第64話 

 

「これは勇者様! おかえりなさいませ」


 中庭の警護をしていた近衛騎士が話しかけてくる。

 転移する時にはここにと決められているので、疑われることはない。それに今や勇者の姿を知らない王宮勤はいないらしいからな。あれだけ派手に凱旋もしたことだし。


「ええ、ただいま。それで早速でごめんなんだけど、この袋をどうにかしたいんだけど、陛下に報告させてもらえるかな?」


「はい? その袋の中身は?」


「うーんと、まあ、公爵……って言ったらわかる?」


「はっ!? ゆ、勇者様まさかっ」


「いや違う違う! ベルじゃないから!」


 驚き反射的に槍を構えてしまった騎士に慌てて弁明する俺たち。


「なるほど、公爵閣下は例のドラゴンに食べられてしまったと……そちらのお嬢様は?」


「我か? 我がドラゴンじゃ」


「えっ……ええと」


 騎士は困ったように俺たちの顔を見回す。


「本当だわ、彼女の身の安全、というより寧ろあなた達の身の安全は私たち勇者パーティが保障するわ。同伴していることを伝えておいてくれるかしら?」


 ベルが慌てて今さっき話しそびれた人化からの一連の流れを簡潔に説明をする。ルビちゃんの尻尾を見せると、ようやく信じ始めたようだ。


「ですがにわかには信じられませんが……この女の子がドラゴンだとは」


「なんじゃ、引き裂かれたいのかお主?」


 ルビちゃんがふざけてか本気なのか爪を立てる格好を見せる。


「ルビちゃんっ!」


「あうっ」


 エメディアが彼女の頭をペシリとチョップする。


「とととと、とにかくまずは報告して参りますので! 少々お待ちください」


 顔を真っ青にした騎士は城内へと走り去っていく。


 やはりというか、ドラゴン騒ぎ自体は近衛にもしっかりと伝わっているようだ。まあそりゃそうか、もし城に攻められたらその時戦うのは自分たちなんだからな。


 未だに俺のことをよく思わない近衛騎士はいるみたいだが、勇者であるベルは別だ。何せ世界を救うためその力を振るったのだから、誰からも愛されて尊敬される存在なのだ。


 それでなくても、この国の元が初代勇者である初代国王なのだから、勇者を馬鹿にするということは王家を馬鹿にするのと同じ。国に仕えるグアード以下国軍とは違い、直接王家に仕える立場の近衛騎士達は忠誠というものを嫌というほど叩き込まれるのだ。


「それにしても、一晩で偉く大きな騒ぎにしてしまったな」


「ですね、兵を動かすにもお金がかかることですし……これは下手をすると、公爵に全責任を押し付ける可能性も出て来ましたね」


 ドルーヨが私見を述べる。


「それは、家のお取り潰しとか、資産の回収とか?」


「もしくはその両方。情報網によると、公爵は配偶者がいないらしく、愛人ばかり囲っていたようですし。その愛人も今後どうなることやら……まああのような人に取り入る時点でそれなりのリスクは覚悟しておくべきだとは思いますけどね」


 ドルーヨもドライなことを言うんだな。でもそれくらい割り切れないと商人なぞ務まらないのかもしれない。俺たちも、彼にとって不都合な存在になれば切り捨てられることもあるのだろうか……今世界で一番ノッている商会に見捨てられたら厳しい生活を強いられそうだ。


「ミュリー、やっぱその死体重くないのか? というか聖職者といえどもずっと持っていて正直不快な気持ちになったりしないものなのか」


 ミュリーは自らが保護魔法(状態維持の魔法)をかけた公爵の死体袋を大事そうに見守っている。もちろん俺たち男性陣が管理しよう提案したが、彼女は自分が聖職者としてきちんと責任を持って見るというので任せているのだ。


 この世界においても宗教的な思想を否定するのは良くないことだからな。

 特に世界『ドルガ』を牛耳っている神聖教会の支部長なのだから、その行動にもそれなりの理由があるのだろう。


「いいええ、先ほども申しましたが、私の仕事だと思いますので。一時敵対したといえども、死者に罪はありません」


 ふむう。神聖教会では、死んだ人間は生前如何なる人間であろうとも丁重に扱うべきという教えがあるのだ。


「ミュリーは真面目ね、きっと私が同じ立場ならさっさと燃やしてしまうのに」


 エメディアは良くも悪くもサバサバした性格なようで、使者であろうとも生前の行動は付き纏うと考えているようだ。勇者パーティに入るまでの生き様が何やら関係しているようなことを仄かしていたが……


