第23話

 

「ヴァン……」


「ベル……」


 俺たちは、同じソファに座って互いの肩を抱き合っていた。こういうプラトニックな関係もたまにはいいものだ。前までは、やたらとキスしたり、流れに乗らされて致してしまったりばかりだったしな。あ、どうせだし、今のうちに俺も謝っておくか……


「あの、ベル、一つ謝っておきたい事があるんだ」


「ん? なに?」


「じ、実は……」


 俺は、ドルガさんとの一件を正直に打ち明けた。



「は?」



 ベルの目から光が消え、どす黒いオーラを出している。


「あ、あの、ですから、大変申し訳ありませんでしたぁっ!」


 俺はソファから飛び降り、ベルに向かって土下座した。


「…………」


「ううっ……」


 ベルは無言だ。俺は怖くて顔を上げる事ができない。


「……ねえ、ヴァン」


「は、はいっ」


「本当なのよね? 冗談じゃ、無いのよね?」


「その通りで」


「そう……」


 ベルはそれだけ呟くと、また黙り出した。


「……べ、ベル?」


「……ヴァン、顔を上げて?」


「え、でも」


「 い い か ら 」


「はいっ!」


 俺はベルの言う通りに、顔だけを上げた。そうすると、目の前にベルの顔があった。


「ひっ!」


 俺は思わず小さく悲鳴を上げてしまう。


「ヴァン、貴方の初めては、もうあげてしまったという訳ね? 私との時は、二回目だったのね?」


「一応……」


「そう……ヴァンにも、同じ思いをして貰おうかしら?」


 それだけ言うと、ベルは姿勢を戻し、部屋の奥へ向かった。そしていきなり鎧を脱ぎだした。


「べ、ベル? 何、してるんだ?」


「 黙 れ 」


「はいっ」


 ベルは淡々と鎧を脱ぎ、下に来ている服も脱いで真っ裸になった。


「……どう?」


「ど、どうって……凄く、綺麗です」


 豊かに成長した胸に、少し割れた腹筋、足はそれほど太くは無く、お尻はぷりりと丸かった。明らかに12歳の時よりも成長している。


「良かった、誉められなかったらどうしようかと思った」


 ベルはホッとしたようにそう言った。


「そ、そんな、誉めない訳ないだろ? 婚約者の裸なんだし、それにベルは昔から綺麗だったからな」


 俺は顔を少し綻ばせながら、ベルのことを褒め称えた。


「うふふ、ヴァンったら」


 ベルも満更でも無さそうだ。そしてなぜか魔法を使い出した。ベルの前方に小さな円ができ、光が天井に向かって伸びる。


「あの、ベルさん?」


「見てなさい、貴方のした事がどんなことなのか。一生後悔させてやるんだから!」


 そう言うと、ベルは円に向かって両手を突き出した。そして円の光が更に強くなり。


「<いでよ、我が僕よ>」


 ベルが唱えると、光から真っ白いのっぺりとした人形ヒトガタが現れた。


「ふう、ヴァン、今から私、ヤるわ」


「は?」


「そこでおとなしくしているのよ?」


 瞬間、俺はなぜか体が動かなくなってしまった。俯せに床に伏せ、顔だけがベルに向く体勢となる。ベルは人型に向かい再び両手を突き出した。


「<顕現せよ、我が思いのままに>」


 ベルがそう唱えると、人形は形を変え、一人の男性になった。


「べ、ベル、そいつは誰なんだ?」


「この人は、東の大陸で出会ったお金持ちの商人。私の婚約者になりたいとしつこかったのよ?」


 その男性は、見るからに中年のデブだった。


「ほら、始めるわよ?」


 ベルは男性の首に腕を回し、キスをし始めた。


「なっ!」


「んむっ……」


 ベルの首がくねくねと動いている。あれは恐らく舌を使ったキスだ。俺はただ呆然と見つめることしかできない。


「ん……はぁっ。まだまだよ」


 ベルは今度は自らの胸を男性の口に押し付けた。


「んっ!」


 ベルがびくびくと震える。や、やめてくれ……何をしているんだ……


「はあっ、ひ、久しぶりの感覚、凄いわっ」


 久しぶり……ど、どこから久しぶりなんだ?


