようと迫ってくる。俺は慌てて転がりながら棘達を避ける。が、脚の他にも所々棘に貫かれてしまった。


「ぐふっ……こ、これは毒?」


 貫かれたところが段々と紫色に変わり、痛みも増してくる。間違いない、この棘には毒が含まれているのだ。


「か、回復を!」


 俺は咄嗟に回復魔法を発動する。



 ―――ヒュン!



「なっ!」


 先ほどの薔薇だけではなく、今度は周りにある薔薇も攻撃してきた。しかも伸びるだけではなく、まるで弾丸のように棘を飛ばしてくる奴もいる。これでは止まることができず、回復魔法も使えない!


「ちっ、何だかわからないが、壊すしか無いかっ!」


 俺は回復を諦め応戦することにした。



 ……火魔法を使い薔薇を燃やしていく。火は延焼し、直接攻撃していない薔薇もダメージを受けているようだ。だが、薔薇園はそこら辺の植物園にあるようなものとは違い、見渡す限りと言わんばかりに広がっている。何万本あるのか想像もつかない。


「はあっ、はあっ、あ、脚が……!」


 貫かれた右足が痺れ、とうとう動かなくなってしまった。


 ――シュン!


「がっ!」


 一瞬の隙に、腕まで貫かれてしまう。俺は慌ててもう片方の腕から火の玉を発射した。火の玉は目の前にある何十本かを破壊してくれる。


「ふうっ、ふうっ、ふうっ! そ、そうだ、空なら!」


 俺は思いつくままに、空に浮かび上がった。


 薔薇園はあちこちが炎上しており、その周りに広がる平和な世界とは対照的に地獄のような光景だ。触手が鞭のようにしなり、攻撃する対象を失った棘の玉が違う薔薇を攻撃している。


「と、取り敢えず回復を……」


 俺は再び回復魔法を唱え始めた。



 ―――ザンッ!



「えっ?」


 俺が痛みを抑え、手を組み魔法を発動しようとしたところ、途端に腕の感覚がなくなった。


 ポロッ……


 俺の右腕が、地上へと落下していくのが見える。


「えっ、な、腕がっ! どうして!?」


 慌てて下を見ると、薔薇達が花弁を飛ばして来ていた。


「ぶ、ブーメランかよっ!」


 俺は使えなくなった腕と脚のことは一先ず放置し、薔薇達の攻撃を回避することに専念する。触手に棘にブーメラン、何という波状攻撃だ。先日のテナード侯爵軍なんか目じゃ無いくらいの強さだ。



 一瞬俺の脳裏に、昔、ハイオーガに殺されたことがよぎる。



 ……だ、駄目だ! 今度死ねば生き返ることはできない! まだベルと したいことがいっぱいあるのにっ!



「くそっ、如何にかならないのかよっ!」


 俺は上下左右に避け続けるが、次第に動きが鈍くなり、被弾する数も増えていく。出血と魔力の消費により、意識も段々と朦朧としてきた。


「くっ、な、何かでは無いのか……! ベルっ!」


 俺は悔しさから唇を噛み締める。


「も、もうこうなったら、あの手から出た光を!」


 おれは、オーガとなってしまったテナード侯爵に放った光を思い出す。もう望みはこの技にしか無い!


「く、くらえーーっ!」



 俺は駄目元で手を前に突き出す。するとその瞬間、てから光が飛び出して行った。



「うおっ!」


 光は光線となり、薔薇園へと一直線に伸びていく。そして到達地点に着き、そのまま薔薇達をなぎ倒し始めた。


 光に当てられた薔薇達は一瞬で灰色になり、パリパリとを音を立てながら散っていく。これは、枯れているのか?


「よ、よしっ、おらっ!」


 おれは手を左右に動かす。まるで龍の息吹のように、光線が薔薇園を蹂躙していく。まさに地獄絵図だ。


 薔薇達の攻撃頻度も減っていき、数分もしたら見える範囲の薔薇は散り散りになってしまっていた。


「……わ、我ながら凄いな……」


 俺は駄目元で放った技の威力に驚きと恐怖、そして頼もしさを覚えた。


「こ、これなら降りても……大丈夫……かな…………あれ?」


 急に、体の……ちからがぬけ……



 俺はそのまま、空気を切り裂く感覚に包まれながら意識を失った。

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