第207話
「…………」
「…………」
エンデリシェと俺はお互いのベッドに腰掛け向かい合う。しかし視線はどちらとも外しておりかれこれ十分以上無言で気まずい雰囲気だ。
……そういえばこうして彼女と長時間二人きりになると言うのは初めてかも知れない。
というより思い返せばベルがいないところで会うこと自体、あの医務室での"おねんね事件"以来なはずだ。
「その、ヴァン様」
「な、なんでしょうかエンデリシェ様……いや、今はもうエンデリシェ、なのかな」
「ええ、そうですわね。今までは肩書上私の方が上位にいましたが、これからはヴァン=ナイティス卿の側室になるのですから。むしろ私の方が敬わせていただかなければなりません」
「んまあ、ベルも俺のこと普通に扱っているし、エンデリシェもそこまで畏まらなくていいよ」
「ですがっ…………わかりました、善処いたします」
その言い方が既に堅苦しい気もするが、まあここからスタートだ。そのうち慣れてくれるものと信じておこう。
エンデリシェがまだ第三王女殿下だったとき、俺にほとんど告白のようなことを言ったせいでベルと喧嘩を繰り広げた。その後一旦お断りさせていただいたが、まさか陛下が絡め手を用いてまでくっ付けるとは思いもよらなかった。普通に諦めてくれるものだと思っていたし、エンデリシェの立場とその美貌ならば引く手数多だったはずだ。
だが、俺はこうしてさらにファストリア王国に鎖を繋がれてしまったわけだ。降嫁したとはいえ元王族の肩書がすぐさま消え去るわけではない。むしろ接しやすくなったと思い近づいてくる輩は格段に増えるだろう。そしてそれは当然、夫である俺も同じくだ。
大切な王女様をくれてやったのだから、今まで以上に頑張れよな! というメッセージが含まれているのは容易に理解できる。この和平交渉の代表として選ばれたのもその一環だろう。もちろん、陛下が俺自身のことを買ってくださっている
のもあるだろうが……ドラゴンとの貴重な脈を持ち、対ポーソリアル戦で転移魔法他雑用を介して他国の要人とも顔繋ぎがあった臣下を手元に置いておきたいと考えるのは当然だ。
「まあ、着くのは明日の昼頃らしいから、ゆっくりしようか」
「はい、そうですね」
途中の駅で数時間停車し、到着するのはお昼ご飯を食べ終わったくらいだと聞いている。一日ではあるが、列車での旅を楽しもうじゃないか。
その後、部屋にやってきたベルを交えお喋りしていると、すっかり時間の感覚が無くなってしまっており、いつのまにか夕飯時になっていた。
「お客様、ディナーのご用意ができました。どうぞ食堂車の方までお越し下さいませ」
「あ、わかりました。ありがとうございます」
この特等編成には食堂車も付いているのだ。その後方にはバーまで併設されており、いかにサービスを重視したプランであるかが伺える。これでもまだ通勤等に用いる通常運行の最上級編成扱いで、いわゆる観光列車はまた別にあるというのだから、マジレールを中心に国家の交通網を発達させようという共和国の意気込みが感じられる。
「じゃあ行こっか」
「ああ。ほら、エンデリシェも」
「はい」
二人の手をとって立ち上がらせ、個室を出る。と、丁度他のみんなも案内されたようで視線があった。
「楽しみなのじゃ! 知らぬ土地での料理もまた乙なものでのう」
「お姉ちゃんいい加減はしゃぎすぎないでよね? 恥ずかしいよもうっ」
「仕方ないじゃろう。備え付けにクッキーまであるとは、至れり尽くせり」
確かに個室のテーブルにはそんなものが置いてあったな。俺たちは誰も手をつけていなかったけど。
「良かったら後であげるよ」
「あ、だったら私の部屋のも良いわよ? どうせ食べないし」
「いいのかの? でも、なんかちょっとピリッとしておったの。この国のクッキーは辛味が特徴であるのか?」
「さあ、聞いたこともないが……」
ピリッと? 変だなあ。後でマリネさんに聞いておくか。
