第215話
「ふむ、正式な宣戦布告、か」
陛下は顎に手をやり何やら熟考なされている様子だ。
「申し訳ありません、私どもの不手際でこのようなことに」
「いや、謝る必要はない。まさか和平交渉の場で使節を攻撃するとは。共和国はどこまでも我らを愚弄する気なようだ。全く、野蛮なのはどちらなのか」
「左様で」
女宰相がすかさず相槌を入れる。ただその目線はこちらに向いており、何かを言いたげた。
「む、キュリルベクレ宰相、なにか?」
「はっ、僭越ながら申し上げさせていただきますと。交渉に失敗した責はきちんと取らすべきだと愚考いたします。相手が如何様な存在であれ、国家の代表として出向いたのです。役職を得るということはすなわち同等の責務を得るということ。相手が悪い、こちらは全面的な被害者だ、という主張は控えるべきだと存じます」
「しかしだな」
「陛下、誠失礼ながら陛下の国家構造改革、それには必要な手順だと存じますが? 国のトップの一存で功罪を決めるのではなく、定められた手順とそれに基づく合意によって判断が下されるべきでしょう。そうでなければ、この国はいつまで経っても旧態依然な制度から抜け出すことはできません」
「なるほど、な」
いやいやちょちょちょ! 宰相閣下何言っちゃってんの!? なんかいい感じにお流れになるところだったじゃん! 何故蒸し返すんですかねぇ?!
とは口に出すことは当然できず、お二人の間で交わされる会話はただ聞くことしかできない。
「では、こうしようではないか。宰相の提案も一理あるが、一方的な処分を下しても角が立つ。ヴァン=ナイティス以下同行者は和平使節団及び現役職を解任。だが同時にその危険な旅路を引き受けてくれたことに対する特別俸給を支給する。書類上は退職扱いにするので年金も出るぞ? 生活に困らないくらいのな。もちろん、再就職がしたければ斡旋もしよう、まあ王城内で再登用するのは難しいだろうが。どうだろうか?」
「なるほど。それでもし次戦で勝つことができれば、別の人物を共和国へ向かわせると」
「うむ。異存ないな?」
「私めはいつでも陛下の御心のままに」
「ぎょ、御意」
要は退職金出しますよということだろう。厳密に言えば退職ではないが、似たようなものだ。後のことは他のものに任せることとなってしまうが、交渉に失敗した事実は消えない。これ以上俺たちの顔に泥を塗らないよう、陛下は取り計らってくださっているのだ。宰相閣下も頷いていることから、これくらいであれば王権の濫用には当たらないと判断されるようである。責任者に責任を取らすのは国家形態に関係なくどこの世界どこの国でも起こりうることだからな。逆に言えば責任者とはそのために大抵高い金をもらっているのだから。
王城の中には噂話が好きな者、他人を貶めるのが趣味な者はたくさんいる。そいつらに少しでも足元を掬われる可能性を低くするためにはこの辺が落とし所であろう。
……でもこれって俺たち、無職になるってことだよな?
「さあ、皆のもの退室して良いぞ。ああそうだ、ヴァン=ナイティス卿はここに残られよ」
「はっ」
使節団の面々が謁見の間を後にし、俺だけが残る。彼らも
「ふう、改めてご苦労だったな」
「いえ、滅相もございません。ファストリアのためならこの身を捧げる覚悟は常にできております」
「そうか、私も嬉しいぞ。貴殿のような愛国心あふれる若者がいるうちはこの国も安泰だろう」
「そんな、勿体なきお言葉」
俺は改めて最敬礼をする。そこまで褒めてくださるとなんだかむず痒い。
「謙遜するな。それでだ、『ナイティス騎士爵』に要請する。これから再び攻めてくると思われるポーソリアルの艦隊を迎え撃ち、これを殲滅せよ」
「陛下、俺は……私は、役職を解任されたはずで?」
「その通りだ。そちはもう国軍指導官でもないし、グアード元帥の仕事仲間でもない」
ちらり、と壁側に立って同席するグアードを眺める。どことなく寂しそうな表情だ。
「しかし、私は爵位までは取り上げるつもりはない。一度支援を表明した以上、撤回するのは王家の外聞に関わるのでな」
「は、はあ」
「であるが故に。騎士爵家当主としての出頭を命じる」
「陛下、それはつまり。私にチャンスをくださるというわけでございましょうか」
王宮勤めではなく、騎士爵位持ちとしての俺に対する要請か。
