第63話

 

 案の定、そのタイミングで城の方から大量の軍人がやってきた。夜も遅いので松明片手に、月明かりに照らされた鎧がぴかりと光る。


「ヴァン! 待たせたな! よかった、勇者様方も皆生きておられたのですね」


 そしてその軍団の奥からグアードが馬に乗って現れた。

 鎧を着込み全身武装で、背後には数人の高官らしき部下を連れている。

 今はみんなの前であるため、いつもの通りに敬語は省いているようだ。


「グアードさん、この大軍は?」


 ドルーヨが驚いたように訊ねる。

 ざっと見ても、数千人後半は下らないだろう。王都から近いとはいえ、こんな夜間にこれほどの軍事行動をさせるには少々骨が折れるはずだが。


「これはドラゴンを少しでも弱らせるための槍先です。まだ手続きが十分ではないため、動かせる分だけでもと用意して来たのですが……ドラゴンは一体どこに? まさか、皆様で倒されたので!?」


 グアードは馬から降り、驚愕の表情を浮かべる。周りにいる兵士たちもその大きな声を聞いてざわざわとし始める。


「いやいや、皆ちょっと待ってくれ! 話を聞いてほしい。まず大前提だが、ドラゴンは退治していない」


「なんだとっ」


 幾らかの兵士や指揮官が顔をこわばらせる。


「ドラゴンの首輪を破壊したら、大人しくなったんだ。だからもう暴れる心配はない、連絡するのが遅くなってすまないな」


 ジャステイズが謝る。以前のベルを取り合った時のように、彼は良くも悪くも嘘をつかない性格だと知られているのでその言葉は信用されているのだ。


「そうだったのですか? ではドラゴンはもうどこかへ飛び去って行ったので?」


「いいや、ここにおるぞ」


 と、俺の後ろにいたルビちゃんが声を出す。


「む、この少女は……?」


「我こそ、栄えあるエンシェントドラゴンの一族が一人、ルビードラゴンである! 出会えたことを光栄に思え」


「は、はあ。あの、お嬢ちゃん? お父さんお母さんはどこですかな? こんなところでふざけていては危険ですよ、危うく血みどろの戦場となるところだったのですからね」


「なにをっ! 我はお嬢ちゃんなどではない! 仕方ない、この姿を見よ!」


 そういうと、彼女は先ほど見たような全身を包む光を発し。


「これでどうじゃ!!」


「ひ、ひえっ!?」


「構えー! 構えー!」


 ドラゴン形態となったルビちゃん、いやルビードラゴンを見た兵士達が、慌てて武器を構える。自分たちの何倍もの巨体が現れたものだから、幾らかの兵士たちはパニック状態だ。


「なんじゃなんじゃ、我とやりあおうというのか人間ども、ぬふふ、久しぶりに自由に身体を動かすいい機会じゃ。思う存分かかってこいぞよ!」


 ルビードラゴンは炎を天に吐き吼える。サービスなのかそれとも気合が入っているのか、はたまた自由の身になって本来の力を出せるようになったのか。先ほど俺たちと戦闘している時とは違い、カオスに投げつけた火の球のように青色に光る炎だ。


 咆哮も地面がビリビリと響くほどの大きさで、思わず耳を塞いでしまう。"がおー"なら可愛いが"ぐおおおおお!" なので全然可愛くないしむしろ怖い。


「や、やばいやばい、こんなの勝てるわけない!」


「隊長ー! どうするんですか!?」


「ひええええ、ドラゴンいやあああぁぁ」


 その戦闘モードに入る姿を見た兵士たちに恐慌が広がる。中には武器を捨て逃げ出す者、勝手にルビードラゴンに突っ込んで軽くあしらわれる者も出てしまう始末だ。


「ちょっとちょっと、何してるんだ皆!」


「皆様危険です、お下がりくださいっ! 一体どこから現れたっ、先程まで姿形すらなかったはずなのに……!」


「いやいやいや、話を聞いてくれ!」


 グアードは辛うじて正気を保てているようだが、


「だがドラゴンが!」


「だからそのドラゴンについての話だってーの、いいから皆一旦武器を納めてくれ。簡潔にいうとこいつは俺たちに敵対する意思はない!」


「なんだと?」


 グアードは何を言ってるんだ、頭がおかしくなったのかとでもいいそうな顔だ。


「ほらルビちゃんも、人間に戻って」


「ええ〜、せっかく暴れられる機会じゃのに?」


 エメディアがルビードラゴンを諭すが、向こうは首輪の力で押さえ付けられていたせいかドラゴン形態で体を動かす気満々なようだ。


「ダメなものはダメよ! 貴方が暴れたら皆すぐに死んでしまうに決まっているもの。それに、無闇に人を傷つけるようなら今後一切お菓子抜きにするからね!」


「なん……じゃと……」


 ルビードラゴンはその巨体にも関わらず、某少女漫画のように顔に縦線が走り背後にピシャリと雷が走ったような驚愕の表情を浮かべる。


「おおおおおかし抜き、それはクッキーもか?」


「そうよ、みんなを襲うっていうなら王都に行っても何も食べさせてあげないからね。二つに一つよ!」


「ぐぬぬ、それは困るのじゃ……これ以上長い期間お菓子が食べられなくなったら我は死んでしまうのじゃ!」


 どんだけ人間のお菓子が好きなんだよ、これじゃあクッキーに釣られて捕らえられたのも頷けるな、うん。


「じゃあわかってるわね?」


「う、うむ……仕方ないのぉ」


 シュルルルル、と光に包まれ小さくなるルビードラゴンは、またルビちゃんの姿へと変身した。


「これは一体……本当に彼女がドラゴンだというか!?」


 ざわめきが広がる。怖がっていた兵士たちも、目の前の奇怪な生物を見て恐怖よりも驚きの方が勝ってしまっているようだ。


「そうだ、彼女こそが、ルビードラゴンのルビちゃんだ。というかさっきからそう言っているじゃないか、俺たちが操られていた彼女を助けたからか、行動を共にすることとなったんだ」


 その話を聞いたグアードから見られたルビちゃんも頭を振り同意する。


「その通りじゃ、我も直ぐに巣へ帰ることはできんからの。実は成人したと同時に家出同然で飛び出して来たから今更戻るのは気まずいのじゃ」


「はっ? 家出?」


 なんだそれは、初耳だぞ。成人したから一人旅をしていたんじゃないのか?


「そこはいいじゃろう、我にも羞恥心くらいあるのじゃ……」


「羞恥心? 成人することと何か関係が?」


「ま、また今度教えてやる! 今は気にするでない。ともかくまあそういうことじゃから、兵士の諸君はもう相手をしてくれなくていいぞ。お菓子の方がずっと大事じゃからな」


「は、はあ……本当にいいんだな?」


「ああ、すまないなグアード。俺たちのことを気にしてこんな兵士を用意してくれて、大変だったろう」


「いや、こちらこそ直ぐに出てくることができずに、勇者様方にお任せすることとなってしまったからな。そもそもあんな決闘だって律儀に受ける必要はなかったのだが、陛下の命令もあったことだしな……」


 やはり国王陛下が何かしら噛んでいたようだ。だが流石にあのお方もドラゴンが現れるだなんて想像してはいなかったはずだ。


「じゃあ撤収する! 今度何か奢ってくださいよ」


「はいはい、わかった」


 小さな声で催促して来た彼に返事をする。それくらい構わないだろう。上司(一応の名目上は向こうがトップとなるのだが)が部下に奢るのはこの世界でも一般的なようだからな。


 そして未だに困惑している兵士たちを連れて城へ帰ったグアードを見送ると、俺たちはもう一度集合する。


「後で国王陛下にも軍を混乱させたことを謝らないとね。それでやっぱり城に戻る? それともこのまま家出したというベルちゃんを送り届けでもする? 転移魔法を使えば、場所さえわかれば直ぐだと思うけど?」


「いや、それには及ばん。それにいかに貴様らと言おうとも、人間に我らの巣を教えることは禁忌なのじゃ。後、我らの身体と同じく例え巣に辿りつけたとしても魔法障壁が張ってあるから転移なぞ出来んし。普通に巣の中に入るにも、ドラゴン族以外は中からの許可が無い者は巣に入った瞬間かけらも残さず消え去るからの」


 中々高度なセキュリティのようだ。ドラゴンに会うのも一苦労なのがよくわかる。ということは、魔王討伐の最中にその長に出会えたベル達はある意味よほど運が良かったらしいな。


「そういうことならば、取り敢えずは城の部屋に戻った方が良さそうであるな」


「そうですね。でもその前に、あの死体を……」


 とデンネルの提案にミュリーが待ったをかける。


「ああ、片付けないとだったな」


 公爵の死体は未だ真っ二つなまま地面に落ちている。こう見るとグロいな。いくら敵対して来た者とはいえ、人間の死体は見慣れたくないものだ。


「あ、あの使用人の死体は? ルビちゃんまさか……」


「むしゃくしゃしてやった、反省はしておる」


 シュン、と下を向いて落ち込むルビちゃん。それを見て、エメディアがよしよしと頭を撫でた。

 彼女も、恐らくは首輪で力や行動を抑制されていたことへの鬱憤が溜まっていたのだろう。


 俺たちと倫理観も違うだろうし、殺したからと言って彼女だけをすぐさま責め立てるのは間違っているという結論にその場はなった。


 そしてそのまま一先ず、公爵の死体を袋に入れて城の中庭へ転移した。



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