第222話

 

「な、なにするのよアンタら! 離しなさい!」


 ヴァンを狙った光線を合図に再び戦端が開かれた海岸線を駆けずり回っていると、突然何者かに左右の腕と肩を掴まれ羽交い締めにされる。気配を感じなかったところから暗殺部隊が何かか? こんな時、ステータスが下がっているせいですぐに抜け出すことができずもどかしい。所詮今の私は並の兵士二、三人分、それも平均的な女性のモノと比べてという話だ。今のように大の大人二人で拘束されれば反撃するのも容易ではなくなってしまう。


「そんなわけにはいかないでやんす。これも仕事でやんすから」


「はあ? どうみてもそっちは正規兵には見えないんだけど?」


「あっしらは傭兵でやんすからね。金さえ貰えればどんな汚いこともする部類の」


 そして、仲間の三人のうち、私を取り押さえていない団子っ鼻の男は自分たちを雇われの身だと主張する。もしそれが本当ならば、ポーソリアル政府は自軍だけではなく金でなんでもする非道な奴らをてなづけていることになる。


「……なるほどね、所詮使い捨ての駒なわけか」


「ぐふふ、そうでやんすねえ、でもその分報酬はたんまり貰いまさぁ」


「それもアンタらが私を捕えられたらの話でしょ――っ! かはっ!」


「威勢のいい割には雑魚でやんす。勇者様とやらも飛んだ肩透かしだったやんすね」


 目にも止まらぬ速さでこちらに接近してきた団子っ鼻は、そのままの勢いで拳を私の腹に殴り付ける。あまりにもの衝撃によってその場に崩れ落ちてしまった。


「大人しくしてくれるのであれば、これ以上の危害は加えないでやんすが?」


「くっ、それでも私は屈しない! あっ……」


 そう言い放った瞬間、今度こそ私の意識はどこか暗いところへ連れて行かれてしまったのだった。






 ★






 僕の名前はブラウン=バーゲッド。バーゲッド男爵家の次男だ。昔から剣が得意で、十八歳ながら既に領地でも一、二を争う腕前を持つと評価されており、自らもそう自負している。

 そんな技術を買われてか、領主様……つまりお父様になるわけだが、その人から此度の戦に何人かの兵を引き連れて参加してこいと命令された。当然、前回のポーソリアル共和国とやらの蛮行は国中で未だ話のタネになるくらいの"熱い話題"であったし、そんな敵が再び攻めてきた時僕の剣技で追い払うことができたならば、如何程の称賛を集めることができるのかと年相応の向上心に包まれながら一つ返事で承諾した。


 もう一つ、お父様はどうやら『王族派』――国王陛下のお人柄及びその施策を支持する――の中心人物であり、王都近郊に領地を持つピラグラス侯爵閣下とも親交が深い。

 裏ではなにやら『貴族派』――陛下が先般打ち出された国家構造改革に反対する利権主義者とお父様は述べられていた――が良からぬことを考えているというのもあり、少しでも王族派の発言力を強化するためにも領地から未だ出たことのない"眠れる獅子"であった僕を派遣されたわけだ。


 だが、そんな領地の期待の星として参戦したはいいが、貴族派の勢力は拡大する一方。軍事的な発言力も無視できなかったらしく、どうやら王族派の一部は遊撃部隊とやらに所属させられることになったらしい……そしてその中に僕も含まれていた。

 遊撃部隊。つまり己の判断で敵を縦横無尽にバッタバッタとなぎ倒していく部隊といえば聞こえはいいが、ようはファストリアの中心となる国軍及び各領兵から構成される部隊から除け者にされたものの集まりだ。当然戦闘の中心はその本軍が担うわけだし、その分目立った功績も持って行かれることになるだろう。貴族派が戦後声高に手柄を主張するのは目に見えているし、僕は戦う前から既に活躍の場から外されてしまったわけだ。


 意気消沈としながらも、少しでも手柄を立ててお父様やお国のためになればと思っていたら。

 なんと、僕たちの部隊長にはあの国軍指導官として名を馳せつつあるヴァン=ナイティス騎士爵が就くというではないか。それだけではない。そのナイティス騎士爵が有名になった理由の一つである、勇者ベル=エイティア様まで部隊に配属されたという。さらにさらに、その勇者様はなんと僕が振り分けられた小隊の小隊長を務めなさるというのだ。


 こんな幸運は滅多にない、何せ魔王を倒し各領地に蔓延る魔族や魔物を排除された今代の勇者様に加え。前回の戦いでポーソリアルを跳ね除けた後、突然暴走した魔族の残党をまで殲滅したナイティス騎士爵がついているのだ。これならば、貴族派を見返すのも容易ではないのか? 皮算用ではあるがすでに勝った・・・気になっていた僕をさらなる衝撃が襲うこととなる。


『ベル=エイティアです、よろしくお願いします』


 部隊員の顔合わせをしている時。初めて間近で目に入れた女勇者様のご尊顔。なんと見目麗しいことか。一言で言えば、一目惚れ。僕の好みのタイプそのままであったのだ。

 十八歳ともなれば、恋の一つ二つはするもの。当然僕も領地ではそこそこ仲の良い女子がいたし、付き合うのも満更ではないかなと思いつつもあった。


 だが、この人はそんな僕の人生を一瞬で吹き飛ばしてきた。この人以外に人生を共に出来る人がこの世に二人とあるであろうか? それくらいの衝撃が僕の心に襲い掛かったのだ。

 その後、小隊ごとに別れ遊撃地の確認等を行った後、僕はさりげなく聞いてみたのだが。すげなくされてしまった。だが、諦めることもなかった。なぜならば、想いを持ち続けるのは個人の自由だと判断したからだ。

 別に付き合えなくてもいい。ただ一緒に軍事行動をするだけでも一生の思い出になるだろうと考えその時は身を引いた。


 そんなこんなで戦闘が始まり、ナイティス部隊長がすごい魔法を使って、それを見たポーソリアルは焦ったのか停戦交渉を蹴って戦闘継続の道を選び。再び戦火が舞ったのだが。


「!!? あれは、小隊長!」


 襲い掛かってくる敵を蹴散らし反撃に出ようとしたその時。遠目にではあるが"ベルさん"が何者かに襲われているのが確認できたのだ。

 だが、あの男は見たところベルさんを完全にのしている。僕が一人で行っても助けられるのか……?

 くそっ!


「男としてのプライドよりも、ベルさんの命の方がずっと大事だ……!」


 そう呟き自分に言い聞かせた僕は、出来るだけの全速力で助けを求めに行く。


「あっ! ヴァン部隊長!! た、大変です!」


 そしてなんとか部隊長を発見し、急いで見たことを説明する。


「あ、確かブラウニー君だっけか? どうしたんだ? この攻撃なら見ての通り俺がやったものだが。やっぱり本陣で何か問題になってたりする?」


「そ、そうではありません! ベル小隊長が! 勇者様が!」


「!?」


 その知らせを聞いた部隊長は、僕の人生の中で今まで見たこともないような正しく魔王の形相を浮かべていた。



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