第220話

 

「ぎゃああああ!」


「悪魔だ!」


「いや、あれは魔王そのものだ! 魔王の復活だあああああ!」


 叫び逃げ惑う兵士たちを、的当てが如く潰していく。空に居ようが地に居ようが、海の上に居ようが。俺のこの新魔法『サーチアンドアポカリプス』から逃れられるものはどこにもいない。


 先ほどの『魔王』宣言をした直後、俺の中に溢れんばかりの力が宿った。今まで感じたことのないこの強大な力は、俺を押し潰すということはなく。己の魂に纏わり付くように流れ込んできた後に完全に一体化した。記憶喪失になった後に何故かパワーアップしていた俺だが、今はそれよりもさらに強く強く成長したのだ。何が要因か今すぐにわかることは無いだろうが、ともかく敵前にしてこの与えられた力を有効活用しない訳にはいかない。


 ということで急遽思いついたのがこの魔法、『サーチアンドアポカリプス』だ。これは、一度指定した対象をどこまでも追いかけていく魔弾であり、高密度の魔力による貫通力に加え高熱を帯びているため、ほぼ確実に相手を死に至らしめる恐ろしい技だ。また人間相手限定ではなく物体にも有効なため、海上に展開する敵艦隊までも、その魔法障壁を突き抜けて爆発炎上させる。

 当然、空に浮かぶこちらに対して四方八方から反撃が加えられるわけだが、同時に展開している強固な障壁を打ち破ることはできない。魔力量とその効率が上昇したことにより耐久力が増したからだ。それだけではなく、純粋な防御力もアップしたのが感じられるため、例え障壁が破られたとしてもあの紫のビーム砲にだって容易に耐えることができるはずだ。


「俺に逆らうものは何人たりとも許しはしない! 降伏するなら今のうちだぞポーソリアルの蛮族ども!」


「くっ、化け物めぇ……!」


 確かに今の俺は、魔物や魔族よりもよっぽど酷い存在かもしれないな、ははは。


「そんなのわかっているさ」


「ぐぎゃ」


 だが言われなくても自覚していることをいちいち指摘されるのがむかつくのもまた事実。余計な一言を口走った敵兵を『サチポカ』で撃ち抜く。カケラも残さず爆散したその兵士を見て、周りにいる敵味方関係なく怯えたようだ。これで少しでも抵抗する気力を失ってくれれば良いのだが……


「別に俺は無用な殺傷を行うつもりはない! 大人しく降伏するならばこれ以上の攻撃を加えないと約束しよう! 目的はあくまでこの地の平和、今後二度とこちらへ干渉しないことを約束するならば、今は・・一旦手を引いてやるが?」


 幾ばくかの兵士がざわつく。今の俺の攻撃を見てさすがに怖気付いたのだろう。


「…………しばらく待ってくれ、司令と相談してくる!」


 空に浮かんでいたうちの兵士の一人が、恐る恐る話しかけてくる。どうやら浮遊部隊の指揮官なようだ。


「わかった、一時間待つ。それまでに帰ってこなければ、この場にいるすべてのポーソリアル兵を殺す。俺たちの生活を脅かす不埒な敵に容赦はしないぞ!」


「わ、わかった! そう慌てるな魔王よ」


「そちらも兵を一旦引け。誰か一人でも魔法を撃つか剣を払えば、その時点で同じことになるからな」


「了解した! おい、お前たち!」


 そして敵は約束通り、すぐさま武器を収めていく。ポーソリアルだけでなくなぜか連合軍の兵士まで安堵した様子なのは、戦いが中断したことによるものなのか、それとも俺の苛烈な攻撃が止んだことによるものなのか。

 それだけではなく、トランシーバーのようなものを使って何処かに連絡しているようだ。もしかするとあれもマジケミクによって作られたものなのかもしれない。


「こ、これでいいんだな!」


「ああ。落ち合う場所は、ここ。この空に、お前がやってくるのだ。確かに言葉を伝えたのだから、違う者がやってきたらその時点でご破算だからな。今こうして目の前で話したという事実が大事なのだ」


