第二章 幼馴染=勇者編

勇者

第21話 16歳

 


 ――――ヴァン=ナイティス、16歳。ファストリア王国王都、オーネにて



「そこっ、後ろがガラ空きだぞ! 敵は何も前から来るだけではない!」


「は、はいっ!」


「そこ、膝をつかない! まだ3時間だぞ!」


「ひいっ!」


「おい、その魔法は駄目だ!」


「えっ、う、うわああああ!」


 ドーン!


「ちっ……この状況で火魔法を使うのかよ……」


「ヴァン様、そろそろ休憩に入っても」


「は? 何言ってんの?」


「で、ですが」


「魔王軍は、待っては、くれない!」


 俺は鼻と鼻がくっつきそうな距離で檄を飛ばす。


「ひゃ、ひゃいっ!」


「わかったらさっさと指揮をしに戻る! 司令官が戦場に背を向けるなど論外だ、馬鹿め」


「すみません〜〜!」


「はあ、まさかこんなに大変だとは……」


 俺は一人溜息をつきながらごちる。ここ、王都だよな? 王都の国軍本隊演習場だよな?


「何故、こんな事に……」


 俺はこんな事になった”元凶”を恨んだ。まあ、恨んでもどうしようもない相手である事は間違いないのだが。

 

「はあ、はあ……」


「もう無理……」


「き、きつすぎる……」


 兵士たちはもう半数以上が地に伏している。ここまでか……くそ、まだやりたい事の10分の1も終わってないぞ?


 俺は仕方なく、その場にいる皆に終わりを告げる。


「お前たち、もう今日は終わりだ! 各自後片付け!」


「い、良いんですか!?」


 近くにへたれこんでいた兵士が聞いてきた。


「俺が良いと言っているんだから、良いんだ。何か?」


「い、いえっ、了解!」


 兵士は敬礼をした後、ふらふらと同じ班の仲間のところへ歩いて行った。


「ふう、普通に戦うよりも疲れるぜ。全く、俺じゃなくても良いだろ」


「ヴァン様、そんな事はございません。勇者に次ぐ実力をお持ちの方と言われている貴方様が訓練をしてくださるというだけで、我々は大変嬉しく思っております」


 その男は笑顔でそう答えた。


「ん? そうか?」


「はい、左様で」


「そうかそうか、まあ、勇者になれなかったんだけどな……」


 気づいたときには、国中が勇者の話題で持ちきりだった。俺が14歳の時、勇者が正式に公布され、わざわざ王城の第一庭園まで演説を見に行ったものだ。勇者は全身装飾が施されたとても高そうな兜や鎧に、これまた豪勢な装備を整えた仲間たちを携えてバルコニーに立っていた。本当なら俺があそこにいるはずだったのに、と悔しい思いをした。ベルとの約束もあったのに……俺、嘘つきになっちまったな……


