第62話
「それでこれからどうするんです?」
もうすっかり夜になり、辺りは真っ暗だ。王都から離れた森の近い草原にいるということもあって、人通りは全くない。
また、獣の声も聞こえてこず、おそらくは彼女という強者の存在に怯えているものと思われる。
「そうじゃな。一先ずはお主達に恩を返したいのじゃが、そもそもなぜ我と戦うことになったのじゃ?」
「ああ、それは――――」
と俺はルビードラゴンに対して決闘に至るまでの経緯を説明する。
「ふうむ、なるほど。馬鹿な人間もおったものだろう、この我を道具として使おうとしたとは……」
「ルビードラゴン様は決闘のことご存知なかったのですか?」
「ああ、知らん知らん。引き渡された後はずっと屋敷の中で幽閉されておったし。今日も、あの太った男の下僕に操作されてここに連れてこられただけじゃからな」
「逃げ出そうとは思わなかったんです?」
「いやあ、それが、あの屋敷で出る食事がなかなか美味しくての。別に傷つけられていたわけではないし、大人しくしておいたら適当に世話をしてもらえるからつい居ついてしむっていたのじゃ。それにそもそも、首輪の力が強大での、まさか人化竜化も自分の意思でできないとは恐れ入ったものじゃ」
ルビードラゴンは頬をポリポリと掻きながら目をそらす。
「……」
「……」
「……ま、まあ、うん」
「……可愛らしい? ですね」
微妙な空気が流れるが、致し方ないだろう。
「でもそんな強力な魔道具、果たして誰が用意したの? 公爵がどこかの職人に作らせたとか?」
「ううむ、どうでしょうか。僕の知る限りでは、人間が作るには難しいと思えますが。このようなドラゴンを抑えつけるような仕組みを組み込むのは相当な技術が必要ですよ」
エメディアの問いにドルーヨが答える。そうなのか、ますます犯人の特定ができないな。もし同じものが今後出回ることになったら、本当にドラゴンを使って軍隊を作ってしまう国が出て来てもおかしくはない。
「それ以前に、ルビードラゴン様は、誰に捕らえられたんです? 偽のお菓子屋さんやらクッキーやらを用意した人がいるはずですし」
「そうだわね。そこんとこルビちゃん、どうなの?」
「る、ルビちゃん!? なんじゃその呼び方は!?」
ルビードラゴンはエメディアがそう呼んだことに驚きプンスカ騒ぐ。
「別にいいじゃない、この姿を見ていると、頭を撫でたくなってしまうわ」
「ちょ、やめ」
シャクシャク、とエメディアは"ルビちゃん"の赤色のストレートヘアを撫でる。
「むむむむう、しかしなんだか気持ちいいぞ」
だが最初は怒っていたルビちゃんも、次第に態度が軟化する。
「なんだかうちの妹を見ているみたい。早く会いたいなあ」
へえ、彼女には妹さんがいるのか。そうだよな、みんなにも家族がいるんだから、早く会いたいに決まっている。もう2年以上顔を合わせられたいないはずだし。
それにしても、エメディアも身長がそんなに高くないため、同い年の子達が戯れているようにも捉えられる。見る人が見れば萌え上がりそうだ。
「ううっ、我はエンシェントドラゴンの血族なるぞっ!」
「はいはい。それで、誰に首輪をつけられたのよ、そいつが首輪を作った可能性も高いわ」
「そ、そうじゃったそうじゃった。そいつは確か、我を捉えたときにこう名乗っておったの。『カオス』と……!」
ルビちゃんがその名を紡いだ瞬間、彼女の後ろの空間が不意に歪み、黒尽くめの格好をした何者かが現れた。
「ふむ、やはり壊されてしまったか」
「!?」
「誰だっ!」
「あれは、カオス!」
皆で瞬時に陣形を整え、ルビちゃんを囲むような配置に立つ。
「ほう、中々の素早さだ。流石は戦い慣れた者達、ということか」
顔までフードに覆い隠された姿の、声や見た目からは性別が判別できないソイツは、フードから見える口元を上げる。
「我はカオス。この世に混沌をもたらすものなり」
「カオス、またあったな! 今度こそ決着をつけてやる!」
ジャステイズが剣を構えながら睨み付ける。
「ふふふ、何を愚かな。私は別に戦いに来たわけじゃない。ただ、あなた方の様子を伺いに来ただけだ。しかし、その役目はすぐに終わってしまったようだな」
「何を言っている?」
「なぁに、我らの作った首輪がどうなっているか確かめにきたのだ。消滅してしまった以上、回収しようはないけどな」
カオスと名乗る人物は、ルビちゃんの方を見つつ肩を竦める。
「お主……そうじゃ! 確か、こんな格好をした奴らに連れられて偽のお菓子屋で捕らえられたのじゃ!」
なんだと? するとカオスは首輪を作っただけではなく、最初からこの一件に絡んでいたというのか!
でも待ってほしい、こんな如何にもな格好をした奴らにホイホイとついて行ったということか? ちょっと抜けているなこの娘……
「ほほう、ドラゴンさんはすっかり勇者パーティと打ち解けたようで。まあ、私の役目はこれで終わり。首輪のデータも充分取れていることだし……またどこかで相見えよう!」
カオスの姿が先ほど現れたときのように空間ごと揺らぎ始める。
「まつのじゃ!」
ルビちゃんが、手のひらに青い炎を出現させ、ハンドボールのようにカオスの立つ地面に叩きつける。
しかし、なぜか奴には当たることなく、そのまま地面に衝突し激しい火柱が巻き上がった。
「ではまた、その時までご機嫌よう」
「くっ、お前たちは一体何が目的なんだ! どこからここへ来た!」
ジャステイズがワンテンポ遅れて叫ぶが、既に奴の姿は消えかかっていて。そのまま不気味な笑みを携えたまま、カオスの姿はその場から消滅してしまった。
「……カオス、また私たちの邪魔を」
ベルが苦しげな表情で呟く。
「俺は名前は聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだ」
「そうね、そうだったわ。そろそろ、きちんと詳しい話をしておいた方が良さそうね」
「そうだな。これから先、旅路でまた出くわす可能性もある。というよりも、彼らは僕たちになんらかの意思を持って接触しているように思えるしね」
「だわね。ルビちゃんにも、聞いておいてもらいたいし」
「我にもか? じゃが確かにあやつのあの転移魔法、気になるな」
ルビちゃんは何かを考え込む。尻尾が横にゆったりと揺れていてどういう感情かわかりやすい。まるで猫のようだ。
「ルビちゃん?」
「ん、いや、ちょっとな」
「我もいい加減頭に来たのである。一体この国どこまで入り込んでいるのか……」
デンネルのいうとおり、カオスは現状公爵に侯爵とこの国の上位に位置する者たちへ取り入るほどの力があるということだ。もっと正確に言えば、コネクションを得られる立場にあるのだろう。俺たちは立場上そのような人たちに出会う機会は多いが、本来ならば接触する事すら難しい人達なのだから。
「とにかく今ここで議論をしていても仕方ありません、一旦城に戻りましょう」
「私も賛成です。陛下に報告しておくべきかと」
ミュリーとドルーヨの提案に素直にのるべきだ。そもそもが、決闘も何もあったもんじゃないしな。一応とはいえ公爵が死んでしまったのだから、陛下もそれなりの対応を考えなければならなくなった。
「だね、じゃあ私の転移魔法で……あっ」
「ん、どうしたんだベル?」
ベルは何かを思い出したようで、ヤバい、と寝坊したサラリーマンのような顔をする。
「ドラゴンがいなくなったこと、報告してない」
「あっ……」
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