「ああん!」


 ベルはより一層体を震えさせた。口から少し舌が突き出ている。


「ん……やはり、木偶の魔法は凄いわ、私の思い通りに動いてくれる……」


 あの人形は自ら操作できるのだろう。という事は、舐めさせていたのか……? ぐっ、心にどんどん黒いものが溜まっていく。


「つ、次ね」


 ベルは今度は股を男性の口元に押し付ける。そして腰をクネクネと動かし始めた--


「はあっ、はあっ、ど、どう、ヴァン。どんな気持ちかしら?」


「や、やめでぐれ……お、俺が悪がっだ」


 俺は悲しくなり、涙を流しながら謝る。


「いよいよ最後よ? 後悔しなさい、ヴァン。そして二度と私に黙ってほかの女を抱かないで。いいえ、私以外の女なんて、抱く必要、無いでしょう?」


「はい、はい、だぎまぜんがら! お願いじまず、やめでぐだざい!」


「いやよ」


 ベルは無情にも俺の懇願を跳ね除け、男性の股に跨る。


「はあ、あと少しで入っ――」


 俺はその瞬間、頭の中で何かが切れた。


「うおおおおおおおお!」


 俺は人形に向かって闇魔法を放つ。パペットや幻影など、使役できる無機物を消滅させる魔法だ。


「きゃっ!」


 人形は一瞬で跡形も無く消え、ベルはそのせいで膝から床に落ちた。


「ベルっ!」


 俺は何故か言うことを聞く体を動かし、ベルの許まで詰め寄る。そして思い切りベルのことを抱き締めた。


「ひゃっ!」


「ベルっ、ベルっ、ごめん! ごめん!」


 俺はベルを抱き締めながら必死に謝る。


「本当にごめん! 俺がどうにかしていた! ベルがいながら、一時の気の迷いに流されて……今さっき、ベルが人形に良いようにされていて、とても悲しかった……ベルも、同じ気持ちになったんだな……すまない……」


「ヴァン……」


「今更かもしれないけど、自分勝手な言い訳かもしれないけれど、謝らせて欲しい。本当にごめん、ベル」


「……ヴァン、もう良いよ」


 ベルも俺のことを抱き締めた。


「……誓って、一生私のことだけ見ているって、そして、結婚するって!」


「えっ、ベル?」


「16歳、なったよ? 結婚、出来るんだよ? だから、お願いします、ヴァン=ナイティスさん」


 ベルが俺の顔を見つめる。


「……本当に、良いのか? 女神様と雰囲気でしてしまうような、俺だぞ?」


「それはもう、いいわ。 二 度 と し な い で ね ? 」


「は、はいっ!」


「それで、返事は?」


「……ベル=エイティアさん、俺、ヴァン=ナイティスは貴方と結婚します。一生の愛を、健やかなる日々を、そして永遠に寄り添うことを、ここに誓います」


「ヴァン……」


 ベルは目に涙を浮かべる。


「良かった、私、魔王を倒して良かった。もう浮気したら許さないんだからね!」


「おう、もう絶対にしないさ。誰に誘惑されても、ベルだけを見ている」


「その言葉、忘れないでね?」


「当たり前だろ?」


「うん、そうだね、ヴァンのこと、信じるね?」


 俺たちは、自然と深く優しいキスをしたのであった。





「なあ、そう言えば、何で俺動けたんだ?」


「え? 途中で魔法解いていたわよ?」


「なっ、それ本当か?」


「私の胸を、人形に舐めさせ始めたくらいから。早く止めに入らないかなって、ずっと思っていたんだけど……お、遅いよ、ヴァン」


「すまん、ずっと拘束されていると思い込んでいたんだ。止めに入る気はあったんだぞ?」


「それでもし私が最後までしていたら、どうしたのよ?」


「どうするって……変わらないだろ、悪いのは俺なんだから。ベルのお陰で過ちに気付けたよ、ありがとう」


「うふふ、女神様になんて負けないんだから!」


「俺にとっては充分女神だよ」


「あら、じゃあ崇めてくれる?」


「ははーっ!」


 俺は勢いよく地面に両手をつけた。


「……ぷっ、馬鹿みたい」


 ベルがクスクスと笑い始めた。


「……ははっ、俺何してんだろ?」


「女神ベル様に感謝しているんでしょ? 浮気を許して下さってありがとうございますーって」


「そうかもな、ハハハ」


「えへへっ。 次 し た ら 本 当 に 許 さ な い か ら 」


「ハィ……」



 俺は暫く弄られ続けることを覚悟したのであった。

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