第208話

 

 俺たちはひとまず個室で待機となった。当然、緊急の身体検査を受けたが特に大きな混乱が起きることもなく返されたのだった。まあ人が一人死んでいるので、その手の耐性がない乗客が青ざめていたりはしたが流石に個人の"死体慣れ"までは今の俺でもどうすることもできない。

 その騒動の中心にいる帰らぬ人となった男性は状況保全のためにその場で放置されている。この列車には何かあったときのため共和国の兵士が乗っており、次の駅で停車するまで見張りを立てることにもなった。


「……大変なことになってしまいましたね」


「ああ。まさか、敵国に来てまで事件に巻き込まれるとは……」


「そうですね。ですがあの男性は殺されたのでしょうか? それとも何らかの持病持ちだったのでしょうか」


「わからない、が、さっき診断を下した医者とやらが詳しく確かめているみたいだから、そのうちわかることだろう。俺たちに個室待機を命じたのも、事件性があった時の為だと考えられる」


「医者、でしたか。職業として・・・・・人を治すお仕事なのですよね」


 因みに先ほど名乗りをあげたあのダンディなおじ様は国内でそこそこ有名な方らしく、知っている乗客もちらほらといるようだった。


「ああ。少なくともファストリアでは回復魔法を牛耳っている神聖教会がその役目を独占的に請け持っている。エンデリシェならよく知っていることだろう?」


 意地悪かもしれないが、いつぞやの件を思い出させるような問いかけをする。


「え、ええ、まあ。その節は本当にご迷惑を」


「いや、別に責めているわけじゃないよ」


「はい。おっしゃる通り、王城の医務室しかり、人を治す仕事はみな神聖教会を介さなければならないことになっています。看護師等もみな名目上も含めて教会に身柄を一時的に預けた貴族の子女や様々な事情により出家した臣民が就いていますから」


 教会に睨まれるような真似をする者は居ない。裏の世界には秘密裏に医療行為を行なっている者もいると聞くが、少なくとも表立って開業している医者は無い。

 そのため、一社・・の独占業界となっているのだ。


 しかし、ここポーソリアルでは女神ドルガドルゲリアス様を敬い奉る神聖教会の勢力は存在しない。つまりは医療業界の発展を妨げる強大な権力が存在しないのだ。よって、彼ら彼女ら医者という職業が認められている。


「あの方がどれほどの実力をお持ちなのかはわかりませんが、わざわざ名乗り出てくるくらいなのですからそれなりの自信と技術をお持ちなのでしょうが」


「そこは俺にもわからない。素人だからな。まあともかくこの話をしていても何にもならない。プロの仕事はプロにお任せ、俺たちの目的は首都につき無事交渉を終わらせることなのだから」


「そうでしたわ。余計な気を回すのは、もっと余裕がある時にしたほうがよろしいでしょう」


 エンデリシェの言う通り、ここは自国でもなければ"一応の"安全の保証がなされている同盟国内でもない。精神的にではあるが、四方八方を敵に取り囲まれている。いざとなれば俺の転移魔法で逃げることも可能だろうが、それだって最終手段に過ぎない。

 遠くに逃げ失せたとしても交渉をする必要性がなくなるわけではないのだから、再び戦火が開かれるか、その火種を残したまま延々と休戦状態が続くだけだ。きっちりとケジメをつけさせなければ襲われた人たちの溜飲も下がらないし、王家の求心力も低下してしまう。戦って勝ってはい終わり、そんなヤンチャな子供の喧嘩のような単純な話ではないのだ。


「さあエンデリシェ、今日はもう寝たほうがいいのじゃないか? 自分では大丈夫と思っていても、気付かない疲労が溜まっていることはよくあることだ。折角特等に乗れたのだから、列車に揺られながらゆったりと心と身体を休める時間も必要だろう」


「そう、ですね」


 と、彼女は何故か一瞬残念がる顔を見せたが。すぐに笑顔に戻り軽く頷く。


「あ、ヴァン様……いえ、ヴァンさん」


「ん? なんだ?」


「私はいつでもお待ちしておりますからね?」


「そそそ、それはどういう」


「深い意味はありませんわ、お好きなようにお受け取りください。では」


 エンデリシェは奥のベットに向かい、最後にいたずら小僧のような無邪気な表情を見せ、配慮のためだろう二つのベッドの間に備え付けられているカーテンを敷いた。


「……ええ……どうしろと」


 これは据え膳というやつなのか? いやでも、ベルがすぐ隣にいるのにそんなこと・・・・・……昔の俺ならばホイホイと誘いに乗ったかもしれないが、今は違う。自重というものをしっかりと身に滲みさせ(られ)ているし、ここは大人しく横になっておこう、うん。


