第219話
「んあ、誰だっけお前」
「なな、誰だとは!? ってあれ? 貴方は我らが遊撃隊の隊長殿では?」
「ああ、そうだが? そういえばベルの受け持つ小隊隊員だったっけ、顔に見覚えがある」
「そうですが……って、そうではなく! 小隊長から離れてください! なんて、ハハハレンチな! 仮にも勇者様なんですよっ」
「知ってるぞ」
「ならば」
「でも婚約者、というか妻だし」
「……は?」
青年(と言っても俺も同じぐらいの歳なのだが)は口をボカンと開けながら、俺とベルの顔を見比べる。
「婚約、者?」
まるでこの世の絶望を集めたような顔をする青年は、そのまま口をアングリと上げて静止する。
「おらあっ! なに、うぎゃあああ!」
「ふうっ。全く危ねえぞ坊主!」
と、そこに後ろから襲いかかってきた敵兵を、誰かが斬り倒す。
「小隊長、大丈夫ですかい? もうこんなに敵がワンサカ……って、隣にいるのは隊長じゃありませんか。それよりも坊や、なにボサッとしてんだよお前」
「痛っ。ハッ! 僕は一体なにを?! というか僕は坊やじゃありません!」
「坊主も坊やも変わらんだろ。さっさと敵を倒しに行くぞ!」
「あっ、待ってくだ……小隊長おぉぉおおぉお〜〜」
飛び入りしてきたおっさんに引きずられながら、ブラウニーと呼ばれた青年は遠くへ去っていった。
「なんだったんだ一体?」
「若気の至りってやつでしょうね」
「俺たちもまだまだ若いだろう、何言ってんだか」
「うふふ、そうね……!? ねえ、ヴァン!」
「ああ、来やがったか……」
戦場の主導権を取り戻そうと敵を跳ね除けていると。ついに敵の大艦隊が海岸近くまで迫ってきた。海岸と言ってもここは少し進むと喫水が深くなるいわゆる棚になっているため大型艦でも近くまでやってこれるのだ。
「まずいわね。もう面倒臭い権力者につべこべ言わせず貴方の力で沈めてきたら?」
「でもあんまり暴れたら、レオナルド陛下も色々と大変になってしまうだろう」
「…………人の命より大事なものってあるの? ヴァン、貴方っていつからそんな世の中のしがらみに従順な人間になってしまったのよ。もっとギラギラしてて良いんじゃない? 世の人々に俺様が一番強いんだってところを見せつけてやらないと。あの約束、忘れた訳じゃないわよね?」
俯いてそう呟いた後。今度は顔を上げて真剣な表情でこちらに問いかけてくる。
「『勇者でない勇者』の話か?」
「わかってるじゃないの。気にしてなかったのだろうけど、貴方の戦いっぷりは結構話題になりつつあるのよ? 前回のポーソリアル戦もそうだし、魔王軍残党からの街や村、そして王都の防衛だってヴァンが活躍したことを知っている人は多いわ。それに、各国が利益配分を見直すように迫っているのはそれだけファストリアの影響力が増大しているということ。それには勿論、ヴァン、貴方の影響力が増したことも無関係じゃないはずだわ」
俺は確かに、以前彼女と約束した。この地から魔の勢力を消し去り、更に人間の中でも最強になって無意味な争いが起こらないようにすると。なのに俺は、いろいろな事情に振り回されて……いや、自分から乗っかってしまっていた。
俺自身、レオナルド陛下含むファストリア王国の評価を気にしていたのは間違いない。他人の顔色を伺っているうちは、抑止力になり得ない。人間は動く兵器なのだから、能動的に活動して力を見せつけてやれば最終的には恐怖という名の元に平和的均衡が保たれる。
『平和』からは最も外れた思想であることは間違い無いが、そうしなければならない地点まで人類はやってきてしまったのだ。もはや、この五大陸だけで収まる話じゃない。ポーソリアルの他にも強大な国家が存在している可能性は高く、いつまた俺たちの暮らしが脅かされるかわかったもんじゃない。
ならば、ここで"味方"に対しても圧倒的な力による抑止力を実感させておかなければ、またくだらない政治的駆け引きによって人々の命が失われる可能性が発生してしまう。俺が使い潰される結果になろうと、このベルが守り抜いた世界を真の意味で平和にするために行動あるのみなのだ。
「そうだな。俺は、自分自身を見誤っていた。俺にとって一番大切なのは、ベル、君がいるこの世界を死守することなのだから。味方へのご機嫌伺いで敵が退いてくれれば世話はない。そんな非現実的な皮算用に労力を費やすくらいなら、例え力の行使を罵られようとも圧倒的な恐怖で敵を殲滅しなければならなかったんだ」
「ヴァン……」
ーーだから、だから俺は。
「すまない、ベル。だから、その約束は撤回させてもらう。」
「えっ? どういうこと?」
「俺は『勇者でない勇者』になんかならない。勇者は人々の希望なのだとしたら、その反対。絶望の存在になってやるしかないんだ。絶対に攻めたくない、逆らいたくないという恐怖を植え付ける存在にならなければいけないんだ」
「じゃ、じゃあどうするっていうのよ?」
