第241話

 

 パーティも終わり、自室へ。今日は色んな方からお祝いを受けましたが、これほどまで沢山の方に声をかけられるのは初めてのことですので疲れてしまいました。

 王位継承権を放棄しなければ、もっと接触する機会もあったのでしょうが。あいにくなんの旨味のない私に会おうとする酔狂な方がそう多くいるはずもなく。昔から仲の良いと言えるのはせいぜい、今こうして部屋の中で談笑しているこの二人に侍女くらいでしょう。


「でも、エンデリシェも十歳かあ。これからますます期待できるな!」


「お兄ちゃん? 一体何に期待しているの? ねえ、何に? 私怒らないから丁寧に説明してみて」


「お、おい、ベル、なんで急にそんな怒りだしてんだよ?! 目が怖いぞ目が!」


 と、いつもの調子で痴話喧嘩(?)を始める兄妹。

 このヴァンとベルという二人の腹違いの血族とは、同じ継承権放棄者として昔から仲良くしているのです。


「ミレーラ、紅茶を一杯くれますか? 私少し身体が熱くて」


「かしこまりました、殿下」


 と、よほどの無茶振りでなければすまし顔で言うことを聞いてくれる侍女。ただし向こうはこちらにたまに無茶振りをしてくるので困ったものですが……ですが大抵は私がしなければならない事柄ばかりですので渋々言われた通りにするのですが。一体どちらが主人かわかりませんねこれでは。


 まあその点に関しては、今目の前に妹に頬をつねられている兄という組み合わせにも適応できるのですが。妹のベルの方が兄のヴァンに強気なのですから。男社会のこの国において、妹が兄に逆らうというのはなかなか珍しいことです。ましてやそれが、王族ともなると。これは元から『駒』としての役割しか求められていないこの二人だからこそ、このようにして周りの目を気にせず振る舞っていられるのかもしれません。


「どうぞ」


「ありがとう」


 そして紅茶を軽く啜ります。


「で、エンデリシェはこれからどうするんだ?」


「どうする、とは?」


 妹との戯れ合いを終えたヴァンが突然訊ねてきます。


「わかっているだろう? 王族は十歳になると学園に入らなきゃいけないってことを」


「ああ、そのことですか」


 そうです、我々王族はその序列に関係なく、十歳になると同時にここ王都に存在する王立学園に入学しなければならないのです。通学するのは貴族のご子息ご息女、そして影響力の強い臣民の子(豪商など)です。王城という狭い世界だけではなく、外に出て様々な立場の人たちと交流せよという名目と、将来のためのパイプづくりという真の目的が存在します。

 継承権を既に保有していない私と仲良くしても向こうからすれば全く旨味がないので、将来の貴族家当主達と顔を合わせる必要性があるのかとは思うのですが……これは、王族なら誰しも通った道。陛下も当然ですし、お兄様方もです。


 なお、学園は十から十八歳までの九年間通い続けなければなりません。さらにその間、王城には帰らず学園敷地内にある学生寮に寝泊りすることとなります。つまり、これからこの城で過ごしたのと同じくらいの期間を、見ず知らずの人たちと共になれない建物で生活するのです。

 私としては、不安でたまりません。地球にいた時から猫をかぶっていただけで、元から人見知り気味ですし。自分の将来の展望も存在せず得意なこともこれといってありません。

 ですが、世間は王族というだけで過度な期待を被せてきます。例え王になる権利がなくとも、それは変わりません。税を納め食わせてやっている分、こちらには相応の国を背負う身としての責を求めてくるわけです。


 ……愚痴が多すぎましたかね。

 それで、ヴァンのいう『どうする』とは、入学後のコースのことです。鉄は熱いうちに打て、ということわざがありますが、学園では入学前に希望する学科を選ばなければなりません。そしてその学科に入るだけの最低限の資質があるかを見極めるテストを受けます。もし適正がなければ、他の学科に回されることもあり得ます。

 ですので、己の夢ともちうるポテンシャルの限界と相談しながら決めなければなりません。軽い気持ちで学科を選んでしまうと、仮にギリギリの素質で合格したとしてもその後伸び悩んで退学、なんてこともないとは言い切れないのです。まだ十歳ではありますが、王族に生まれ落ちた以上そのくらいのことは自分で判断する能力が求められているのです。


「そうですね……私としては、やはり薬学、それかもしくは家庭哲学でしょうか」


「家庭哲学ぅ? いくらなんでも渋すぎるだろそりゃ」


「そうでしょうか?」


『薬学』はその名の通り、薬の調合に関して学ぶ学科です。

 有用な薬や、してはいけない素材の組み合わせ、また薬と人類、魔法が交わっていく過程の歴史など、実践から論まで一通りを学ぶことができます。


 もう一つの『家庭哲学』は、一言で言えば嫁入り修行です。ですが地球日本のものとは違い、いわゆる政経分野も含まれており、"道"ではなく貴族家に嫁ぐ者の必修科目を習います。例え自らが政を担うことがなくても、当主を後ろで支える役割を全うするのが妻の務めだとこの国では考えられています。

 ただ単なる男性優位社会ではなく、女性にもそれ相応の知識が求められる。これは『女勇者様』と呼ばれる人々の英雄として歴史に名を刻む方が、貴族家を新しく建てた己の夫のパートナーとして後ろから見守るでなく、積極的に横から支えた逸話から来ている風習です。


「お兄ちゃんも今からでも家庭哲学を習ったら? 少しは自分の身の回りを振り返る機会になるかもよ?」


「どういう意味だそりゃ? ともかくなんだってそんな科目を取ろうとするんだエンデリシェは」


 腹違いのお兄様はまだ疑問に思うようで、しつこく問うて来ます。


「何故と言われましても……私はそのうちこの城を出ていくことになるでしょう。ヴァンお兄様やベルも、そうでしょう? ならば、今のうちに求められる知識はあらかじめ身につけておくべきだと思いまして」


 勿論王族である以上、一定程度の勉強を見る家庭教師的な存在がそれぞれに付いています。しかし序列の低い私たちには余り熱心に教えてくださる方は来てもらえず、とりあえずの職務を果たす程度の勉強しか見てもらえません。ですのでこの国において間違いなく各分野の一番と言える教師陣がいらっしゃる王立学園で、本腰を入れようというわけなのです。


「ううむ、そういうものなのか? もっとこう、魔法でバーン! とか、剣でザクザクっ! とか、そういうのは嫌なのか?」


「そんなのお兄ちゃんくらいよ、学園でも成績良くないくせに心意気だけは一丁前なんだから」


「うるせえ」


 ちなみにヴァンはすでに当の学園生です。十六歳ということで、あと二年ほどで卒業になるのですが、その成績は可もなく不可もなく、といったところでしょうか?

 なお今寮ではなく王城にいるのは、言わなくてもわかるでしょうが私の十歳祝いのパーティに王族として参加したためです。それだけではなく、月に二度二週に一度ある休学日には毎回外出届を出して妹のベル(とついでに私)に会いに来ているので、余り一人暮らしをされている風には見えません。まあこれでも、逃げ出さずに六年間通い続けているのですからそれなりの能力はお持ちなのでしょう。ベルに同意してそんな感じには思えないのですが……


「ともかく、本気で選ばないと、そろそろ入学試験も近づいているんだろう? 王族はほぼ顔パスとはいえ、何を求めどう道を歩むのかを定めるのは自分自身にしかできないことなんだ。エンデリシェ、相談したいならいつでものるからな!」


「はい、ありがとうございます」


 これでも私のことを真に心配してくださっているのです。当然こちらも笑顔でお礼を述べます。


「……なんだかヴァン、本当のお兄ちゃんみたいだね」


「え? なにそれどういう意味? 俺きちんとエンデリシェとベルの兄なはずなんだけど!?」


 ベルは何を言い出すのでしょう? 私と彼らは血のつながった家族、王族とはいえ同じ遺伝子を持つ存在であることに変わりはないではありませんか。


「いやあ、ねえ?」


「「???」」


 結局ヴァンお兄様がどういう意図でそのようなことを述べられたのか、その日にはわかることはありませんでした。












 ーーーーそして三ヶ月後、五月の終わり頃。


「ここが、学園ですか……」


 試験会場である、王立学園。その正門前に来ていた私は、あまりにもの大きさに思わず気をとられてしまいます。


「おっ、いたいた、こっちだこっち!」


「あ、お兄様っ」


 すると、お出迎えが。


「大丈夫か? 緊張してないか?」


「ありがとうございます、ですが覚悟はできています……頑張ります!」


「おう、その粋だ!」


 王立学園の入学時期は七月。それまでに十歳になっている者全てが対象です。ですので周りにちらほらと見える緊張気味な同年代の子達はみな受験生なのでしょう。


「んじゃ、行くぞ」


「はいっっ!」


 私は改めて、今日これからの人生をかけた数時間に全力を注ぐ決意を固めたのでした。


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