第43話

 

「来い、お前たち!」


 俺が召喚魔法を発動させると、魔方陣から沢山の羽虫が飛び出してきた。その数は数百匹といったところだ。


「お、おおっ!? 何ですかこれは?」


 急に現れた虫達に、グアードが思わず狼狽える。うん、俺もビジュアル的にはどうかと思っているんだ……だが、一度に広範囲を、しかもこの城のような建物内を調べるには虫が一番都合がいいのだ。動物だとすぐに追い出されてしまったり、通れないところが出てきてしまったりするが、虫の場合はそういう所の融通が利きやすいのだ。


「まあ、こいつらも俺の仲間だから、そう怖がらないでやってくれ、な?」


「は、はあ、まあヴァン様の遣いなら大丈夫だとは存じますが」


「へいへい。さあ、お前ら、姫様を探すんだ。何ともないような部屋でも見逃さずにな」


「「「ブーーン」」」


「やっぱり煩え……こんなにた沢山召喚するのは初めてだからな。仕方がない、静音の魔法サイレントでも掛けておくか」


 俺が魔法を使うと、途端に音が止んだ。この数でも、上手く使えたようだ。


「よし、行け!」


 虫の大群はグアードの執務室にある穴という穴から城中へと飛び出していった。後はそれらしき人物を見つけたら俺に知らせが来る。


「次いでだ、どんな様子か見てみるか?」


「見てみる、とは?」


「虫たちの視界をだよ」


 テナード侯爵の反乱軍の時に出した鳥達よりは断然数が多いが、切り替えながら見ればまあ何とかなるだろう。


「ほいっとな」


 俺は空いている壁際に大きなモニターを映し出した。部屋の上から下を覆うような大きさだ。こうして俺の脳内ではなく外部に出力することができるのも、俺の召喚魔法の良いところだな。


「な、何ですかこれは!? か、壁に絵が! しかも動いていますよ!」


「そう騒ぐな、グアード」


「し、しかし!」


「これは映像といって、まるでその場に居て、自らの目で見ているかのように景色を見ることができる絵だ。これは今、虫達の視界に合わせて動いている。わかるな?」


「エイゾウ、ですか? 確かに、城の廊下や見覚えのある部屋が……さ、流石はヴァン様、このようなものを創り出してしまわれるとは……」


 正確には俺の創ったものでも何でもないのだが、オリジナルの魔法ではあるので、あながち嘘ではないだろう。この世界には映像や写真といったものは存在していないからな。


「ん? そうだ、その姫様、エンデリシェ様とやらはどんな顔だったか?」


「本当に覚えていらっしゃらないのですね……」


「し、仕方がないだろ? 一回しか会っていないのにそんな何年も覚えていられねえって。で、わかるのか?」


「ええ、粗方の情報を記した機密文書が有ります……暫しお待ちを」


 機密文書か。要人ののプロファイルを纏めてあるんだな、しっかりしている。グアードが執務室前方にある机をゴソゴソと弄る。そして一枚の紙を渡してきた。


「おお、流石は元帥、仕事が早い。えーと、名前は、エンデリシェ=メーン=ファストリア……歳は14歳か……」


 エンデリシェ様は絵で見る限りは確かに美人、というか可愛いお方だ。グアードの言っていた通り、金髪ロングの、お目目がぱっちりしたTHEお嬢様・お姫様といった感じだ。俺は見た顔の情報を脳内から虫達に共有する。


「いた、かなあ? 就任するときなんて、国王陛下に謁見する緊張でいっぱいだったし……」


 あの時はまだ初々しかった。ベルが”疎開”した後、いつまで待ってもこない勇者の神託にやきもきしながら1年間を過ごした。そしてある時突然お父様とお母様に中央へ向かうように言われて仕方なく13歳で村を出、この王都オーネへとやって来た俺は、その1年後、勇者のお披露目とほぼ同時に国軍の指導官に任命されたのだ。


