第216話

 

 そうして三週間後。南洋に配置された斥候の報告によりいよいよ敵の姿が確認された。遅いように感じられるかもしれないが、戦争準備という点ではそれほど暇があるわけではない。兵力・兵站の準備に陣の展開等の戦術周知、他にも南大陸の国家との折衝も含まれる。

 特に沿岸国は被害が大きく、ショバ代名目でこれからの戦利品を多く融通したり、その代わり共和国がもたらした技術の解析の提携をしたりと。軍事面以外でのアレコレもあり、当然俺は(臨時報酬と出たので)転移魔法でこき使われた。


 敵は海を越えてやってくる。しかも、前回のあの艦隊を上回る兵力であろうことは容易に推測できる。なので沿岸全域を警備する為にはファストリアの独断専行ではなく各国との協調が不可欠だ。そのため、帝国以下南大陸以外の国家の支援も受け、魔族の手に堕ちていたため人間の国家が存在しない北大陸を除いた四大陸連合として迎え撃つ事になった。


 当然、ジャステイズ達も参戦するわけで。ルビちゃんたちはいないものの、久しぶりにいつものメンツが揃ったので最初に侵攻を受けた土地、ロンドロンド首長国連邦内にあるレミラレミソ国、その港町であるミレにて会合を持っていた。


「いよいよね」


「はい。今回はドラゴンさんたちはいないと聞いています。残念ではありますが、致し方ありません。私たち人間の戦いに巻き込んでしまっていたことがそもそもの間違いなのですから」


 ミュリーがしょぼくれながらも、己に言い聞かせるようにそう呟く。


「大丈夫さ、あの娘たちに頼らなくてもやってやれるってところを見せよう。エンシェントドラゴン様にも僕たちはまだまだ捨てたもんじゃないと思ってもらえるチャンスだ」


「うむ。我のこの拳でバッタバッタと敵をなぎ倒してやるのである」


 男陣は、それでも気合十分なようだ。デンネルだけではなくジャステイズもテンションが高いのは、この前と違って本格的に戦に参戦できるからだろうか。

 フォトス帝国は以前と同等の戦力、五個師団五十万人に加え三十万の後方支援を送り込んできている。デンネルも道場の仲間達を引き連れ防御陣最前線での遊撃部隊だ。


 今回の戦は、積極的に敵を排除に向かう突撃陣と、徹底的な防衛を主とした防御陣に別れている。それぞれ百五十万、二百五十万の計二十カ国連合による大規模動員だ。

 直接的な兵力を参加させずとも、金銭物資の面で支援を行う国家もあり、それらを合わせるともっと増える……まあその分、戦後の利益分配で揉めそうな気もするが。一応会議によって決まりはしたものの、それでも後から口出ししてくる所がないとも限らない。対魔王軍では純粋に一致団結していた人類も、同じ人類相手だとそうはいかないのだ。


「エメディア、動いても大丈夫なの?」


「ええ。城で待っていても逆に心配でストレスが溜まるもの。夫が目の届くところにいた方がよほどこの子のためにもなるわ」


 そして。エメディアのお腹の中には新たな命が芽生えている。こんなご時世なので盛大な、というわけにはいかなかったが、帝国では判明と時を同じくしてそこそこな規模の結婚式が行われた。当然俺たちも参加したが、孕ませた後の結婚だったので一部からは咎めるような声も上がっているという。まあすぐに鎮静化する類の難癖なので大丈夫だとは思うが。


「なんやまあ、あんさんらもお盛んなことやね」


「お母さま、下品ですよっ!」


 そして、この親子も。当然、セミショートの黒髪ドラゴンの方は人間の姿でこの場にいる。だがあくまでもホノカの付き添いという体なため、手出しは一切しない。抜け穴な気もするが、事実実質的な親子なのだから嘘ではない。それにエンジ呪国の代表としてこの場にいるため簡単に追い出すこともできないのだ。


 なおホノカは今もブラドラのことをお母様と呼んでいる。『母親が二人いるなんて私は贅沢ですね』と言っていたが、本人は嬉しそうなのでそういう親子の形もあるのだろうと思う。


