第212話

 

「つまり、俺のことをいつしか好きになってしまっていたと」


「は、はい……それがいつからか、具体的にはわかりませんが。でも、今の私の中にあるこの気持ちは嘘偽りない本物の想いであることに間違いはありません」


「ふうむ、ううむ、ううーん……ぐむむ」


 イアちゃんとベルの二人がかりによる説明を受け、一応の事情は理解できた。イアちゃんとも出会ってそれなりの時間は経つし、思い返せばアプローチと思われる言動の一つや二つ、頭の中に浮かんでくる。俺を騙して楽しもう、なんてことを考える悪い娘じゃないことも知っているし、先程の告白は信じてあげるべきだ。


「でも、俺は既に二人の女性と付き合う羽目になっているし。それに女性関係は恋愛結婚したベルを優先したい気持ちが大きくて、エンデリシェはともかくマリネさんの告白も受け入れるつもりはないくらいだからごめんだけど返事はノーになってしまうかな」


 マリネさんの時はいきなりすぎて、しかもそんなそぶりを見せていたかったので戸惑ってしまい、返事をする機会をなかなか得られなかったが。

 イアちゃんの場合は今は時間もあるし、それに何となくこちらへの好意を感じていたので返事はすぐに定まった。


「そ、そうですか……ううっ」


 当然だが、いたいけな少女は瞳を潤ませて俯いてしまう。それでも、部屋を飛び出したり喚いたりとしない分出来た娘だ。


「あと、これは酷い言い訳になってしまうけど……これ以上ベルを困らせたくないのもある。以前散々迷惑をかけてしまった分、これからはフラフラする男にはならないと決意したから」


「あら、私は別にいいわよ?」


「えっ?」


 だが、肝心の当人は告白なんてどこ吹く風、余裕のよっちゃんだ。こ、これはいったいどういうことだ? マリネさんの時はバレた後あれだけ騒いだくせに、イアちゃんの時は逆に受け入れてくれるという。どんな心境の変化なのだろうか?


「ベルさん……」


「そもそもこの告白自体、私のお墨付きだもの。マリネさんの場合は敵国の人物というのもあるし、私自身が信用信頼できてないという事情があったわ。けれど、この娘は違う。ルビちゃんも含めて為人は一緒に過ごすうちに充分確かめてあるし、どこの馬の骨……いや、竜の骨? というわけでもない、エンシェントドラゴン様という血統書及び身元保証人が存在する」


 血統書て。犬猫じゃないんだから。


「だから、ヴァンに近づけても大丈夫と判断したの。もしダメだったら、そもそもこの部屋に連れてきて目の前で夫が言い寄られている所を眺めるわけないでしょ。少しは考えなさいよ」


「そ、そうだな、うん」


 一理ある。が、じゃあ以前のベルはどこに行ったのだ? エンデリシェが降嫁してくる前は、自分以外の女といちゃつくの禁止! みたいな態度だったのに。もしかしてエンデリシェが加わざるを得なくなって態度を軟化させたのか?

 もう今更何人増えても同じだわーみたいな。でも彼女に限ってそんなちゃらんぽらんな考え方をするとは思えない。良くも悪くも、俺にご執心(自分で言うのも恥ずかしいが)なのだから。


「じゃあ一応聞いておくが、もし仮にイアちゃんが俺と付き合うことになって、第三夫人が増えることになってもいいと言うのか? 以前のベルじゃ絶対に認めてなかったと思うが」


「えっ!? それって」


 俺が言うと、イアちゃんが目と口元に希望を湛える。


「いや、待て待て、仮定の話な?」


「シュン……」


「まあそれは……説明すると長くなるわ。一言で言えば、心変わりしたのよ、私も。いつまでもわがままを突き通すんじゃなくて、正妻として夫の支えになる必要もあるかなって」


「えーと、それが俺の重婚を認めることにつながるのか? 考えが飛躍しすぎな気もするが」


「そんなことないわよ。貴族の、それにこれからどんどんと陞爵していく見込みのある騎士爵閣下が女を侍らすのは当然の権利だと思う」


「そういうものか?」


 ううーん、本音かなあ? 何か隠している気がする。そんなありきたりな理由で認めると思えない。貴族という存在も、王国の制度改革によって変わらざるを得ないし、以前から俺たちは対等のパートナーだとも何度も確認しあっている。いきなり『夫を立てる妻』を演じられてもこちらが困るのだ。


「あのぅ」


「なに?」


 ベルが、弱々しく主張する青色ドラゴンちゃんを見据える。


「あ、いや、その……私は、ただ、ヴァンさんのことが好きって伝えたいだけで……振られるのは悲しいですが、夫婦仲を裂くようなことになるならば、大人しく身を引きます。それは私の望むところではありません。ヴァンさんが不幸になるのは本末転倒ですから」


「じゃあ、本当にこれで大人しく身を引くわけ? 二度と告白しないって約束する? 彼への想いは捨て去って、違う男を探すって覚悟を持てるの? 貴女の気持ち、そんな簡単に切り替えられるの?」


「あう」


「確かに、女の気持ちは流れる川に例えられることもある。熱しやすく冷めやすい薄味スープみたいなところもある。でもイアちゃんの想いは、そんなんじゃないもっと深いところに根差したものだと思っていたのだけど……どうやら、私の見込み違いだったようね」


 うへえ、辛辣……ベル、そこまで追い詰めてなにがしたいんだ? 暴走が過ぎるぞ、まだ相手は知り合って半年ほどなんだ。ドラゴンの世界でもようやく成人したくらいのまだまだニワトリ初心者なんだ。追い詰めてもろくな結果にならないぞ。


 ーーと言いたいが、怖いので言えない、とほほ……


「そんな」


 すると、イアちゃんが呟く。


「なに?」


「そんな……そ、そんな軽い気持ちじゃありませんっ!! ヴァンさんのことは、ベルさんに負けないくらい好きなんですっ。私の中にあるこの熱くて、激しくて、苦しいモノは簡単に消え去ってくれません……でも、でも! さっきも言いましたが、ヴァンさんが幸せに暮らせることが何よりも大切なんですっ。あなた方の人生を引っ掻き回してまで横入りしようとは思いません!!」


 イアちゃんは相当拗れた想いを募らせているようだ。献身的、といえば聞こえはいいが、行き詰まると自滅する怖い要素がてんこ盛りだ。


「イアちゃん、ちょっと落ち着こうか。気持ちは本当に嬉しいよ、だから焦らないでくれ。ベルも、落ち着いて見えるけど実は興奮しているのね?」


「あ……うん、ごめん」


「すみません」


 さて、結局どう対応するか。


 そのまま体感十分ほど、無言の時間が続く。三人とも喋らずただ静かに夜が更けていく。


「……うん、よし」


 そして俺は、両膝を掌でポンと叩くと、ソファから立ち上がる。


「!!」


 すると、やはり気を張り詰めていたのか、イアちゃんがすぐさま反応してこちらの様子を伺う。そんな眉を下げて不安そうな顔をしないでくれ、俺が虐めているみたいじゃないか。


「ヴァン、決まった? もうこれでこの娘への対応は決まりだからね?」


「私も、覚悟します。ヴァンさん、一思いに……!」


 妹ドラゴンは息を吐くと、まるでこれから死刑執行を受ける罪人のような覚悟を見せる。今さっきまでとは打って変わって凄い気迫だ。


「わかった。イアちゃんーーサファイアドラゴンさん」


「はいっ!」




「俺と、結婚を前提にお付き合いしてください、よろしくお願いします!」




「ーーーー!!」


「ヴァン、いいの?」


「ああ」


 俺が頭を下げ、告白への最終的な返答をする。と、ベッドの方から息を飲む音が聞こえてきた。


 続いて、ベルも少し驚いた調子でこちらに訊ねてくる。俺は、それに対しても詰まることなくすぐに返事をした。


「ちょっとちょっと、ねえ、なぜ、最初答えたときと返事を変えたの?」


 俺が顔を上げると、イアちゃんは両手で口と鼻を覆うように押さえ、涙目になって顔を赤らめていた。


「今からきちんと説明する。その前に……顔、拭こうか?」


「は、ひゃいっ。う、嬉しくて、すみません……ぐすっ」


 更に泣き崩れるイアちゃんをなんとか落ち着かせ整えた後、俺はなぜ心変わりしたのかの説明を始めた。


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