「そのくらいは心得ている。暫し待たれよ!」


 そのままその敵は一目散に後方海上に浮かぶ一際大きな船の方向へ飛び去っていった。


「ヴァン!」


「ベル」


 しばらく見送った後、俺も一度地上に降り立つ。と、ちょうど"魔王妃陛下"がその場にいた。というよりかは俺が降りてくる地点に寄ってきたと言った方が正しいか。


 お互いに抱きしめ合い、顔を見つめ合う。


「良かったのかな? 勝手に停戦を持ちかけて」


「大丈夫だろう。ほら」


 辺りを見渡すと、皆俺たちの方をみてどうしたものか悩んだ様子だ。


「少なくとも文句を言いそうにはないだろう? まあ敵と同じ目に遭いたくないから『触らぬ神に祟りなし』なのかもしれないけどな」


「でも"魔王宣言"をした割には優しいのねあなた」


「……それはどうかな」


「えっ?」


 真顔で返事をする俺に驚くベルを他所目に、グアード及び陛下のもとへ向かうことにした。






 ★






「大統領!」


「わかっている、なんだあのデタラメな攻撃は!」


 スキンヘッドのリーダーは、司令室に置かれた豪奢な机を割る勢いで拳を殴り付ける。


「そ、それもそうですが……敵は、停戦交渉を持ちかけてきています!」


「なんだと? くっ、わざとだな」


「と申しますと」


「これは明らかな挑発だ! 我々が交渉を蹴った上に進軍してきたことを逆手に取り、人外の攻撃を反撃の狼煙としわざとらしい停戦交渉を持ちかける。要は煽っているのだ、『帰るなら今のうちだぞ負け犬』とな」


 その読みは半分正しくて半分間違っている。だがここにはそれを訂正する者は誰もいない。


「同じ方法でやり返すつもりだと、そうお考えなわけですね?」


「そうだ。これに乗っても、恐らくは停戦交渉を破棄するに違いない。やられたらやり返すのは動物と同じだ。だがあのはちゃめちゃな攻撃はそんな人間だ動物だ魔物だという括りを超越したそれよりもさらに上の、あらゆる物質を破壊しかねない威力が込められている。ここで向こうに尻尾を見せても全滅させられるのがオチだろう」


「でしたらっ」


 伝令の問いかけに、アンダネト大統領は大きく頷く。


「敵陣に深く入り込み、停戦交渉などという戯言を持ち出さないようにしてやればいいのだ。所詮、あの攻撃を使えるのは一人だけ。それもみたところ以前こちらにやってきた和平交渉の使者ではないか。ならば、弱点はある」


「それは一体」


 大統領は、口元をニヤリと大きく上に曲げる。


「女だ。勇者ベルとやらを探し出し、ひっ捕らえよ! さすれば、あの男を引きつけることができる。そのうちに……」


「な、なるほど、妙案です! 流石は大統領!」


「そう持ち上げるな。大統領選が近いから今のうちに媚を売っておこうというのだろう?」


「そそそ、そんな、決してそのような邪な考えは!」


「よいよい、きっとお前だけではなく誰しもがそうするだろう。寧ろ、その方が共和国のためになる。強いリーダーのもとに民が結束してこそ、真の強国となるのだから」


「はっ!」


 そして伝令が部屋を飛び出し、指令を各地に伝える。ポーソリアルは魔導技術マジケミクによって遠隔地にいる味方に瞬時に命令を下せる機械を作り出せているので、もう間も無く作戦は開始されるだろう。


「ふふふ……舐められたものだな、ポーソリアルも。蛮族は所詮蛮族。力押ししかできないのであれば、搦手で嵌めてやれば良いだけ。果たして、どう作用するかな?」


 先ほどまでの怒りは完全に収まり、逆に余裕綽々といった様子でワインを煽るのだった。



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