第186話
「あの子も人間な訳やから、当然恋もすれば愛も育む。そして一人の男と見事に結ばれ、子まで成した。わっちは今で言う祈祷術によって魂の半分を融合させているわけやけど、あの子の魂はその全部を融合させなければ術に耐えられるようなものではなかった。やから、出来るだけ負担の少ないよう、あの子の身体を"器"として利用し、上手いこと言った訳やな」
なるほどなあ。
それはしても器、か…………どこかでその単語を聞いた記憶がある気がするのだが、どんなんだっけ? そもそもなんでそんな気がするのかすらわからない。でも、俺は確かに器という単語に何か引っ掛かりを感じている。まるで魚の小骨がノドに引っ掛かったような気持ち悪さがある。
以前も、何かの拍子にこんな気持ちになった事があったはず
――――ぐっ!!
「ん、ヴァンくん、大丈夫か?」
「我が忠臣ヴァンよ、どうかしたのか?」
「あ、は、はい。すみません」
「どうしたんや急に。そんなえづくほど感動する話やったかな?」
「あ、すみません話を遮ってしまったようで。少し頭痛がしただけですので、お気になさらず」
「そうか? まあ、気分悪かったらいうんやで」
「はい」
「あの子の名前は、エンジュっちゅうた。エンジュの身体も老いていく中で、当然『エンジ国』の次の指導者は誰かという話になった。まあ、普通やったらその子供が継ぐもんなんやろうけど、そもそもその国はわっちの力とエンジュの力が合わさって発展していった国。後継者として指名され踏ん張ったはいいものの、なかなか良え結果はでえへん」
有能な人間の子供もまた有能とはかぎらない、そういう話だろう。実際この世界でも地球でも、
「そんな時、遂にエンジュが吐血するまでなった。指導者として激務な上わっちの力を抑えていた身体が持たへんようになったんやな。若い頃はまだなんとかなっていたんやろうけど、五十も過ぎれば人間の肉体は普通に生きていても大分劣化してくる。わっちはドラゴンやから、どうしてもドラゴンの時の感覚で過ごしていてしもうてたから、いつのまにかあの子がそんなにまでなってしもうていたことに気がつかんかったんや」
「ドラゴンの持つ力によって魂を融合させた結果、二人分の魂の入れ物として作用していた肉体は通常よりも劣化が激しかったというわけか」
エンジュさんはその持って生まれたカリスマ性で人々を治めていったと言っていた。それ相応の激務であったろうし、融合の術の影響と相まって人体は三重に傷ついていったのだろう。
「その通りやな。わっちは慌てて肉体の修正をしようと頑張った。でも、それは無理やった……そしてそもそもの原因は、わっちがエンジュ自身に己の身体の制御を任せていたことやと思った。融合はしたけれど、あの子の身体なんやからと考えたわっちは、一緒になろうって決めた時に意識だけ入り込ませてもろうて身体の操作とかそこらへんは後はお任せ状態にしたからな。要は主体はあのこのままやったってことなや、だからこそわっちもおそぅなるまで気がつくことができひんかったやけど」
なるほどなあ。それが仇になったというわけか。自分の身体ではなく他人の身体に入り込んで、しかも初めてすることだったら勝手がわからないことだってあるだろう。
「あの子と一緒にいたいという安易な気持ちでこんな術を使ってしもうたわっちに責任がある。でも、いくら嘆いたところでどんな術を使ったところで、一時の気休めにもならんかった。そして遂に、あの子の身体は終わりの時を迎えることになった」
「そして、その後はどうなったのじゃ? お主は今もこうして人間の身体でワシらと話しておるではないか? そんなことがあったのに、また人間の体に入り込むとは何を考えておるのか。きちんと説明してくれんかの?」
エンドラも思うところがあるのだろう。少し厳しめな口調でそう元妻に問いかける。
「わかってるから、そんな急かさんといてえや、ほんま早漏な爺さんやなあ?」
「なんじゃとっ」
さっきはエンドラに話が長いと言っていたくせに、今度はヒエイ陛下が長々と話しているな、と少し思ったが口には出さないでおこう。
「まあまあ、二人とも。それで?」
「エンジュの身体が死ぬ時、それはすなわちエンジュの魂も死ぬということ。わっちは自分の本来の肉体――ドラゴンの身体やな――があるからあの子の魂を引き剥がしてそこに戻ればそれでおしまいなんやけど、どうしてもどうしてもあの子が居なくなるのはいややった。今思えばそれほどまでに、わっちはあの子に依存していたんやな。そんでほなどうしようかと悩んでいる時に、ある人から声をかけられたんや。それが、あの子の娘やった」
「娘、先ほどの二代目か」
「そうや。その子は、自分の身体を差し出すと、だから肉体は無理でもせめて、母親の魂を救ってくれと言ってきた。
「でもそんなことをすれば」
「その通り、その娘……『ヒエイ』の身体はエンジュと同じように傷ついていってしまうことになる。やからわっちは他の方法を探すと、言った。でも、あの娘の方も言い張って譲らんかった。父親は早くにいなくなり、頼れるものはわっち達だけやったから、自分の存在はわっちたちのお陰で今ここにあるとまでいってきた。当然どうするか残り少ない期間悩み続けたわけやけど、その中である日わっちはある一つの方法を思いついたんや」
娘さんも、母親とその友人にベッタリだった。お互いの理解があるからこそ、片方は身を差し出すほどの強い意志を持っており、もう片方はたとえ自分が滅びようともそんな安易な方法を取ろうとしないほど大切な存在である娘を想っていた。
ん、ちょっと待ってくれ。そのエンジュさんの娘の名はヒエイさん? で、今目の前にいるのもドラゴンであると同時にヒエイさんでもある。これはただの偶然? 襲名制度? それともまさか……
「その方法とは、『保存魔法』。ある物体の状態を、魔法を行使した時点の状態のまま、次に解除するまで永久に留めておくことのできる魔法や」
「お前、やはりあの魔法を……お前のドラゴンとしての肉体はこの星のどこかに未だ存在するという噂は風の便りで耳にしてはおった。だが同時に、精神体だけがとある国の人間に憑依し続けているとも。その両方の話から推測するに、保存魔法である可能性が高いと考えていたが……だがあの魔法は」
「そう、その魔法はわっちら古のドラゴンであってもその全ての魔力を注いでやっと成功するかどうかというとてつもなく高度かつ危険な魔法やった。失敗すれば、魔力だけを吸い取られ、さらに生命力までも消耗し死に至ることもあるような」
「私たちが編み出した『禁忌』と似たようなものか」
マリネ女史の言う通り、この世界の理においては制限があるものの、命を懸けるような強大かつリスクも大きい魔法や術を作り出すことは不可能ではないようなのだ。
「保存魔法を何に使うか。わっちは考えた。そして一つの結論に至った。生き物に使うのではなく、場に使うのやと」
「場、ですか」
「そう。肉体に直接使うのではなく、ある特定の空間ごと状態を保存することによって、その場を封印することができる。やからわっちの肉体と、エンジュの肉体をその空間に入れ、後のことはヒエイに任せると言うことにした。そうすれば、永遠の時をあの子と過ごせるやろなと」
若干? 愛が重い気もするが、そういう選択肢があれば取る人もいるだろうなとは思う。
「でも、そう上手くはいかんかった。後に『聖域』と呼ばれることになる場の準備が整い、遂に行使をした保存魔法に、ヒエイが巻き込まれてしもうたんや」
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