第213話 ※微ヤンデレ注意

 

 そしてまた十分くらいかけて二人に話した内容を要約するとこうなる。


 俺自身、今までベルを傷つけないでおこうと考えあの日から女性関係には特に気を使っていた。でも、その当の本人が、エンデリシェ含めイアちゃんまでも受け入れると言う。ならば、今の今まで遠慮していた自分に対して、もう少し素直になればいいとそう思ったのだ。

 確かに、社会通念上、複数の女性と同時に関係を持つのは許されざる行為だろう。しかし、この世界においてはソレが許されてしまう。なぜならば、身も蓋もない言い方をすれば俺が権力者側貴族だからだ。ベルも先ほど同じことを言っていたし。


 この世界にも当然貞操観念自体は存在する。実際、未婚の女性が知り合いの男性と長時間一緒にいたことで行為をしたしないに関わりなく問題となるケースはある。だがその考え方の基準は身分階層に分かれたこの封建社会では段階ごとにされる・されないが変わってくるものでもある。それの中には貴族の重婚許可も含まれている。


 イアちゃんは今回、結婚を前提としたお付き合いを求めてきた。それはすなわち、近い将来俺の妻となることが確定しているも同じ。貴族が愛人を侍らすのは市井の人々にもウケはあまりよろしくない行動だが、きちんと養うつもりでの中に囲うのはむしろ"上位者としての責務を果たす"意味合いが大きく逆に褒められる行動である。

 ゆえに、ここで悪い方向に深く考えすぎて己の欲求に蓋をするのではなく、寧ろ開き直るくらいのつもりで彼女のことを受け入れるのが正しい、と結論づけたのだ。




 長々と言い訳をしたが、なにが言いたいか一言にまとめると、俺が付き合いたいからそうする、なんか文句あっか! ということである。


「なるほど。つまりヴァンが付き合いたいから付き合うと」


「おう。駄目、かな?」


 威勢の良いことを言ったは良いが、やはりベルのご機嫌伺いをする癖は抜けていないようだ。理性が衝動を抑える瞬間である。自分でも悲しい性だと思うな……はあ。


「ううん、いいよ。っていうかさっきも言ったけど、これは私公認だから。マリネさんとは違って、"正妻として"第三夫人を受け入れます」


「ベルさん……ありがとうございます! とても嬉しいです」


 イアちゃんも感無量の表情だ。


「いいのよ。逆によくここまで我慢できたわね? もし私が同じ立場だったら、きっと夜中に侵入して既成事実を作っていたわ」


「は、はは」


 いつぞやの監禁騒動を思い出す。あの時も散々搾り取られたが、流石にイアちゃんが同じことをするとは考えられないのは救いだ。


「そんな、監禁だなんてーーでも」


「でも?」


 そのイアちゃんは、涙を吹き終わったようで、目元が赤く晴れてはいるがいい笑顔を浮かべている。





「――――ヴァンさんが望まれるなら……わ、私は、いつでもウェルカムですょ……?」





 と、今度は違う理由で赤くさせ、両手を太腿の間に挟んでもじもじと身動ぎをする。


「ぶふっ!? なっ……!?」


 いつも大人しめな方の彼女が上目遣いで急にそんなことを言い出すものだから、俺の心は一瞬にして射抜かれてしまう。完全に反則技だ、こんな顔をしているこの娘を見てときめかない男がいたらそいつは人類への反逆者だ。


「あは、イアちゃんもヤル気なようね?」


「いや、ちょ」


「ヴァンさん……? だめ、ですか?」


 妹ドラゴンはその来ている薄手のナイトウェアブラウスの胸元を指で引っ張り、チラ見せしてくる。おいおいっ。


「わ、私、当然はじめてなので。至らない点もあろうかと思いますが」


「まてまてまてーっ! なんで急にそんな話になるっ!? 俺は確かに、告白を受け入れると言った。けれど、展開が早すぎるだろう。君はそれでいいのか、いきなり貞操を捨てるだなんて軽い女と思われるかもしれないぞ!?」


「軽くなんてありませんっ!!」


 すると、ベッドから立ち上がり、突っ立って狼狽る俺の方へ歩み出てくる。


「え?」


「軽い気持ちじゃありません。私は、私の意思で、誰に諭されることもなく初めてを差し上げたいのです。本当は今日ここにも、そのつもりで来ました。ベルさんに後押しはしてもらいましたけど、でもそこからは一人の力でやると決めたんです。なのでヴァンさんさえ良ければ、優しく愛してくださるとありがたいのです」