「簡単な話さ。『魔王じゃない魔王』になれば良いんだ。人間だから、俺は魔族の王にはなれない。けれど、魔法を支配する人間の王にはなれる。だから、略して魔王なんだ」
「ま、おう……ヴァンが、魔王?」
「そうだ。俺は今日この日から、ファストリアの木っ端貴族のヴァン=ナイティスじゃない。世界を恐怖で統治する魔の王、『ヴァン=マジクティクス』を名乗る!」
「ヴァン=マジクティクス……ふふ、わかったわ。じゃあ私は、ナイティス家の正室じゃなくて、マジクティクス魔王朝の初代王妃、『ベル=マジクティクス』な訳ね?」
「ま、そうなるな」
「なるほどなるほど。うんうん、理解したわ。じゃあ私も微力ながら……と言っても本当に力を失ってしまってはいるけれども、その世界征服、お手伝いするわ」
「おう、頼んだぜ、王妃様よ!」
そして俺は空高く浮かび上がり、声を大きくする魔法を用いる。
「<聞け! ポーソリアルの虫ども! 俺はヴァン=マジクティクス!! この世界を魔の力で支配する者だ!>」
戦闘を続けていた者たちが、敵味方関係なく一斉に動きを止めこちらを見上げる。
「なんだありゃ? 撃て、撃ち殺せ!」
「<愚かな>」
敵戦艦の一隻から主砲が発射される。が、俺はそれを跳ね返す。
すると、その船を中心に半径五百メートルほどの水柱が立ち昇り、複数の敵艦が一瞬にして爆散した。
「<見ての通り、俺はこの世界で最強の存在だ! 誰も俺に逆らうことはできない。もしそんな奴がいれば……俺が全力でぶっ潰してやる!>」
ザワザワ、地上で海上で空中で騒めき立つのが確認できる。
「<ならばポーソリアルの諸君よ、今の爆発は警告だ! 今すぐ全戦力を撤退させ、降伏勧告に従え。従わない場合は……皆殺しにする!!>」
「怯むな、殺せ!」
敵の指揮官が何やら言っているようだ、うるさいなあ。
と思ったら、空中にいたポーソリアル兵の一人が怯えた顔をしながら引き金を引いた。
……ッパァンッ!
――が、その兵士がいたところには次の瞬間、銃声とは違う破裂音が鳴り響き血の花が咲いた後、すぐに宙に霧散する。
「<警告を無視したな。わかった、そちらに降伏の意思は無いものと判断する。では、鏖殺の開始だ!>」
★
…………一方その頃、神界にて。
「はい、フォープラス!」
「卑怯だぞお主」
「よっと、ファイナルカード!」
「むむっ、我危機に陥……」
神々が、何やらカードを出し合う遊びを行っている。
「おっ?」
「どうしたのですか、調律神様。何かいい手札でも回ってきましたか?」
そしてそのプレイヤーの一人である老神が、なにかに気がついたように顔を近くに浮かぶ『泉』に向ける。
「そうでは無い。女神ドルガドルゲリアスよ、どうやらその時が来たようじゃ」
「と言うと? 何が起きたんだい、言ってみなよ」
「我が父神よ、どうやらあの少年……ヴァン=ナイティスが覚醒してしたようですぞ」
「ヴァンさんが!? それに覚醒とは一体」
「あやつの身体には、現在、三つの因子=祝福が含まれておる。ワシの与えたもの、お主女神のもの、そして転生の時の父神のもの……父神によって水差しに作り替えられた力は、神々の世界の真相を知ってここにやってきた時に女神によって解かれた。そして今回、ワシが記憶を失わせるときに埋め込んでおいたもう一つの因子……それは、神と同等の力を与えるもの――――」
「きゃあっ!!!?」
「調律神。全く君は余計なことをしてくれるね」
老神……調律神が説明を行っていると、父神と呼ばれる真っ白な人形のような姿をした神が突然攻撃をし、奥の方まで吹き飛ばしてしまった。
「……なんのことですかな? ワシはただ、少年の将来を願ってですな」
だが、調律神はすぐさまその場に転移をし戻ってくる。負ったはずの怪我はなぜか一瞬で回復してもいる。
「何を言う。君は、君の目的はわかっている……カオス、その役割を彼に託そうとしてるのだろう! この世界を破壊できるだけの力を、老いた自らに代わってあの子に授ける。この前はただ単に視線を共有しているだけだと思って見逃してあげたけれど……そこまでするなんて、君はよっぽどなようだね? この神界の運命を決める神聖な競技に水を差すのがどういうことか、わかっているのかなあ?」
「どうせワシはもう長くは無い身。この力を与えられ先に希望を託せただけでも十分ですじゃ」
「そう……なら、さよならだね」
「はい。それでは」
「そんな! ひゃっ」
調律神の身体を、父神が貫く。"老いぼれ"の身体は今度こそその地に倒れ臥し、二度と動くことはなかった。
だが。
「ふうん。保険に保険を懸けていた訳か。用意周到とみるか、ただ単にしぶといだけと取るか。どちらにせよ、厄介な神だよ」
「ね、ネズアル様……?」
「二人とも。この勝負、一旦お預けだよ」
「畏まりました」
「承知」
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