 そしてその後夜が明けるまで、カーテン越しの隣のベッドから如何とも表現し難い雰囲気を感じながらも身体を休めたのだった。





 ★





 一方その頃、ベルの個室。


「…………いくらなんでも逸ったかしら?」


「どうです、どうです?」


「今のところは何も感じないわ。恐らくヴァンは拒否したのでしょうね」


「ええっ!? そんな勿体ない……あ、すみませんベルさんの前なのに」


「ううん、いいのよ。そのためにここに来ているんでしょ」


「は、はい、まあ」


 エンデリシェに愛する夫の横を譲った理由。それは他でもない、彼女にチャンスを与えるためだ。今までは私が独占していたヴァン=ナイティスという存在。しかし彼はもう私だけのものではない。側室ではあるが、元王女という肩書を持つ女性が二人の甘い甘ーい生活に食い込んできてしまったからだ。

 最初の頃は当然憤りを感じたし、そもそもエンデリシェとは知った仲だったのもあって余計とこの状況になったことに不満を感じていた。ほぼ勅命によって作り出された状況とはいえ、一度退いたはずの女がのこのことやってきたのだ、誰だってなんで今更と思う。


 でも、ジャステイズを取り巻く状況。つまりはエメディアとホノカという組み合わせを見ているうちに、その考えも少しずつ軟化していった。正確にいえば、受け入れる度量と努力を保つ必要性を感じさせられたと言った方が正しいだろう。


 エメディアだって、ジャステイズに新たな婚約者が、しかも正妻としてポンと投げ込まれたことに対して怒っていたのを私は知っている。今まで振り向いてもらおうと思って必死に行ってきた自分の努力が、その女は政略結婚という形で一瞬で叶えてしまったのだから。

 しかしそれは個人的な不平不満に過ぎないし、ジャステイズの立場を考慮すればむしろエメディアの考えの方が邪道であると言わざるを得ない。でも、論理的な思考によって一応は理解できる状況と、感情的な思考によってもたらされる憤りは両立するものなのだ。しかしエメディアは排除や拒絶という道を封印し、あえて自ら"火中"に飛び込んだ。


 その結果、彼女はなんとかヤケドすることなく仲良し三人組という"栗"を拾うことができた。私はそれを見て、ならばいい加減自分も大人の対応を身につけるべきだと方針転換したのだ。

 できる妻、という考え方は現代日本、いや、現代地球では古い概念となりつつある。しかしこの世界は全体的に"昔ながら"の感覚が蔓延っている。ならばこそ敢えてそこに乗っかりエンデリシェを上回る『大人』になってやろうとも考えたのだ。


 つまり何が言いたいかというと、一発ヤッてこいと送り出したのだが……どうもうまく行っていないようなのだ。二人きりで夜を明かせるという計画はやはり時期尚早だったかもしれない。今のヴァンは私の教育が行き届きすぎて奥手なのだ。もう一つ、発破を掛けられる要素があればいいのだが。


「いっそのこと3Pでもするかなあ。でも正式ではないとはいえ初夜なのだから、エンデリシェの方もそれなりに雰囲気は守りたいだろうと思うし」


「さささっ!? ベ、ベルさんっ!」


 普段パーティの良心みたいな顔をしているイアちゃんだが、その実は出歯亀精神を持ち合わせたむっつりさんだ。今も、『何をそんなこと!?』みたいな顔をしているが、内心どう思っているやら。実は大人しい子ほど性欲が強いとよくいうが、それは異世界でも当て嵌まるのかもしれない。


「あっ、そーだ! ねえねえイアちゃん」


「ひゃ、はいっ?」


「ごー」


「……えっ?」


「ごー」


「あの」


「ごー」


「いえいえいえ、なんでですかっ!?」


「だってイアちゃん、ヴァンのこと好きだよね?」


「えっ」


 ドラゴン姉妹の片割れは驚愕の表情を浮かべる。


「あれ、違った?」


「好き、私が、ヴァン、さん、を……?」


 イアちゃんは一言一言噛みしめるように呟く。あれれ、もしかして自覚していなかったの? あれだけアプローチしておいて、まさかそんな……カマトトぶっている訳じゃなくて?


「はあ、これはまた厄介なパターンね」


 私はエンデリシェへの期待を一旦引っ込め、もう一人の嫁候補に向き直した。



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