「イアちゃん……」


「それに、私はもう『イアちゃん』じゃありません。本当の名前はサファイアドラゴンなのですから、ちゃんとサファイアと呼んでください」


 力強い目でこちらを見据える。この娘、こんな気迫を出せたのか、驚いた。


「ドラゴン族が身内以外の異性に名前を呼び捨てにさせるのはとても重大な意味を持つそうよ。細かく言わなくてもどういうことか、ヴァンならわかるわよね?」


 ベルが横から説明を差し込む。なるほどね。


「それだけじゃなくて。ベルさんもエンデリシェさんも、呼び捨てじゃありませんか。私だけちゃんづけだなんて、なんだか子供扱いされているようでムカつきます。だってヴァンさんと私、精神的な年齢はほとんど変わらないんですよ? 身体年齢で言えば、私の方が何十倍も上なんですから」


「それは確かに」


 ドラゴン族は身体の最長も精神の成長も、寿命が長い分ゆっくりなのだとは聞いたことがある。


「ドラゴン族とか関係なく、私は一人の女として抗議し要求します。人生を、竜生を捧げる代わりにお二人と同じく妻として呼び捨てにしてください」


「……わかった、俺が悪かった。サファイア」


「は、はいっ」


「末長くよろしくお願いします」


「こちらこそ、今日から心身ともに貴方に捧げます」


 ちょっと重たい宣言な気もするが、イアちゃん――サファイア――ははっきりとした口調でそう言った。







「ところで、いつの間にか今からもう俺のお嫁さんになる雰囲気になってない?」


 敵国の領土内にいるのもあるし、セックスのことは一旦落ち着かせて。


「え? 違うんですか?」


「えっ?」


「えっ?」


 なにそれ怖い。


「おいちょっとベル」


「なに? 私は知らないわよ。二人の関係でしょ、認めるとは言ったけれど干渉するとも手助けするとも言っていないわよ。ヴァンが他の女と仲良くなる手伝いをするわけないじゃない」


「ええ……でもベルがサファイアを焚きつけたから、結果的に付き合うことになったわけで。それは流石におかしくないか?」


「だからなにが?」


 ベルは、俺が言わんとしていることを分かってか分からずか、真顔で吐き捨てるように返答する。


「いやあだからさ」


「私は」


 ベルは、今度は俺とサファイアの両者を順繰りに眺め、話を始める。そしてその一瞬のち、サファイアへ魔法を使って眠らせてしまった。俺は慌てて支えに入り、優しくベッドに寝かせてやる。


「なっ、おい!」


「私は。『ヴァンとサファイアが付き合う手助け』をしたのであって、『サファイアがヴァンと恋人になる手助け』をしたんじゃないわ」


「???」


 それ、何が違うの?


「私の目的は、ヴァンを支える女性を増やすこと。夫婦になるのと、恋人になるのって別に完全なるイコールとは限らないでしょ」


「まあ、貴族や豪商豪農的に言えばそういうこともあるだろう」


 俺の長々とした言い訳の中にも、その話はあった。


「サファイアはヴァンのことが好きらしいから、見もしない女性が私たちの関係に入り込むよりはいいかなと思ってあてがった・・・・・わけ。ヴァンは一所に留まる男じゃない。きっと今後、世界を股にかけるはずだわ。ならば当然、近寄ってくる"メス"も飛躍して増加するはず。でも誰も彼も受け入れるわけにはいかない」


「それはその通りだ」


 ちまちま恐ろしい単語や言い方をしているがそこは一旦おいておこう。


「だから私がコントロールすることにしたの。ヴァンのことを縛るつもりはないわ。でも、ヴァンを好き勝手野放しにするつもりも毛頭ない。二人で共に歩んでいくことと、貴方の横にメスをたくさん侍らすのとはベクトルが違う話になってしまう」


「はあ」


 ベルは対面にあるソファから立ち上がり、俺の座る左端三連ソファのすぐ隣の席真ん中に座る。

 そして、これでもかと顔を近づけてこう言った。


「同じラインに立つのは私だけで充分なの。他の人間は私たちの後ろをついてこればいいだけ。貴方は誰にも渡さない。身体は許しても、心は絶対に離さない。だから、ヴァンもしっかりと皆を管理するのよ? 側室に振り回されて私のこと蔑ろにしたら、絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に許さないから」


「……はい」


 俺はこの時、ベルの本当の怖さを知らなかった。


 これでもまだ序の口だったのだ。


 この時、しっかりと諫めていたら。


 きっと、あんな未来は待っていなかったに違いない。


 しかし、それを後悔するのはまだまだ先の話なのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る