 まだ失意の中にいた俺だったが、気を紛らわすため、そしてプリナンバーの実質トップでもあり、また文字通り国のトップでもあった国王陛下の要請ともあり、魔王の脅威に立ち向かえるよう国軍を指導し、自分でも身体を壊すんじゃないかと思うくらいがむしゃらに働いた。

 グアードという良き部下に出会え、世界の状況とは裏腹にグータラな様子の国軍を一流の軍にせんとビシバシ訓練させるうちに、楽しさによってある程度気が紛らわせることもできた。

 また、魔法の開発や地球にいた頃の、現代の科学技術を魔法で蘇られせる研究なんかもしていたので、時間が過ぎることなど気にもしなかった。


 そしていつの間にか魔法が倒され、ベルが戻ってき、俺の暫定お嫁さんとなった。つまり、女性と触れ合う機会が殆ど無かったし、興味も全然わかなかったのだ。確かに一定のストレスが溜まっていた事もあったかもしれないが、そんな時はグチワロスの顔を思い出しながら郊外で思いっきり魔法をぶちまけたりしていたので、直ぐに処理することができた。


「三女か……14歳で三女、国王陛下が56歳だったな。そうだ、次女と長女、第一王女殿下と第二王女殿下は今どこに?」


「ご存知ないのですか? お二人は今は親交の深い他国におられますよ。ヴァン様が就任なされて直ぐのことでしたので、そこまで情報が回っていなかったのかも知れませんが」


 王女、つまり国の重要人物が国からいなくなったと知れ渡れば、国民も混乱するだろうからな。致し方ない面もあったのだろう。


「そうなのか?」


 こっちは本物の疎開だろう。


「あれ? じゃあ、三女殿下は何故?」


「それは私にもわかりません。どうしても逃げたくないのだと、必死に陛下を説得なされたとは聞いておりますが」


「へえ、国想いなのか、それとも別の理由があるのか……兎に角、顔はわかった。あとは”虫の知らせ”を」


 ピーンピーン!


「ん?」


 その時、モニターと俺の頭にソナー音が響いた。


「何事ですか!?」


 グアードが突然鳴り響いた音に驚き、腰の剣に手をかける。


「嫌、モニターの音だ。これは何かを見つけたらしいな」


 俺とグアードはモニターを見る。画面の一角が光っていた。我ながらよく出来た仕組みだ。


「んん? なんだ?」


 俺はリモコンのボタンを押し、その枠が光っている画面を拡大させる。


「お? ヴァン様、それは?」


「ああ、後で説明するから!」


 いちいち面倒くさい奴だな!


 虫の視界からは、先程書類で見たのと同じ顔の女性が映し出されていた。


「こ、これはもしや!」


「ああ、三女殿下だ!」


 ここはどこだ? 俺は慌てて虫の所在を確認する。今度は執務室の机にモニターを投影し、立体地図を開いた。半透明で建物の内部構造が分かるものだ。


 立体地図には虫の所在が点で示されているが、その中でも点滅している点があった。ここは--


「医務室?」


「で、ですね……」



 そう、第三王女殿下は、何故か城の医務室にいたのだ。



「何故こんなところに……この城では王女殿下が怪我をしたら自分で治しに行かせるのか?」


「め、滅相もございません! し、至急兵に向かわせ」


「いや、いい。俺が直接行く」


「ヴ、ヴァン様?」


「そんな、武装した男達が一度に沢山医務室に押しかけるわけにはいかないだろう? それに、俺は城の中である程度顔が効く。もし何かあったとしても、事情を聞くことくらいできるかも知れないからな」


「そ、そういうことなら……畏まりました。ですが、こちらも不測の事態に備え支援させていただきます」


「ああ、頼んだ。さあ、行くか。変なことが起きなきゃいいけど……」



 俺はモニターを片付け、一人医務室へと向かう。

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