第217話

 

 陣地の中は、既に人々の熱気でいっぱいだ。

 鍛錬をする者、忙しく走り回る者、知略を巡らす者。それぞれに与えられた役割を全うするため十全に能力を発揮している。


 今回のファストリア軍は国軍及び各領兵、そして志願兵からなる四十万人規模となっている。なおこれは後方支援も含めてだ。

 国軍は本当に必要な数だけを各地に残し、殆どを南下させている。各領に所属する軍人も手が空いている者は積極的に参加しているようだ。というのも、なけなしの国庫を開いて褒賞を出すことを約束しているからである。

 各領主からも出るだろうが、国から直接恩賞が下賜されるのは大きい。功績を残した者には爵位まで授与するかもとのウワサが流れているので一攫千金成り上がりを狙う者がここぞとばかりに集結しているのだ。まあ恐らくは王宮の手によるウワサだろうが、なんもなしにただ集まれと言って愛国心のみで動員するのも限界がある。頑張れば届きそうなエサをちらつかせるのは人を動かすときにもってこいの方法だ。


「ここでは私たちも一部隊の戦力ね」


「ああ。と言っても、前と同じく遊撃部隊扱いだけどな」


 エメディアとジャステイズ、ホノカはフォトス帝国陣地、ミュリーとデンネルはバリエン王国陣地で。ドルーヨは後方で物資のやりくりの指示だ。

 また、今回は大変珍しいことにエンジ呪国が軍事力を提供してもいる。その指揮官は当然ブラドラーーヒエイ陛下だ。ドラゴン族ではあるが、一国家の代表としての参戦でありなおかつエンシェントドラゴンの里ともまだ完全に和解しているわけではないので人間扱いである。


「頑張ってね、隊長さん」


「わかっているよ」


 そして当の俺はというと、その遊撃部隊の隊長を任されている。部隊員は六人一組からなる小隊が五個、それと五人の後方支援、指揮官の俺の計三十六人だ。その中にはベルも含まれている。

 ベルは小隊を一つ任されている。彼女はステータスは落ちているものの、それでも普通の兵士の三倍くらいは強い。またここ最近は欠かさない鍛錬によって肉体もさらに鍛えられているため、充分に戦えるであろう。


 そうして指揮をとる部隊に合流して、今回の作戦の最終確認を行う。


 そんなこんなで時間が過ぎていくと。




「――――伝令! 敵戦艦現る! 繰り返す、敵戦艦現る! 各部隊戦闘に備えよ!」




「来たか……!」


 予想よりも少し早めの到着だが、誰もが気を引き締めておりすぐさま出陣に取り掛かる。簡易幕は取り下げられ、不必要な荷は後方支援に回収され瞬く間に広大な戦場が出来上がった。

 俺たちの部隊は他の遊撃部隊同様ファストリア軍が展開する陣とは関係なく個別に配置されている。横陣と魚鱗の陣を併用した展開をしており、前方のいわゆるタンクの役割である横陣が障壁を展開したり、上陸した敵を堰き止め。その後ろから魚鱗の陣に並んだ魔法使いや遠距離攻撃隊が数減らしをする。

 そしてある程度上手くいけば、今度は左右に展開したもう一つの横陣が挟み撃ちにする寸法だ。海上にある戦力は、ある程度引き付けておいてから、鶴翼の陣を逆に展開した形の船団が取り囲み一気に挟撃する。こちらは敵が上陸しての更に後になるため、見極めが大切となる。なお海上戦力を指揮するのはフォトス帝国だ。


「!?!? おい、あれはなんだ!」


 ん?


「隊長、前方の様子が変ですっ」


「何がだっ、よく見えない! 空に浮かぶ!」


「はっ!」


 部隊員の一人が何かに気がつき、俺は空に浮かんで前方遠く海上にいるはずの敵の様子を確認する。


 と、その戦列船列先頭にいる巨大な戦艦数十隻の船首の部分が紫色に瞬いているではないか。


「……嫌な予感がする!」


 慌てて下降し、指示を出そうとすると。


「なんだ!?」


 誰かが叫び、その瞬間――――




 ――――キュイィーーンン!!