「無論、交渉は失敗したがその前時点である艦隊撃滅に関する評価は高い。それに、勇者ベル=エイティアの配偶者でもあるそちを冷遇すれば、国民の反発も招くのは必至。戦力としての期待は当然あるが、国家改革を行うまえにクーデター等でファストリア王国が衰退することは避けなければならないという現実的な事情も存在する。少なくとも国軍からの信頼は厚いのはよくわかっているつもりだ、そうだろうグアードよ」
「はっ、仰るとおりでございます、陛下」
「発言、失礼致します。それにナイティス騎士爵、これ以上陛下のお手を煩わせないように。国王陛下御自らが失態を拭う機会を与えてくださる、その重みが如何程のものかわからない卿ではないだろう? 今や国一番の強者となった卿を幼い時分から見出し登用なされた陛下のご慧眼に感謝せよ」
宰相閣下はいつもの真顔で、しかし少しだけ怒気を滲ませながら述べる。
「ふふふ、宰相よ、それはいくらなんでも買いかぶり過ぎではなかろうか?」
「出過ぎた真似をし申し訳ございません」
「よいよい、確かに私の目が腐っていなかった証明にもなるな、うむ。私という個人が個人として評価される世の中になるのはまだまだ先だろう。しかし、その世を作り上げるための一石として、その力を貸してほしい」
「御意に。私めの力がお役に立てるならば、例え死地であろうとも笑顔で赴いて見せましょう」
陛下はどこまでも俺のことを信用信頼してくださる。プリナンバーなど関係なく、純粋な能力を認め人を登用する。だからこそ、今代の国王陛下はここまで沢山の支持が集まるのだろう。
王(為政者)は孤独、とよくいう。だがそれを支える人々がいるからこそ、後ろを任せることもできるというものだ。前だけを見つめておけるのは名君の特権と言えるだろう。
「よい気概だ、だが死んでくれるな? 強い戦士には引き際が大事だぞ。生き延びる時に生き延びるからこそ、強者は強者たるのだ」
「御言葉、しかと身に刻ませて頂きます」
再度最敬礼をし、この場から立ち去った。
「ヴァン、どうなったの?」
「ああ、再びポーソリアルの軍隊を退けよとの勅命を賜った。また戦ってくるよ」
「私も一緒に、いい?」
「まずは相手の規模を見てからとしか。前回は相手もこちらを侮っていた節がある。実際、俺たちが跳ね除けるまでの間してやられたのは事実なんだ。十五万からなる大兵力ではあったが、それでも足りないと見れば大量に投入してくるのがセオリーだろう。もしくは、なんらかの超兵器を有しているかもしれない。どちらにしても、まずは偵察してからみんなに手伝ってもらうかどうか判断するよ」
「でも……」
「ヴァンさん、私たちはどうすれば。ドラゴンはあくまでも協力という名目でしたので、お爺様はそろそろ一旦手を引けと仰っているのです」
その言い出しっぺの方を見ると、腕組みをして難しい顔をしている。
「うむ、我らが深入りしすぎると、必ずや将来に禍根を残す。ドラゴン族はあくまでも中立的存在だということはゆめゆめ忘れるな少年よ」
「はい、心得ておきます。ご協力ありがとうございました」
「ではワシらはこれでおさらばじゃな。元気でな、皆」
案内役の兵士に連れられ、ドラゴンズが客室を後にする。
「ヴァンさん……またすぐに逢いに来ますから……!」
「うん、待ってる」
せっかく恋仲になれたが、サファイアもエンシェントドラゴンの血族。遠距離恋愛にはなってしまうけども、引き裂かれる事態を回避するために遠回りするのも大事なことだ。
「わ、我もよければヴァンとーー「はいはい、お姉ちゃんいくよ!」ーーおいやめるのじゃサファイア〜〜っ!」
ルビちゃんがなにか言いたげだったが、妹に引きずられ退室していく。なんだったんだろうか?
「さて、敵さんはどう動くかな?」
★
「陛下、よろしかったのでしょうか?」
「ん、なにがだ、キュリルベクレ宰相よ」
「彼のことです。ただでさえ沢山の妬み嫉みが向いていますが……」
「よい。あれでよいのだ。あやつはこの国にとっての劇薬。猛毒にもなれば、良薬にもなる。全ては扱い方次第なのだ」
「陛下は、将来的にどちらに転ぶとお考えで?」
「私は……ヴァンは未だ己を取り巻く環境に気がついていない。もはや人一人の命という枠を超えてしまっているのだ。過ぎた力は身を滅ぼす、それは歴代の勇者が示している通りだ」
「ええ」
「ならばこそ、守ってやらねばならん。毒を持って毒を制すこともあれば、薬の量を誤って死なせてしまうこともある。良薬だからと言って必ずしも全ての役に立つとは限らんのだ」
「では、陛下は」
「あやつには
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