「でもホノカもそのうち身篭らなあかんねんで? 帝国との約束な訳やしな」


「うぅ、そ、それは……努力いたします」


「ホノカっ、やめてくれ。僕まで恥ずかしくなってしまうじゃないか!」


「ああっ、も、申し訳!」


「でもジャステイズ、私の時はノリノリだったくせに。意外とスケベなんだから」


「うおおおお二人とも僕をどうするつもりだああああ」


「「「「あはははは!!」」」」


 ふざけあいながらも、久しぶりの楽しい時間は過ぎていった。





 それからさらに五日後。敵の使者がやってきた。宣戦布告の書状を携えてだ。流石に口頭だけで終わらすつもりはないらしく、逆に共和国はそれだけ本気でぶつかってくる気なのだということを知らしめていた。少し前まで蛮族と侮っていた輩にむざむざとやられてしまったのだ。大統領としてもさぞプライドが傷つけられたのであろう。使者の口からはそれらが表立って見受けられるほどの強気な言葉が並んでいた。


「あいわかった。返事を遣す、暫し待たれよ」


「ご健闘を」


 使者は護衛に連れられて一言吐き捨てるように添え、謁見の間を後にする。


「……ふう」


「陛下、あの者の首は」


「そのようなことをせずとも良い」


 レオナルド陛下は此度の防衛戦争の総大将だ。なのでこのような場では代表として受け答えをすることになっている。当然その周りには各国の代表が椅子を並べており、即席の謁見の間、その壇上に複数の首長が顔を揃えている光景は少しシュールでもある。本来は王一人のみ(王族も許可されることはあるものの)が踏み入れることを許されるスペースなのだ。


「かしこまりました、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません」


「よい、頭を上げよ」


 キュリルベクレ宰相はファストリアにおいて陛下の代わりに執務を取り仕切っている。なお"顔"として代理に立たれているのは、王太子殿下だ。


 殿下はお忙しい身であるらしく、俺はまだ一度も顔を合わせたことがない。それどころか、第一王女、第二王女殿下もだ。御三方とも陛下の御宣誓などであの中庭のバルコニーを見上げた先でかろうじて確認しているくらいである。

 そもそも俺のような木っ端貴族の身分の者が王国の最上位に位置する王族に易々と会えること自体、おかしいのだ。今はもう平民扱いであるエンデリシェだって、彼女が医務室によく出入りしているとか、ベルとお友達だったとか、いろいろな条件が重なって顔合わせができたところから始まっている。一度もその姿を直接目にすることがないまま死にゆく人間の方が圧倒的に多いのだから、それだけで如何程の幸運かが解るというものだろう。


 そのため、今はグアードが陛下の御付きとなっている。王都では快復したバロメフェイスが詰めているし、ここには王国軍の大半が出征しているからな。なおそのためにグアードは残された書類整理をハイスピードで終わらせたため今現在も萎れた雰囲気を醸し出している。こんなところにも侵略の弊害が出ているとは。


 そんなグアードの提案を陛下は一蹴になされる。使者も自らの首を覚悟していただろうが、そんなことをすれば再び野蛮人だなんだと相手に付け入る隙を与えることになる。戦においては我慢すべきところは我慢することが大切だ。皆が皆血を滾らせてしまえば収集がつかなくなる。その点、レオナルド陛下が場をコントロールされているうちは安心だ。


「さて、これで後には引けなくなったわけだ。書状を持ち帰らせたらすぐに戦端は開かれるであろう。皆のもの、それまで暫しの間休息を取られよ。各国の王達も、それでよろしいか?」


「異存はない」


「士気を高めるのもまた為政者の役目であーる」


「私も同じ考えです」


 等々、全会一致で休息の時間を設けることになった。


「……じゃあ、行こっか」


「ああ」


 各国首長が退室したところで、それぞれの部下達も後に続く。俺たちも一同、ファストリアに与えられた陣地へ向かうことにした。






 ★





「ふふふ、今に見ていろ、野蛮人どもめ」


「大統領、よろしいでしょうか?」


「ああ、やれ。野蛮人に礼儀など必要ない、徹底的に叩き潰すのだ!」


「はっ!」


 鋼鉄の船の先端が、紫色に光り始める――――



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