第218話

 

「きゃあっ!」


「小隊長、大丈夫でありますか!?」


「う、うん、ありがとう。助かったわブラウニー」


「いいい、いえ、小隊長のお役に立てたならっ!」


 私のことを障壁で守ってくれたのは、同じ小隊に属するブラウン=バーゲッド君だ。ファストリア王国バーゲッド男爵の次男で、この度の対ポーソリアル戦においてなんでもいいから戦功を立ててこいと送り出されたのだという。まだ十八歳と私とほとんど同じ歳にもかかわらず既に剣士としての腕は一人前で、男爵領地の守護を担う領軍期待の星だそうだ。

 そのブラウン君、通称ブラウニーはどうも私に一目惚れをしたらしく、やたらと小隊長小隊長と構ってオーラを出すのだ。私にはヴァンという夫がいるからとやんわり伝えたものの、聞く耳を持ってくれない。恋は盲目とよくいうが、当てられる方は迷惑千万だと思い知った。


 そんな彼であるが、剣の腕だけではなく魔法使いとしての素質もあるらしく、特に防御系の魔法が得意なのだという。なのでこうして突然襲ってきた謎の光に対しても即座に反応し、小隊を庇うような障壁を展開できたのだ。

 だがそれが収まってすぐにこちらにやってきて、やたらと話しかけてくるものだからどうしたものか……私は小隊長を任されているので無視することもできないし、他の隊員も何故かニヤニヤとこちらの様子を伺うだけ。他の四人の隊員は皆三十からその手前くらいのベテランの域に入りつつある者達なので、人生経験からくる余裕でそのような態度をとっているのだろう。それもそれで鬱陶しいが、声に出さないだけ偉いと誰か私を褒めて欲しいものだ。


「小隊長、ブラウニーの奴も初陣だってのに頑張ってんでさあ!」


「貴方たちもこの前のポーソリアル戦がそうだったんでしょう? 人のこと言えないんじゃありませんか?」


「いやあ、坊主はそれだけじゃなくて、今まで魔物と戦うことすらなかったって聞いてますんで」


「そうだったのね。あまり肩肘張らずに戦うのよ? 空回りして死んでいく人達を私は今までたくさん見てきたわ。貴方が目の前で死なれたら、後味が悪くなるもの」


「は、はいっ、了解です!」


 本当にわかっているのだろうか……


「それはそうと、勇者様がこんなところに混じっていていいんですかい? 幾ら遊撃部隊が選抜された者の集まりと言ったって、『勇者ベル様』の格と比べたら何段も型落ちしているでしょうに」


 先ほどからブラウニーを弄っている、中年が訊ねてくる。言葉遣いはともかく、揶揄うような口調ではなく純粋な疑問のようだ。


「そうね、本当なら私が旗印となれば、より一層の連帯感が生まれるのでしょうが……そうもいかないようで。政治的なあれこれが重なってファストリアだけに何でもかんでもいいとこ取りをさせられないようなのです」


 共和国の強大な軍事力の前ではそんな下らない政治工作をしている余裕なんてないはずなのに。魔族という期間が去った途端、次は人間同士で睨みを効かせ合う世の中になりつつある。私だって自分がやれることならば勇者の名でもなんでも使えばいいと進言したが、暗にお子ちゃまはお断りと言われあえなく退けられてしまったのだ。


「あー、なるほど。お国のメンツって奴ですなあ。勇者様も栄えあるファストリアの同志、しかもあのエイティア男爵領なんでしょう? 北大陸に近く、魔族の侵攻を抑える要衝であるデーメゲドン要塞の管理も任されている。我らの領地もそのおかげでどれだけ救われたことか」


「まあ、そのせいで魔王軍残党が攻め込んできたときにはろくに堰き止めることも出来なかったんですけどね」


「仕方ないでさぁ。二十年以上に及ぶ魔族の侵攻を待ち構えてくれたんだ、それだけでもすげえってもんですよ」


「そう言ってくれると助かります」


 話をしながらも、次の展開場所へ向かう。


「!! あ、あれは! 小隊長!」


「うんっ、間違いない、ポーソリアル兵だわ!」


 陣を展開する国軍に混じって外洋の様子を確認すると。空からこちらに飛翔してくる物体が複数目に入る。それだけではなく、海からは小型の艦艇が同じくらい大量に。


「全体、迎撃用意!!」


 盾役の兵士が守りを固め、その背後から魔法使いや弓の名手らが狙いを定める。


「ーーうてー!」


 そして、敵が攻撃してくる前にこちらから撃ち落とそうと沢山の"砲撃"や矢が飛び交い始めた。正確に言えば向こうから光線を撃ってきた時点で戦端は開かれている。卑怯だなんだと言われる筋合いは全くないだろう。


