第65話

 

「なんじゃ、人間ども!」


 ルビちゃんは歯を見せ「ガルルルル!」と威嚇をする。尻尾も心なしかトゲトゲしているように見える。

 ……って、いや君が挑発したせいだよね!? 人間のせいじゃないよね!?


「一体これは!?」


「まさか何かの策謀にっ!」


 しかしいきなり武器を抜くとは少々キナ臭い。なので俺たちも対峙するように武器を抜く。勇者パーティは身体検査を免除されているからこその行動だ。


「皆さん固まって!」


「私は援助を!」


「くそっ、帰ってきたらこれであるか!」


「まさか王城で戦闘を行うこととなるとは……」


 お互いに拮抗した距離を保つ。


「なあ、襲ってよいかの? かのかの?」


「ダメよルビちゃん、私たちが不利な状況を作ってはいけない。こちらから仕掛けては、後から問題になるわ」


「むぅ」


 エメディアが諭すように説明する。いくら向こうから武器を抜いたといえども、いきなり戦闘を始めるには場所も状況も悪い。

 ドラゴンが急に襲いかかってこようとしたから、と言われたらこちらは反論できなくなる。


「……仕掛けてこないのか?」


 だが騎士達の方も命令が降りていないからか、武器を構えたままかかってこようとはしない。




「何をしておる!」




「この声は……」


 数分その状態で固まっていると、不意に奥の方から男性の大きな声が響く。騎士達はその声を聞くと、すぐさま構えを解いて元の形態に整列し直した。


「陛下っ」


「どうした、物騒な空気だが。勇者達が何かやらかしたのか」


 国王陛下は、奥に設置された壇上の上に安置されている玉座に腰掛けると、謁見の間を見回す。


「はっ、ドラゴンが威嚇をしてきたため、止むを得ず戦闘形態を整えた次第であります」


 隊長格と思われる騎士が、真ん中に敷かれたカーペットの上に歩み出て跪き状況を説明する。どうやらやはりルビちゃんの挑発行為が今の軍事行動の引き金だったようだ。つまりは百パーセントこちらの落ち度というわけだ。

 何かの策謀でもなんでもないことが分かったことは良かっただろう。


「なに? ドラゴンだと? そんなものどこにおるのだ」


 陛下は慌ててもう一度部屋を見回すが、そのような巨体は確認できない。そもそもこの部屋は柱が等間隔に並んでいる吹き抜けなので隠れる場所もない。


「ここに」


 すると続いて騎士はルビちゃんを指差す。


「なに? その娘がドラゴンだというのか?」


 しかし陛下は訝しげな表情だ。どうやらルビードラゴンと公爵の一件は詳しいところまではまだお耳に入っていなかったようだ。


「そうじゃ、人間の王よ。我こそはルビードラゴン! 栄えあるドラゴン族の頂点に位置するエンシェントドラゴンの孫じゃぞ!」


 と彼女は腕組みをし、ドヤ顔で自己紹介をする。


「むむぅ、しかし信じられん……本当にお主が?」


 まだ信じられないのか、身を乗り出しその姿を注意深く観察なされる。


「なんじゃ、信じられんと申すか? ならば今ここで竜化してやってもよいが……」


「いやいやいやいや、ダメだって! 陛下、ご無礼をお許しください。彼女がドラゴンだということは我々が保障いたしますので」


 慌ててウズウズし出したルビちゃんを取り押さえ、陛下に弁明をする。


「まあよい。ドラゴンの件については後日聞かせてもらうこととしよう」


 そういうと控えていた官僚がメモを取る。公式にしろ非公式にしろ、ああやって陛下の発言は大抵の場面ではメモを取る係がいるのだ。勿論密談などではこの限りではないのだが。


「ふむ、本題に入るとしよう。公爵との決闘、ご苦労であったな。あやつが死亡したことに関しては既に聞いておる。そのことに関しては一切を不問に致そう」


 そう仰ると、皆がホッとため息をつく。幾らあんな性格の人間だったとしても、一応は王族に連なるものだから俺たちが罰せられる可能性もあったからだ。実利を伴わない判断も厭わない陛下の度量の深さに感服するべきであろう。


「そして決闘そのものに関しても、内内に処理をしておく。なのでこの件に関してはこれ以上関わることは許さん」


「つまりそれは」


「うむ。公爵の今後に関しては勇者パーティの預かり知らぬこととなる。お主たちの中には他国の要人も含まれているからな、ここらで手を引いてもらいたい、いいな?」


「「「御意」」」


 皆で揃って返答をする。つまりこれは他国の要人に決闘を仕掛けたことを水に流してくれ、こちらもドラゴンのせいとはいえ公爵を助けられなかったことは不問にするからということだ。こんな馬鹿げた一件のせいで後々まで響く国際問題にはしたくはないのだろう。