そうして六人みんなで食堂車へ。当然他の乗客も集まっており、席は個室番号で固定なようだった。二人がけの席になっており、それぞれ別れて座る。と、すぐに夕食の一品めが運ばれてきた。ふむ、どうやらコース料理のようだ。
「美味しそうね」
「ああ。でも念のため、毒が入っていないか確かめてみよう」
丁重にもてなされている感じはあるが、ここは敵国だ。何を仕組まれているか分かったもんじゃない。というわけで例の毒味の代わりの魔法で調べてみる。
…………うん、大丈夫なようだ。
「それじゃあ」
「ええ。「「神に感謝を、命に感謝を」」
そうしてエンデリシェと向かい合って食事を進める。うむ、値段相応の味という感じだな。まあ言っても俺は昔からその辺の良し悪しの区別が付いていないが(当然両親には貴族らしくあるための教育を受けてはいたもののお察しだ)、少なくともそこら辺のレストランのものよりかは高級なことはわかる。
「美味しいですね」
「ああ。夜景も綺麗だし、このマジレールという乗り物は敵ながら称賛に値するよ」
「うふふ、そんなこと、お父様が耳になされたら打ち首ですわよ?」
「エンデリシェ、過激だなあ……食事中なのに」
「失礼いたしました」
などと軽くふざけつつも話は弾み、食事の時間だけでもだいぶ打ち解けられた気がする。この分なら、ベルに仲介してもらわなくても今後ともやっていけそうだ。
と。
「がっ!?」
「「「「!?」」」」
突然、俺の右後方、二両目の個室の席に座っていた男性が苦しみ出した。
「な、なんだっ」
先ほどまで落ち着いた雰囲気だった壮年の男性は、首を抑えもがき苦しんでいる。
「ご、ぎ、たす、け……カハッ」
そしてついに、全身から力を抜いて床に倒れ込んでしまった。
「あ、あなた? あなたっ、しっかりっ! ……そそそ、そんなっ!? きゃあっ、きゃぁ〜〜〜っ!!!」
その向かいに座っていた奥様らしきイブニングドレスをきた女性が男性を揺するが、全く反応がなく。その数瞬後、大きな悲鳴を食堂車いっぱいに響き渡らせた。
「皆様、落ち着いてください! 誰か、車掌を! それと医者もっ」
「は、はひっ!」
「医者ならここにいますぞ!」
バーを受け持っていた男性が指示を出し、給仕係が慌てて後方へ向かう。それと同時に、客席から一人の中年男性が手を上げ、奥の方から給仕係とすれ違うようにこちらに向かってきた。
「すみません、お客様。お手を煩わせて申し訳ありませんが、診断を頼めますでしょうか? 他のお客様はどうぞそのまま! 混乱を避けるため何処へも行かずに待機してくださいますようお願い申し上げます。係のものが案内いたしますので、落ち着いて御着席くださいませ」
流石は高級列車というところが、突然の出来事にも落ち着いて対処している。顔を青ざめさせている乗客も複数いるが、なんとか騒ぎ立てることなく皆指示通りに着席する。値段が高い分、利用客の民度もそれなりにしっかりしているようぁな。
「ヴァ、ヴァンさん……」
「ああ、大丈夫だ。俺たちにできることは不必要な混乱を招く行動をとらないこと。これが第一だろう」
「は、はい。あっ、ありがとう、ございます」
エンデリシェも身体を震えさせているが、俺は彼女の手をとって握ってやる。すると、少し落ち着いたのか、細かく上がっていた息も次第に通常の呼吸へ戻っていった。
「…………駄目です」
「だ、駄目とは?」
そして数分もすると簡単な診察が終わり。医者は立ち上がると残念そうに首を横に振る。
「そのままの意味です。この方は、お亡くなりになりました」
「っ!?」
まさかとは思っていたが……
「そんな、貴方、貴方!? いやあ、いやあっ! いやあああああああ!!」
そして先ほどよりも大きな叫び声が、夫人を中心に広がった。
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