 そう思うと、俺たちはまだお互いのことを深くは知らない。俺は勇者パーティに今更加入した"異物"であるのだから、皆打ち解けようとはしてくれてはいるがそれでもやはり壁を感じずにはいられないのが正直なところだ。


 カオスのことも早く教えてもらいたいし、ルビちゃんはこれからどうするのかという問題もあるし。一度皆で時間を取って話をしてみたいものだ。


「ミュリーが今は管理するにしても、最終的には王都の神聖教会本部に渡すこととなるであろう。何せここは神聖教会のお膝元なのだからな」


 デンネルの言う通り、神聖教会の中央神殿。つまりは地球でいうサン・ピエトロ大聖堂的なものがこの王都にあるのだ。

 ローマとバチカン市国みたいに、街の中に街がある感じだな。

 立地の関係で王城からは少し離れた場所にはあるが、そこのトップである教皇が一番偉い人となる。教皇自らということではないとは思うが、公爵という一応は王族に連なるものの葬儀なのだから、それなりの手順が必要なはずだ。


 ミュリーはあくまで東大陸にある一国家の巫女。王国の高位貴族をいつまでも好きにさせておくわけにはいかないというメンツも関係してくるだろう。


「皆様お待たせ致しました! どうぞ城内へ。陛下が謁見なされると仰っておられます故」


 先ほどの近衛騎士とは違う、文官が現れそう説明する。城内には勇者様担当みたいな役職があるのだ。もちろん武官側にも存在する。世界の命運を担う者の取次係ということで、結構な立場にあるらしい。


「公爵閣下の御身体はこちらでお預かりします」


 そして予想通り、万が一のことを考えて城内に待機していたのであろう、ミュリーと似た格好をした神聖教会の者も共に現れる。

 彼女と何かやりとりをした後、死体袋を持ち去っていった。


「では皆様どうぞ」


「はい」


 そうして文官に連れられて謁見の間へ。皆内心疲れていたのか、無言だ。夜ということもあって人とすれ違うこともほとんどなく、ひたすら靴の音だけが廊下に響き渡る。


「どうぞ、お入りください。陛下は後からいらっしゃいますので、入室したのちはしばらくお待ちくださいませ」


 国王との謁見という行為には、2パターン存在する。


 一つは陛下が先に座っており、その後呼ばれた人が入るもの。これは正式な行事などで採られる形で、ここで話されることは重大事項に関わる褒賞や刑罰に加え、戦争などの国全体が動くような業務執行手続きなど書類だけではなく国王が正式に在席、又は声を発する必要がある事柄が多い。他にも高位貴族・他国の要人との正式な面会なども含まれる。


 もう一つは、先に呼ばれた人が入り、後から国王が入室する場合だ。臨時の謁見の場合が多く、今回はこれにあたる。他にも下位貴族にはサッとあってサッと帰るというパターンが多いのでこちらのバージョンとなる。当たり前ではあるが、国時代が会社みたいなものである貴族の世界も立場によって社長、即ち国王陛下からの扱いが変わるのだ。

 それに夜間は流石の陛下も寝ていらっしゃるし、そもそもそういう時にわざわざこちらから謁見しようと頼むような命知らずはいないだろう。なので向こうから謁見したいといった場合もこのような状況になることが多い。


「わかりました、夜遅くまでお仕事お疲れ様です」


 そしていつものように所定の手続きを終えた後、その装飾過多とも思える大きな扉が両サイドに分かれ、中の荘厳な空間が見開かれる。


 中に入ると、大勢の騎士が謁見の間の両サイドに所狭しと整列していた。


「なんじゃなんじゃ、敵対か!?」


 ルビちゃんが驚き尻尾をピンと立て周りを威嚇する。


「構え!」


 すると号令がかかり、騎士たちは一斉に槍や剣、盾などの得物を構えた。


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