 黒板を爪で引っ掻いたような甲高く不快な音が戦場に鳴り響き、それから数瞬後、光を照らしていた戦艦の数だけ野太い光線が発射された。

「うわああああああっ!?」


「敵の遠隔射撃だ! 障壁展開急げ!」


「ひゃいいっ!」


 横陣を指揮する上官たちが慌てて唾を飛ばす様子が見える。俺も援護するために巨大な障壁を沿岸を覆うように張り巡らせる。


「なっ……!」


「ぎえっ」


「母ちゃnnnn」


 障壁の展開が追いつかなかったところにいた兵士たちが、一瞬で蒸発する。いや、兵士だけではなく、地形そのものが消し飛ぶほどの高威力だ。


「ぐううっ!!」


「隊長!」


 そして俺が張り巡らせた障壁にも、光線が。物凄い圧力だ、以前の輸送艦に擬態していた巨砲から発射し慣れたものよりも数段威力が向上しているとみられる。それが何本もぶつかってくるため、流石の俺も喋る余裕すらない。


「なんて奴らだ、こ、こんな技術を有しているなんて!」


 別の部隊の誰かが叫ぶ。光線は縦横三十メートルはあろうかという太さだ。その全てが攻撃範囲であり、防げなかった直線上に存在したものがどうなっているか、想像もしたくない。せめて少しでも脱出できていればいいのだが……


 そんなこんなで一分ほど続いたポーソリアルの挨拶代わりの一手は、次第に収束したあと地面に大きな横穴を残し止んだ。黒ずんだ跡地からは煙が立ち込めており、熱波も感じることから人体を含めた物質は焼け焦げてしまったのだろうことがわかる。


「はあ、はあ……ど、どうなった?」


 俺は空から改めて周囲を確認する。地面をトンボで整地したように一直線に上がられた半円の穴は、後方の陣地まで伸び切っている。まさか自分たちのいるところまで攻撃が及ぶとは考えていなかったのだろう、前線にいる兵士たちよりもてんやわんやの大騒ぎなようだ。


 続いて左右を見てざっと数えたところ、四十本ほどの線が残されているのがわかった。つまりポーソリアルは、最低でもこんな攻撃ができる船を四十隻連れてきたということだ。早めに片付けないとこれはやばいな……


「おい、ボサッとしてないで遊撃だ! 敵はこちらの慌て振りを見て早期に決着をつけようとするはず。それにこんな攻撃をあと何回もやられたら戦線は確実に崩壊する。今のうちに叩き潰しにいくぞ!」


「「「「お、おう!」」」」


 遊撃部隊は精鋭なだけあって、混乱の最中であっても自分たちのなすべきことを理解しているようだ。返事はすぐに帰って来、各々が兵士の群れをかき分けながら海岸へ向かう。


「それにしてもなんて奴らだ。砲撃等の遠距離攻撃で陣地にダメージを与えたあと早期に侵攻するのは正しい戦法の一つであるが、これほどまでの兵器を用いてまで俺たちを征服したいというのか。あの大統領はよほど野心的なんだろう」


 己を落ち着かせるためにも、独り言を零す。そんな内に、いよいよ敵の艦隊が目前まで見えてくる。


「な、なんて数なんだ!?」


 先頭の砲撃艦隊を基準に縦陣に並んだ船たちは、軽く数えても六百隻程度はあるようだ。大きさはまちまちであるが、以前戦った時にはいなかった種類の艦も複数見受けられる。これが彼らの本来の戦力なのだろう。


「……見ていても仕方がない、倒せるところから倒して……なにっ!?」


 急降下爆撃の要領で何隻か沈めてみようとしたが。なんと、複数の艦から兵士が飛び出してきたのだ! しかもその手には何やら筒のようなものを持っている。


「あれだけの数の人間が浮遊しているだと? 魔法使いか何かの魔導技術かはわからないが、艦が横付けするまでに陣形を整えるという余裕はなさそうだ」


 強襲部隊は空からだけではなく、海からもやってきている。ホバーボードのような小型の揚陸艇が数えきれないほどやってきているのだ。その光景はまるで第二次世界大戦の要衝攻略のようで、敵ながら壮観である。


 敵をなめていたのは俺たちの方だったようだ。以前の時は艦を港に横付けしてばかりだったのに、現代でも通じるような武装や乗り物を保有しているとは。ポーソリアルは一体マジケミクなるものをどれほどまでに発展させたのか。和平交渉の折に送り込んだ間諜を転移で迎えにいくことも出来なかったし、情報不足が仇成したようだ。


「仕方がない、やれるだけやってみるか!!」


 少しでも多くの敵を上陸させるまでに排除するべく、俺は急いで迎撃に向かう。



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