「しょ、小隊長! 僕たちも!」


「うん。各自、情けは無用、確実に敵を撃ち落とせ!」


「「「「おう!」」」」


 空に浮かぶ兵士は銃のような物を構えている。地上に降り立つ前に遠距離射撃で反撃されるとまずい。機動力では明らかにあちらの方が勝っているのだ。

 それに、小型の艦艇には一つに二十人程度が載って・・・いるようだ。それらもまた近代化された武装を有している。


「小隊長」


「ええ。それとみんな、先ず狙いは敵の武器よ! 撃たせる前にやっつけて! それと、小型艦艇は設置型の魔法を用いて出来るだけ上陸を遅らせて!」


 同じことを国軍の指揮官にも進言しにいく。彼らも理解しているようで、迎え撃つ兵士とは別に海岸沿いに魔法を設置させていく。

 私も、動き回りながら近づいてきた敵に攻撃を打ち込む。相手もただの動く的ではない、当然反撃をしてくる。中にはロケットランチャーのような攻撃力の高い武器を使用してくる奴もいて、全体的にこちらの方が苦戦しているようだ。


「障壁! 足りないぞ!」


「うるせえ、もう手一杯なんだよぉ!」


 横陣を敷く前列の兵士たちはだんだんと摩耗してきている。このままでは、あの大艦隊が陸に……!


 ーーーーと、そこに。




 ーーーードオオォォォォーンッッ!




 けたたましい音を立てながら、大きな水柱が幾本も立ち昇る。


「ウワアアアアッ!!」


「ギャアア、なんだアアア!?」


 それだけではなく、空に浮かぶポーソリアル兵たちが突然、何かにはたき落とされたように地面に急降下していき、海面に激突する。いや、あれは……障壁?


 まるでハエ叩きで羽虫を落とすように、障壁を使って誰かが空の敵を排除してくれているのだ。


「こんなことができるのは。ヴァン! やっぱり!」


 私の視線の先には、それらと相対する様に空に浮かぶ味方が一人。間違いない、私の愛しの勇者様・・・だ♡♡♡


「あの炎は……きっとエメディアねっ」


 船を襲う火柱は、彼女が得意とする爆発系の火属性魔法だ。流石は強大国を代表する宮廷魔導師、その娘。この世界の魔法使いでも上位に入る魔法力を有する彼女なら、きっと百人力以上だ!


「おおお、死ねええ!」


「ぐあああっ!」


「貴様、仲間に何をする! おりゃあ!」


「ぐふっ」


「蛮族め!」


「ぐぎぃっ……!」


「くっ、やはり全員は無理だったかっ!」


 それでも、侵入を完全に阻止することはできず。難を逃れた敵兵が次々と、陸から空からやってくる。万と万の兵力が血と汗を流し文字通り命をかけた攻防を繰り広げる。

 かくいう私も、遊撃部隊として走り回っているが、近頃鍛え上がってきたこの肉体を持ってしても一度に三、四人相手をするのが精一杯だ。


「死ね、クソアマ!」


「きゃっ」


 しまった、背後を!? も、もうダメ……!




「うおおおおっ! ベルから離れろおおおおお!!」


「きゃっ」


「なにをすりゅぶひぇ!?」




 そのとき、空から誰かが降ってきて、目の前の敵を縦に真っ二つに切り落とす。割れた左右の身体から、血や内臓が勢いよく飛び出す。


「ヴァン! 貴方、なんで!? 空にいたんじゃ」


 そう。それは、今さっきまで空から遠隔攻撃を行使してきたはずの彼だったのだ。


「最愛の妻の危機なのにやってこない方がおかしいだろう? それにもう、空から攻撃しても無駄だ。範囲攻撃では味方を巻き込んでしまうしな」


「そうだったわ、ごめんなさい。それとありがとう」


「ううん、いいってことよ。それより……ふっ!」


「えっ?」


「ごぎぇ!」


 背後から、誰かの断末魔が聞こえてくる。


「よそ見をしていたら危ないぞ」


「う、うんっ」


 私は地球のバトルものでよく見た様な風にヴァンと背中合わせになり、一緒に周りの敵を排除していく。


「!? おい、そこのお前、ベル小隊長から離れろ!」


 しかしその最中、聞き覚えのある声とともに、ヴァンに向かって誰かが剣を突き出した。


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