また、勇者の顔を確認する事はできなかった。声を聞いた感じでは、男性のようではあったのだが……


「ヴァン様、勇者は何も一人ではありません。人々を導くものこそ、勇者なのです。その点、ヴァン様は立派に勇者をなされているかと」


「それ、褒めてんの? それとも慰めてんの?」


「両方です」


「はいはい、お前はそういう奴だったな。スマンスマン」


 全く、真顔で抜け抜けと心に突き刺さる言葉を言う奴だ。まあ、そのお陰で兵士達の士気も上がったりするんだけどな。



「伝令! 伝令!」



 俺が一人ぶつくさとしていると、一人王城の衛兵らしき人物がこちらへ走ってきた。


「どうした?」


「ゆ、勇者が、勇者が凱旋を!」


「何? 今なんと?」


「勇者が、魔王を倒したと凱旋をしに、王都へ! どうやら転移魔法で国王陛下へ謁見に行ったそうで……」


「は? そ、それ本当なんだよな!」


「は、はいい! そ、それと、ヴァン様を謁見の間までお連れするようにとも」


「俺のことを? 誰が?」


「国王陛下直々のご勅命とのこと。勇者達が現れたのは、い、1時間ほど前の事らしいです。こちらが、勅命書で……」


 衛兵は丸まった紙を渡してきた。


「ヴァン様」


「ああ」


 俺は陛下の勅命書やらと、衛兵に向かってサーチの魔法をかける。……嘘はついていないようだ。


「大丈夫だ」


「あの、何か?」


 衛兵は怪訝な態度をとる。


「嫌、何でもない。ご苦労」


「はっ!」


 衛兵はそのまま走り去って行った。


「何々……?」



 俺が紙を広げると、そこには『至急謁見の間まで出頭されたし』と書いてあった。



「出頭、ね。絶対に来いよということだろう」


「恐らくは」


「ふむ……グアード、お前はどうする?」


 俺は隣の男、ファストリア王国軍元帥であるグアードに向かってこの場の対応を問うた。


「私はこのまま後片付けを見張ります。最後まで気を抜かない、それがヴァン様の教えでもありますので」


「そうだったな、では宜しく頼む」


「はっ!」


 グアードは敬礼をする。俺も軽く敬礼を返しておいた。


「さて、行きますか」


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 俺は、ここファストリア王国の国王陛下であらせられる、レオナルド=パス=ファストリアの前で跪いていた。


「おお、ヴァン。久しぶりだな」


「一週間ぶりかと」


「そうかそうか、国軍の方はどうかね?」


「はっ、誠に光栄なる使命のもと、洗練された戦術と、小隊ごとの連携に心打たれるばかりであります」


「何を言っておる。あれがそんなものなら、カエルの軍隊で魔王軍を討ち滅ぼせるわい」


「……そ、そうでありますか」


「はっきり申してみよ」


「は、はっ。全然駄目です。終わっています」


「よくぞ申した。おい、軍務大臣、わかっておるな!」


「はっ、ヴァン殿のお言葉、しかと受け止めよう存じます」


「うむ」


 何これ……茶番? こんな茶番のために呼ばれたの、俺?


「それで、本題だな。聴いておるとは思うが、勇者が舞い戻った。それも、魔王を討伐した、としてだ」


「はっ、既に耳にしております」


「そうか。なら話は早い。ヴァン、お前に面会したいとのことだ」


「俺に、ですか?」


 まさかとは思ったが、先ずはもっと上の人々に謁見してから何じゃあ? 勇者が王城に来てから、まだ2時間も経っていないはずだが。


「そうだ、勇者直々の指名だ」


「はっ?」


 俺は思わず顔を上げ、素っ頓狂な声を出してしまった。


「貴様、無礼だぞ!」


 その瞬間、傍に控える近衛兵が剣を抜き、俺に向かって突き出す。しかし俺は人睨みし、その兵士を硬直させた。いや、正確には睡眠魔法でぶっ倒れさせたのだが。


「……今のは忘れてくれ」


 陛下は疲れた様子でそう呟いた。


「はっ、出過ぎた真似をし、申し訳ありません」


おれは咄嗟に魔法を使ってしまったことについて謝罪した。


「いや、いい。全く、ヴァンを特別顧問に任命したと聞いた途端、近衛騎士団が反発しよって……自分たちが国軍を指導していたというプライドが邪魔しておるのだろうが、プリナンバーにたてつくとは馬鹿にもほどがあるわい」


「いいえ、誰にしも仕事というものがありますから」


「そうか……話が逸れたな」


 恐らく、周りに控える他の近衛兵や大臣官僚たちにわざと聞かせているのだろう。つまらないいざこざで国を傾けたくはないだろうから。


「兎に角、勇者がお前に会いたいと言っていることは事実だ。今は別室で控えさしておる。会いに行ってはくれまいか?」


 ……会うに決まっている。俺じゃなく、ドルガさんに選ばれた勇者なのだから。その面も拝ませてもらおう。嫌、感謝はしているし、尊敬もするが。それと俺の気持ちはまた別問題だ。


「御意」


 俺は一言、肯定する。


「うむ、そう答えてくれて何よりぞ。おい、案内して差し上げろ!」


 陛下が叫ぶと、柱の陰からメイドが現れた。ど、どこに隠れているんだよ……


「御意。ヴァン様、参りましょう」


 そのメイドは軽くお辞儀をした後、俺にこの場を去るように促した。


「お願いします。陛下、では」



 俺は今一度深く臣下の礼を取り謁見の間を後にした。

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