 王城の中には、少しでもスキャンダルが有れば足を引っ張ってやろうとてぐすね引いて待っているような輩もあちらこちらにいるのだ。それは国王とて例外ではない。何かあればこれをネタにその権力を分断し甘い汁に預かろうとするのは、上昇志向の人間にとっては当たり前の行為なのだ。


 公爵が死んだことに関しても、恐らくは俺たちも含めて批判してくる輩が出てくるだろう。もしかするとドルーヨの言っていた愛人達を盾に揺さぶりをかけてくるかもしれない。

 陛下は、そのような煩わしい一切に関してもあちらで責任を持って対処すると仰っているわけだ。


「そして、残党討伐に関しては明後日からの出立とする。もう既に日も変わっておるし、疲れておろう」


「御意」


「騎士達も夜遅くまでご苦労であった。なにやら心配をかけたようだが、ドラゴンは様子を見るにどうやら勇者パーティの管理下にあるようだ。その件は彼らに任せておくとしようではないか」


 すると、騎士達は一斉に敬礼をする。ザッとずれることなく音が鳴りよく訓練されていることが窺えるな。


「さて、私はもう寝る。また会おう」


 陛下はそのままご退室なさった。俺たちも臣下の礼を取りお見送りをする。

 カオスの件に関しては混乱を避けるため意図的に話をしていなかったので、あらかた話すべきことは終わったと判断されたのであろう。俺たちも、その姿が見えなくなるとようやく気が抜ける。


「……はあ、人間の世界は一々形式ばって大変じゃの」


「ドラゴン族は違うんですか?」


「こんな恭しく儀式地味たことはせん。せいぜい会話するときに敬いの態度を取るくらいじゃな」


 ふうん、知能ある種族でもあり方はちがうんだな。


「ではみなさま、ご退室ください」


 官僚の一人が出て行けとそれとなく催促をする。確かにもう夜中だ、彼らだって休みたいのは同じだろう。


「はい。では」


 そして俺たちは謁見の間を後にした。







 翌日昼、ベルからカオスに関しての詳しい情報をもらうこととなった。


「カオス、奴らはどこへでも現れるの。昨日みたいな草原だけじゃなく、ここぞという場面にはかならず絡んできているわ」


 あいつらは、カオスという集団らしい。皆それ以上名乗ることがないが、声や体格、言葉遣いから察せられる性格も一人一人違うらしい。

 人間かどうかすらまだ判明していないが、俺たちと同じ高度な知能を持った生物であることは間違いないという。


 皆一様に真っ黒い服を着ていて、現れる時は昨日見た転移魔法のようなものを使用するという。ルビちゃんが攻撃した時もそうだったが、一切の攻撃は受け流されてしまい、ダメージが与えられないのだとか。

 しかし向こうからは直接攻撃を仕掛けてくることはなく、あくまでなんらかの事件等に絡んでいるのみという。


 その目的も行動原理も、魔王討伐の旅路ではわからなかった。何せ向こうは何故邪魔をするのか言わないからだ。決まっていうことは『我はカオス、この世に混沌をもたらす者なり』だという。


 話を聞く限りでは、この混沌という単語にヒントがありそうなのだが……一体なにを混沌とさせるのだろう。この世、ということは世界全体をなにかしらの力で覆うつもりなのか。それとも人々の社会を無秩序の状態にしてやるということなのか、単語だけでは如何様にも捉えられてしまうな。


「なるほど、悪の結社みたいなものなのか」


「そうよ。でもあいつらは基本一人で行動するわ。それに上下関係があるみたいで、そいつらはカオスの中には入っていないみたいなの」


 なるほど、侯爵の反乱の時に周りにいたあいつらは、カオス本体の所属ではないということか。元締めと末端組織みたいなものなのかな。


「何故私たちの邪魔をしてくるのか、一体なにをしでかそうとしているのか、まだまだ調べないとわからないわ。各国の文献を漁ってみても、どの時代であろうともその存在がほのめかされているだけで、詳しい話はどこにも載っていないの。まるで目次だけ残っていて肝心の中身が載っていない辞書みたいにね」


「ううーん、謎が深まるな……記録にすらロクに残らないとは」


 しかしここで悩んでいても仕方がない。カオスについて少しでも情報共有ができただけ良しとしよう。


「ありがとう、ベル。改めて大変な旅路だったんだな」


「えへへ、ありがとう♡ ヴァンのこともこれから頼りにさせてもらうからね?」


「ああ、今度こそベルと一緒に、世の人々を救わなくてはな!」


 そのサラサラな髪を撫でてやると、嬉しそうに自ら掌に頭を擦り付けてくる。


 そしてその後、二人だけの時間を取り戻すようにイチャイチャしまくった俺たちであった。


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