第22話

 


 ――――コンコン。


「はい」


 メイドがドアを叩くと、中から女の声がした。勇者の仲間か、部屋付きのメイドかな?


「ヴァン様をお連れしました」


「ヴァン=ナイティス、ですね?」


「はいっ」


 俺は問いに対して答える。


「……ヴァンだけ、入って来なさい」


 女はそう言った。俺を呼び捨て? フルネームでもなく、さん付けとかでもない。


「すみません、そういうことらしいんで」


 俺はメイドさんにこの場から去ってもらうように促す。


「畏まりました。では」


 メイドは一礼した後、廊下の奥へと去って行った。


「…………」


「? どうしましたか?」


「あっ、し、失礼します」


 危ない、つい緊張してしまっていた。俺はゆっくりとドアを開ける。恐る恐るといったほうがいいかもしれない。



「こんにちは、ヴァン」



 ドアを開けると、豪勢なソファに、いつしか見たフルアーマーな勇者が座っていた。それ以外に人はいない。


「あの……」


「どうしましたか? どうぞ、座って」


 勇者は対面のソファを手のひらで指す。


「は、はい」


 その声は、まさかの女性だった。俺はこの時点でかなりの衝撃を受けていた。だって、勇者といえばこの世界では歴史上、男だけなのだから……


 俺はソファに軽く腰掛ける。そして勇者と見つめ合う形となった。


「…………」


「…………」


 互いに無言の時間が続く。


「……あの」


「はい」


 勇者が返事をした。


「お、お仲間とかは?」


 俺は取り敢えず気になっていたことを尋ねた。


「今はこの場にはおりません。他の部屋に移ってもらいましたので」


「そ、そうですか」


 この部屋には、本当に二人きりということだ。余計と緊張する。


「…………」


「……ゆ、勇者、様?」


「はい」


「その、兜を取ってもらったりは……」


「いいですよ」


 俺は本当に女性なのか確かめるべく、意を決して聞いてみたところ、勇者はなんと即答した。そうして勇者は兜を取り――――



 綺麗な金髪が靡く。現れた顔は白く美しい。どこまでも透き通るような青い目に整った顔立ち。俺は一目でその人物を――――







「――――え…………べ、ベル?」







「はい、そうです」


女性は俺の呟きに反応し、即答する。


「あの、ベル=エイティアさん、ですか?」


「はい、そうです」


「プリナンバーのエイティア家の、長女の?」


「はい、そうです」


「…………」



俺は女性をまじまじと見つめる。すると。



「……ヴァン、ただいま……」



 その人物は、とても申し訳なさそうな笑顔でそう言った。



「……ど、どういうことだ?」


「私、勇者なの」


「はあ」


「魔王、倒したよ?」


「はあ」


「だから、ただいま」


「お、おかえりなさいませ」


 俺は訳が分からず、思わず敬語になってしまった。


「なんで敬語?」


「あ、いや、その」


「ふふふー、びっくりしたでしょ?」


「えっと、びっくり……なんてものじゃないです」


「だよね、だよね、えへへ」


 ベルは無邪気に笑った。


「べ、ベルは、勇者なんだよな?」


「うん、そうだよ」



 この時点で、俺は漸くベルが勇者で、魔王を倒したのだということを受け入れることができた。



「何で? 魔王軍の手から逃れるため、どこかに避難したんじゃ……」


「それ、嘘なの……私、12歳の時に勇者に選ばれていたんだよ」


 …………。


「えっと、つまり、ベルはむしろ戦いのために、俺の前から消えたってこと?」


「そう、なるわね」


「そんな、お、俺は、4年間ずっと頑張ってきたのに……」


 色々な気持ちが溢れ出てくる。


「ヴァン、聞いて」


「あ、何だ……?」


「私も、ヴァンのために、ヴァンだけの為に頑張ったんだよ?」


「え?」


「私、いなくなって気づいたの。ヴァンの存在がどれほど大切で、私にとってかけがえのないものだったのかを」


 ベルは真剣な表情で話す。


「ヴァンが、王城に私たちの旅立ちを見にきてくれたこと、知っているよ? 一目でわかったもの。ヴァン、来てくれたんだって」


 あのバルコニーから、たくさんの群衆の中から、俺を見つけたのか?


「ヴァン、複雑な顔、してたよね。私も複雑な思いだった。ヴァンを裏切るような事をしてしまったから……」


 俺が小さい頃から、勇者になって魔王を倒してやると宣言していたことだろう。


「でも、選ばれたからには、やり通さないとって思って必死に頑張ったんだよ?辛いこといっぱいあったし、払わなくてもいい犠牲も払った。でもその度に、私はヴァンの顔を思い出して、頑張ってこれたの。全部本当だよ? 私のこの気持ち、全部本当」


 ベルはまだまだ話を続ける。


「今日は何してるのかなあ、とか、他の女の人とくっついていたらどうしようかとか、馬鹿みたいなことも考えたりした。でも私にとってそれは、必要な事だったの。私の心を支配したのは、ヴァン、貴方」


「ベル……」


「だから、厚かましいかもしれないけど、どうかこんな私を許して下さい、お願いします。怒ってもいいから、何してもいいから、どうか自棄にならないで。ヴァンのしてきた事は何も間違っていない。むしろ私の存在が間違っているのだから」


 ベルは頭を下げてきた。ソファ同士の間にある机におでこがぶつかりそうだ。


「ちょ、ベル?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、本当に……ごめんなさい」


「わかったから、ま、待てよ」


 俺は慌ててベルを制す。


「ヴァン?」


 ベルは少しだけ顔を上げ、上目遣いで俺の事を見てきた。


「お、俺の事を思ってくれたんだな、良くわかったよ。勇者になれなかった事は、正直……辛かったし、俺自身馬鹿なんじゃないかって落ち込んだ。でも、2年も経てば吹っ切れるさ。どこの誰かは知らないが、この世界のために、ベルと結婚して幸せな時を過ごすためにも、頑張ってくれと思っていた。しかもその相手がベルだったなんて……俺、何なんだろう……」


 本当に、俺って何なんだろうな。ベルの話を聞く限り、俺の事をずっと想ってくれていたのはわかる。俺も、ベルの事が心配だったし、早く会いたかった。こんな形で再開するとは思ってもみなかったが……


「ヴァン、お願いします。私の事、嫌いにならないで下さい」


「え、いや、そんな訳ないだろ?」


 ベルがまた頭を下げそうになったので、俺はすぐに返答した。


「ほ、本当?」


「本当だ。ベル、今でも好きだよ」


「本当、なのね?」


「ああ、本当だ」


「じゃ、じゃあ、その……許して、くれる?」


「あ、当たり前だ。勇者として頑張ってくれた事は事実だし、俺も子供じゃない。もう、考えるのはやめだ!! 無事にこうして再会できた、それで良いじゃないか?」


 もう、魔王はいないんだ。勇者にこだわる必要もないし、ベルに会う事もできた。これ以上悔やむ事も悩む事もない、うん、そうだ!


「そう、よかった」


 ベルは漸く体勢を元に戻した。


「もう、待つ必要はないんだよな?」


「うん。4年間、お待たせ」


「ああ……ベル、おかえり」


「ただいま、ヴァン」



 この時の彼女の笑顔は、この女性が俺の中で世界一の女性だという事を認識させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る