第214話
二日目、三日目、と和平交渉の事前折衝は少しずつではあるが煮詰まっていき。
四日目、いよいよ正式な和平交渉を行う時となった。
「ふむ、あの人が大統領か……」
大会議室。その席に着く前に目に入ったのは。部屋の奥中央の席に座るスキンヘッドの大きな男性だった。
その男性は周りにまとわりつく役人たちから何やら説明を受けているようで、俺たちが入ってきてから数分して、ようやく席から立ち上がりこちらにやってきた。
「お待たせしてすまない。わたしが、この国の大統領を務めているオールドリン=ニュウ=アンダネトだ。よろしく頼む」
「俺たちはーー」
お互いに一人一人紹介していく。共和国陣は、明らかにこちらを見下した態度をとっており、会議室内はあちらが敗戦国だというのにまるで立場が逆転したような空気だ。
「それで、和平交渉をしに来たと伺ったのだが」
「はい。私たちは貴国の遠征軍を全て、跳ね除けました。言い方を変えれば、殲滅させていただきました。宣戦布告もなくいきなり襲ってきたのです、野蛮だなどとは仰りませんよね?」
「…………」
事前に説明を受けているはずなのに、大統領はショックなのか目を瞑り黙りこくる。
「従って我がファストリア王国以下連合軍は、然るべき補償を求める権利を保有していることを主張いたします」
「……うむ、仕方がない、負けを認めよう」
「大統領!」
周りの臣下――――ここの場合は普通に部下か――――たちが驚きを露わにする。事前に内容を詰めていたといえ、やはり国のトップが負けを明言するのは衝撃が大きいのだろう。
「こうして娘も捕まっているのだ、最高司令が捕虜となり、艦隊の帰還も絶望的。これを敗北とせずしてなにが戦争なのか。それとも貴様たちは、国民全員を徴兵してまで攻め続けろというつもりなのか? 少なくとも俺は、大統領としてそのような愚行を認めることは到底できない。大人しく認めるのだ、我らポーソリアル共和国は彼ら彼女らに力負けしたのだと。フッ、まさか、蛮族だと侮っていた輩がこれほどまでとは思いもよらなかったがな、いったいどんな秘術を使ったのだ?」
「秘術ではありません。貴方がたの戦力が私どもの戦力より劣っていた。貴方がたの戦略戦術が、私どもの戦略戦術よりも下回っていた。ただそれだけの話だと思いますが。実際、最初侵攻が始まったとき、我々は南大陸の上端まで追い詰められました、その時点まではそちらのほうが一枚上手だったのは確かなはずです」
「なるほど、一理ある」
大統領は強く頷く。なんだ、もっと強気に出てくるかと思ったのに案外物分かりのいいおっさんじゃないか。マリネさんからは黒い噂を色々聞いているが、それもどこまでが本当なのかわからないな。
「お分かりいただけましたら幸いです。それで、賠償の話なのですが」
「少し待ってくれ」
「はい?」
スキンヘッドの偉丈夫は、そういうと席から立ち上がる。
「確かに我々はこの度の戦に負けた。覆しようもない事実だ。しかし、それは既に過ぎ去ったことであろう」
「と、申しますと?」
そのまま窓際まで行き、外を眺める。
「ポーソリアルは強い国だ。強い国は負けてはならない。この南大陸の覇者でありたいのなら、常に前進し続けなければならないのだ。もしそれができなければ、周辺国家からは落ちぶれたと判断され舐められっぱなしになるだろう」
「はあ」
「だが幸い、その国々も魔王軍の侵攻によってだいぶ疲弊している。態々我が国へちょっかいを出す余力は残っていないはずだ。よって、一度負けたからと言って諦める必要もないわけだな」
「なにがおっしゃりたいので「ヴァンさんっ!」しょうか?」
サファイアの叫び声で、大会議室の壁伝いに並んでいた兵士たちが少しずつ動き出しているのに気がつく。
「我が国はここに宣言する!! ポーソリアル共和国は、現時刻を持って貴国及びその周辺国家に対し大規模反撃戦を行う!!」
その宣戦布告と同時に、俺たちを銃声が包み込んだ。
「…………ッッッぶねえ!」
が、俺はすぐさま障壁を張る。自分自身のみならず仲間の分もだ。手が届かなかった者に関してはルビちゃんらが手伝ってくれたようで、そちらもなんとか防げたようだった。
「ヴァン、やばいわよ」
「言われなくてもわかってる! 大統領、これはどういうことだ!」
「どうもこうも、貴様が例の勇者とその仲間たちであることは既に調べがついている。ふふふ、まさか和平の使節団にスパイが潜り込んでいたとは思うまい」
「なにっ!?」
そういえば、いつのまにかマリネさんの護衛の兵士の一人が居なくなっている。まさか、あいつが間諜だったなんて……! おそらく南大陸を侵略しているときに陸へ上がった者の中から潜り込んだ奴がいたのだろう。もしくは、ここに来た後に誰かと入れ替わったか。どちらにしても大きな失態に変わりはない。
「まさか敵の最大戦力自らがのこのことやって来てくれるとは嬉しい誤算だった。本来は、そこの我が娘を暗殺してそれを貴様らに押し付けるつもりだったのだ」
「お父様っ!?」
「なんだと! 実の娘なんだぞ!」
「そんなのは関係ない。なあマリネ、お前なら私のために死んでくれる、優しい家族想いの娘だと信じているぞ? こいつらを消した後、お前もすぐにあの世へ送ってやるから心配しなくていいぞ」
大統領は娘に向かってとんでもないことを言い出す。だがその表情は下卑た悪党というわけではない、子煩悩な父親そのものな顔だ。本当に娘のことが好きで、面白いおもちゃを買って与えてやったような優しい笑顔。それが余計と、この男の異常性を強調している。
「お父様……それは、出来ません!」
「なにっ!?」
大統領は心底驚いた様子だ。だがそんな父親をみて、娘はさらに憤りを激しくする。
「私も、許されざることを犯してしまいました。それは、この少年……ヴァンくんのことを好きになってしまったということです。敵国の人間に惚れてしまう、それも自軍の大将が。明らかに国家に反逆する行為であることは言うまでもありません。ですが、私の中のワタシが囁いているのです、自分に嘘をついてはいけないと。一生に一度かもしれない本物の恋、それを捨ててはいけないのだと」
マリネさんもマリネさんで、なかなか歪んだ価値観を有していることは以前本人の口からも聞いている。だが、死ねと宣う父親の前で恋心を暴露する、それはきっと彼女なりの反抗なのだろう。
「な、なにを言っているのだ、お前は……! そんなの、そんなの認められんぞ! おい、兵士たちよ、さっさとこいつらを捕らえるのだ! 生死は問わん! 勿論、そこの……そこの"女"もな!」
いよいよ娘扱いすらやめたようで、女呼ばわりだ。だがその中に、少しの躊躇いが含まれていたのは気のせいだろうか?
「ヴァン!」
「ああ!」
だが、みすみすやられてやる必要は全くない。俺は、マリネさんも含めたこちら側の人間を全員魔法で引き寄せ、一瞬でその場から消え去った。
「ふう。大丈夫か、みんな!」
転移先は、ファストリアの中庭。いつもの指定転移場所だ。
「ええ、大丈夫よ」
「私もです」
「我もじゃ!」
等々、官僚や護衛も含めた全員の生存を確認する。
この距離をこの人数で転移したわけで、流石の俺でも魔力がゴッソリ減ったのを感じる。転移魔法は距離と同伴人数に比例するためだ。
「くそ、なんでやつなんだあの大統領!」
「お父様……どうしてあんな風に。本当に、昔は優しいお方だったのに」
マリネさんも父親の醜態を目の当たりにし大きく気落ちしている。
「マリネさん……みんな、取りあえず城の中に入りましょう」
そうしてやってきた兵士たちに守られながら、俺たちは一同陛下への報告に向かった。
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