第242話

 

 ――――試験の結果発表当日――――



「…………」


「そんなに緊張することか?」


「お兄ちゃんっ、デリカシーなさすぎ!」


「なっ、なんだよ、ベル。いいやすまん、悪かったよエンデリシェ、確かにお前にとってとても大事な試験だからな、気を張り詰めるのも仕方ない。でも、余り硬くなると身体が疲れてしまうぞ?」


「い、いえ、お気になさらずお兄様……ありがとうございます」


 いつもの通りの休日。今日は王立学園の合格発表がなされます。と言いましても、学園内に直接見に行くことはありません。

 なぜかと言いますと、理由はひとつ、王族である私が気軽に外を出歩くことは許されませんから。試験の時は例外中の例外、ほかにも年間それほど多くはない公務で、などもありますが街娘のようにふらりと市井に顔を出すことはないというのが王女である私の立場です。


 では誰が見に行くのか。侍女です。私の場合は乳母兼第三王女付侍女頭ミレーラが学園まで見に行ってくださいます。これもまたややこしくはあるのですが、合格発表自体は学園で掲示されるものと、手紙として各受験生宅に送られる二通りが並行して行われます。

 ですので家の中にいても合否がわかる仕組みにはなっている……のですが。王国広し、遠くの領地では重要な郵便・貨物を扱う早荷馬車でも一週間はかかります。

 そこから準備をし入学に間に合わせるようにするには、合格通知を待っている暇はありません。ですので貴族家の代表と受験者当人が直接この王都に来るのが一般的となっています。


 今頃は、学園内では悲喜交々であることは容易に推測できます。その喜びと落胆が混じり合う場に居たいという気持ちもありますが、もう十歳になった私はそこはグッとがまんしなければなりません。反王族派や他の王族支持者達に『感情に任されて外に飛び出す端ない犬のような王女』と罵られるのは目に見えていますので。

 因みにお兄様がここにいらっしゃるのは、学園はすでに長期休暇へと突入しており、正当な理由が認められれば長期間学外に出ることができます。お兄様の提出された理由は『公務のため』とのことでしたので、なんの瑕疵もなく認可されたようです。正直ずるいと思います……


 ――コンコンッ


「「「!!」」」


 と、部屋の扉が大人しめに叩かれます。


「どうぞ」


 許可を出すと、その扉が開けられ……姿を現したのは、やはりミレーラでした。


「エンデリシェ様」


「どうでしたっ?」


「そんなに食いつかないでください殿下」


「あっ、す、すみません」


 我ながら静かに興奮していたのでしょうか、自分ではそんなつもりはなかったのですが、どうやら彼女に食いつくように訊ねてしまったようです。

 どうもこちらの世界に来てからというもの、精神が年相応のものに退化してしまったようなのです。完全に、ではありませんのでそこいらの十歳よりかはまだ落ち着いている方だとは思いますが、こういうときには素の自分が出てしまうようですね。


 そして、同時に差し出された封筒を手に取ります。


「城に届けられていましたので。僭越ながら受け取らせていただきました。なお検閲済みであります」


「いいえ、そうでしたか、わざわざ外までありがとうございますミレーラ」


「これも職務ですので」


 礼を述べますが、すました様子で返事をする侍女。


 そして恐る恐る封を切り(蝋を剥がすといったほうが正確ですね)、中身の確認を……




「…………!!!!!っっ」


「お見事です、合格です」


「「!!」」




 三人で、顔を見合わせます。上質な紙には、『合格』の二文字が。


「おめでとうございます、お姉様っ!」


「良かったな、これで七月から同じ学校だ」


「ありがとう、ベル。ありがとうございます、お兄様……!」


 落ちる気はサラサラありませんでしたが、ですがやはり努力が報われるのは嬉しいもの。思わず涙まで出てしまいます。


「どうぞ」


「は、はい」


 サッと差し出したミレーラからハンカチを受け取り、顔を拭います。


「あとは私が二年後にね、お兄ちゃんっ」


「おう、そうだな。といってもその頃には俺はもういないだろうけど」


「えっ? 高等院には進まないの?」


「いやあ、さすがにそれはなあ……金の心配はともかくそこまでして学ぶことがあるかというと……うーん、悩んじゃうな」


『高等院』とは、王立学園内に存在する文字通り読んでの高等教育機関です。因みに私がこれから入学するのは『中等』、高等の上には『探究』が存在します。イメージ的には中等が小中一貫、高等が高校大学、探究が院といったところでしょう。なお『初等』が存在しないのは、"それ以前の勉学は各自の家で済ませておけ"ということです。最低限の学力がないものは入学ができない、さらには雇用する教師の質によって他生徒との学力差も出てくる。この世界における幼児小児期の教育というものは、日本のように横並びにゆっくりと進むような仕組みではないのです。


「まあともかく、これから数年間は自分の学びたいことを一生懸命に学ぶことが、エンデリシェに課せられた人生だ。自分で選んだ道……というと他の力が色々働きすぎているから語弊があるかもだけど、でも学校に入ってからどうなるかはその姿勢に懸かっている。そのことは忘れちゃダメだぞ?」


「はい、肝に銘じておきます、お兄様」


 ヴァンも王族の中では期待されていない方ではありますが、こう見えてもしっかりしているところはしっかりしているのです。経験者が語るのですから、いうことはきちんと耳に入れておくべきでしょう。


「殿下、それでは早速両陛下に」


「はいっ!」


 私は侍女と近衛を伴い、お父様とお母様のもとに向かいます。






 ★







「よし、合格だ。」


「殿下、まことおめでとう存じます」


「うん、ありがとう」


 時を同じくして、一人の少年が、入学を決めた。





 ★






「やった!」


「おお、良かったなあ!」


「ええ、ええ、流石だわっっ」


 時を同じくして、一人の少女が入学を決めた。





 ★






「うむ、これくらい朝飯前だ」


「さすがでございます、たとえ学園といえども貴方様の前には容易な壁、脆く崩れるビスケット程度のものでありましょう」


「そう持ち上げるな、恥ずかしい」


「ははあ」


 時を同じくして、一人の少年が、入学を決めた。




 お互いの運命が交差する時、物語は加速する――――



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