第211話
事前折衝の一日目は終わり、夜。俺たちは別に親睦を深めにきたわけではないので、やたらと同席を勧められた会食をお断りし、与えられた客室に引き籠ることにした。俺たちの中の共和国に対する印象を少しでも良くしようという努力は、あのマジレールの"特等"という所からも伺えるが。どうも、上の人間たちと下で働く人間たちの意思疎通が上手くいっていないように見えるのは気のせいか?
あのおっさんといい、シャキラ参謀といい。高級士官・官僚は俺たちへの敵対心を隠そうともしていない。付け入る隙が増えるのは俺たちとしては願ったり叶ったりな状況だが、その分交渉が破綻する可能性も比例する。どうか、最後まで内乱などは起きないで欲しいものだ。
なお、マリネさんも引き続きこちらで身柄を預かる。当たり前だが交渉がきちんと済むまで受け渡すわけにはいかない。俺に対して個人的な感情を抱いていようが、敵国の要人には変わりない。情に絆されて交渉材料をみすみすと逃すような真似はしてはいけない。今も別室を与えられた兵士たちに囲まれて狭苦しい思いをしていることだろう。
共和国側も馬鹿ではなくそこら辺はしっかりと理解しているようで、何も言ってこない。父親である大統領近辺からもなんの裏取引も持ちかけられてこない程の徹底ぶりだ。これがマリネさんを見捨てる兆候だったら逆に危険だが、折衝の中では交渉内容に含まれていたのでその心配はしなくて良さそうだ。
「ヴァン、何をしているの?」
「うん? ああ、ちょっと荷物の整理をな」
無限倉庫の中をゴソゴソと漁る俺を見て、同室のベルが話しかけてくる。
「ふーん。でも思ったんだけど、ヴァンがここにきたら瞬間移動でまたすぐに往復できるくない? わざわざ人数分の荷物運ばなくても良かったと思うけど」
「確かに、ただ単に行き来するだけならそれでいいだろう。だが、俺やベルの瞬間移動の技術は秘匿しておくに越したことはない。それに、人数を引き連れることでこちらの本気で和平交渉をしようという意思を見せることができる。一人でのこのこやってくるよりも、沢山役人を連れてきた方が心証も大分変わってくるからな」
「なるほど、舐められないための策の一環というわけですね」
ベルの強い要望によって再び同室となったエンデリシェが反応する。
「ああ。でも、念のため行き来できるかどうか確かめておく必要はありそうだな。俺だけ一旦王都に帰って、すぐさまここに帰還すればそれでいいだろう」
瞬間移動は文字通り一瞬で移動できる術だ。距離がどれだけ開いていようが、タイムラグは一切ない(と言っても現状確認したのはせいぜい数千キロ単位なので、それ以上、例えば惑星間移動などの場合にどうなるかはまだわからない)ので、本当に少しの間だけ向こうに行けば機密が漏洩することもないだろう。
だが念のために隠蔽系の魔法をいくつか部屋の中に重ね掛けしておく。
「行ってらっしゃいませ」
「うん、すぐに戻るから」
「無理しないでよね、今のアンタだったら魔力が足りないってことはないと思うけど、万が一もあるから!」
「おう、任せとけって」
そして俺は部屋の中で二人に見送られながら、一人、瞬間移動を発動した。
「――――よっと。ん?」
ファストリア王都オーネの城の中庭に飛ぶ。
まず第一に驚いたのは、一万キロ以上離れているはずの『南 大陸』ーー便宜的に『大南大陸』とでも呼ぼうかーーと時差がないらしいことだ。向こうは長い折衝を経て当然夜だったが、こちらも同じく星明かりが空を覆っており、城は夜警用の灯で照らされている。
「この世界、本当にどうなっているんだ? まさか、どこまでも平坦とかいうんじゃないだろうな?」
しかしもしそうならば、空に浮かんでいる星々はなんなんだとか、重量や気体構成はどうなってるんだとか、本当の世界の端の形状はとかいろいろ気になる。が、今ここで長考してもきっと答えは出ないだろう。
とりあえず、誰かに報告だけでもと思い、城内に転移しグアードに会う。
「おおっ!? ヴァ、ヴァン様ではありませんか。ポーソリアルとの交渉は如何程で?」
流石にもう見慣れたのか、転移してきた俺を一瞥し、少し驚きはして見せたもののすぐに訊ねてくる。
「ああ、まだ詰めきってはいないが、感触はそこまで悪くはない。ポーソリアルもこの期に及んで徹底抗戦する気はないようだ。ひとまず、継戦は回避できたと考えていいだろう」
「そうですか、それは何よりです。我が軍も物資や人手が無限というわけではありませんし、魔王軍残党の特攻作戦の傷も癒えておりません。再びあの大艦隊がやってきたらと思うと……」
流石の百戦錬磨の名将グアードもホッとしたようだ。
その後簡単に説明を済まし、お偉方への中途報告は彼に任せる。そして俺は再び、共和国首都の客室へ舞い戻った。
「あ、お帰り」
「ただいま。何かあったから」
「ううん、大丈夫。強いて言えば、イアちゃんがやって来たくらいかな」
「改めましてこんばんは」
「あ、うん、やあ。どうかしたのか?」
部屋の中には、ドラゴン姉妹の妹の方が、ソファではなく何故か俺の使う予定のベッドに腰掛けていた。見たところ風呂上がりのようで、髪の毛が若干輝いている。
「ええ、少しお話がありまして」
「話?」
そう言うと、イアちゃんは立ち上がってドアの前に立つこちらに向かってくる。それを見るエンデリシェとベルが何故かニヤニヤしているのだが、嫌な予感しかしないぞ?
「ヴァンさん、ヴァン=ナイティス騎士爵様」
「な、なんだよ改まって」
青髪の少女は、俺を見上げて頬をこれでもかと赤らめる。だいぶ緊張もしているようだ。そして。
「私と、お付き合いしてくださいませんかっ!」
思い切って大きな声でそう言った彼女は、バッと頭を下げたままバスローブの裾を両手で強く握る。
「は、はいっ?!」
お付き合い……え、それってどういう類の!? ま、まままさか、男女的な意味合いのじゃないよな!?
「イアちゃん、とりあえず頭を上げてくれ、ちゃんと説明してくれないと答えられないぞっ」
返答に詰まった俺は、少しでも先延ばしにしようと咄嗟に思い姿勢を戻すよう促す。
「は、はい……えと、その」
礼儀正しくいうことを聞いてくれた少女は、今度はモジモジと忙しなく身体を動かしつつ上目遣いで見てくる。
「一言で申しますと、ヴァンさんのことが好きです、はい」
「お、おう」
「ですので、恋愛的な意味で、今後はさらに仲を深めていきたいなあと」
「お、おう」
「ダメでしょうか……?」
「お、お……いや、ちょっと待ってくれ。話が急すぎる! おいベル、これは一体どういうことなんだ!?」
いくら何でも、イアちゃんがこんなことを唐突にし始めるわけがない。きっと唆されたのだろう、と奥の方で生暖かい目をする勇者様に疑いの目を向ける。
「どうもこうもないわよ。それがイアちゃんの真の気持ち。あなたの事が男性として好き、それ以外に何かある?」
「大いにあるわっ! 絶対なんか言ったんだろう!?!? 詳しく説明してもらいたいね!」
「はあ、仕方ないわねえ……」
そうしてベルは悪びれる様子を全く見せず、こうなった経緯を説明し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます