第210話
結局犯人は見つからず。当然俺たちに後ろめたいことは一切存在しないので捜査にもきちんと協力し。予定より少しだけ遅れはしたが、中央駅、つまり首都に到着した。
俺が気にすることではないのだろうが、マジレールの構造上対になっている列車も到着が遅れたはずだ。そちらにはなんと説明したのだろうか? まあ、そんな大層な遅れじゃなかったので、よっぽどでなければ騒動にはならないだろうが。
だが、個人的に愚痴を零すものはゼロではない。その良い見本が目の前に現れた。
「まったく、飛んだ災難ですわっ」
「落ち着いてくださいませ、参謀殿」
「私は落ち着いております。ただ、軍の任務にはのんびりと処理してはいられない性質のものも多い。そのことはあなたもわかっていて?」
「はあ、左様で」
つい昨日まで滞在していた街、フィッシャリンで出会ったポーソリアル軍参謀、シャキラさんとその部下だ。
「んっ!? あなたは確か……マリネ様と一緒にいた男っ」
そしてすれ違う数歩前の地点で、大所帯の俺たちは異国の地では特に目立つためこちらに気がつく。共に敵国の要人、お互いに仕えている兵士たちの間で緊張が走る。だが、俺とシャキラさんの間には違った部類の緊張感が生まれた。
「ど、どうも」
「どうもじゃありませんわっ! マリネ様、どうしてまだこんな男と一緒に行動なさっているのです?!」
参謀殿は俺たちの後ろ、ファストリア王国軍兵に囲まれたマリネ=ワイス=アンダネトを見つめつつ苦しげな表情を浮かべながらそう訊ねる。
「シャキラ、いや、シャキライネ=セビョン=マドルナ第四参謀。先日も述べた通り、私は今捕虜として行動している。捕縛側であるファストリアの代表団である彼らと一緒にいるのは当然だ。言いがかりはするものではないぞ」
「いいえっ、違うのですっ。マリネ様、貴女とそこの男との間には、良からぬ空気を感じますわ!」
「良からぬ空気とは……」
と呟いた俺のことを再び睨みつけてくるが、金髪美女はすぐに視線をマリネさんに戻す。
「ももも、もしかして、まさかとは思いますが、この男のことが……!?」
「なな、何を言い出すのだ参謀! 不謹慎にも程があるぞ! 私が敵国と内通しているとでも言うつもりなのか? もしそうだとすれば、きちんと証拠を集めそれをもとに軍法会議に諮るべきだ。個人的な感覚と言いがかりによる私刑はポーソリアルの軍人としてはしたないぞ、高級軍人ともあろう者が軍規を乱す発言をこのような人前でおおっぴらに叫ぶものではない」
マリネさんもマリネさんで、話題逸らしのように捲し立てるが、言っていることは間違ってはいないだろう。特に共和国は民主的な法制度が整っていると聞いている。上官が憶測で内部規則を蔑ろにするようなことを言うのは、周りにいる兵士達にも悪影響を与える可能性があるのは確かだ。
「ぐぬ、ですが、それとこれとは話が別ですわっ。何か反論できない後ろめたい事情をお持ちなのではなくて? もしそうならば私、幻滅いたします」
シャキラ参謀は怒った顔を一変させ、今度は悲しみをたたえる。きっと心の中では言いがかりだと自分でもわかっていたのに、それを確実に否定するような発言がマリネさんから聞けなかったことで逆に心配になったのだろう。
幻滅する、と言うのも、ただ単に狂信的? な慕情だけではなく同じ軍人としてマリネさん自身が自分で述べた理屈をひっくり返す状況に"陥っている"のを案じる言葉だと思われる。
「シャキラ」
「は、はい」
「安心しろ、私は、
そう言い切るが。彼女が俺に告白してきたのは確かだし、今この時点で嘘をついていることになってしまう。だが同時に、だからと言ってファストリアに寝返ることにもならない。嘘と真が両立していることに一番心苦しく思うのは、マリネさん自身ではないだろうか。
「……わかりましたわ、この場ではそういうことにしておきます。お騒がせして申し訳ありませんでした」
シャキラ参謀は周りの人々に謝り、困惑した様子のお供を引き連れてすごすごと帰って行く。しかし最後まで、心から慕う上司に向かっては謝ることはなかった。
一悶着あったものの、予定通り手続きは進み。大統領府へ入る……前に共和国の外交部が入居している建物に入る。ここは十階建てのビルとなっており、同時に少なくともファストリアでは見たこともない近代的な外観となっている。俺やベルはまだ地球にいた頃に散々目にしていたためそこまで驚きはしなかったが、他の面々は呆然と顔を見上げている。
とは言ってもいつまでも口をぽかんと開けているわけにはいかない。こうしている間にも時は進み和平交渉がやってくる。が、その前に、まずは事前折衝が必要だ。
俺たちは先遣隊でもあり正式な全権委任使者でもある。大統領他軍交換を交えた公式の和平交渉に入る前に、共和国の官僚とある程度、後日話し合う内容とそれにお互いが要求する内容の外枠だけでも作っておかなければならない。
つまり今日はまだ和平交渉には入らないということだ。そのための外交に長けた官僚他事務員も引き連れてきているし、スムーズな交渉のためには他の細々した決め事は処理しておくに越したことはない。なので外交部に寄ったわけだ。
ーー当然ポーソリアルに来るのは初めてなので大使館などというものはない。異国の地での手続きは全て自分たちの手作業となる。
「お待たせいたしました」
「いえ、こちらこそ急なお話に応じてくださりありがとうございます」
案内された部屋で担当者数名と顔合わせをする。勝利者側であるはずの俺たちが謙っているように見えるかもしれないが、これはあらかじめ定めておいた外交スタンスだ。強気に出るのではなく、あくまで冷静かつ論理的な話し合いを模索する。
何故かといえば、ポーソリアルは俺たちのことを野蛮人扱いしているからだ。話すらまともにできないのかとこれ以上の侮蔑を受けるのは不味い。逆に、相手側よりも理性的な話し合いができるところを見せつけて動揺を誘うべきだという考えだ。
だがこれには当然、舐められる可能性という負の面もある。御し易い奴らだと思われると、それもそれで交渉に不具合が生じる。バランスと見極めるタイミングが大切だ。もし共和国が必要以上に迫ってきたら、その時は強気に出てもいいと言質ももらっている。まあその場合は交渉決裂、つまり再戦の可能性も浮上してくるのだが。
「まずこの度は遠いところをよくぞお越し下さいました」
「いえ、お構いなく。平和のため、民のために交渉に赴くことに苦はありませんでした」
『よくのこのこと顔を見せられたな、敵国の使者よ』
という挑発に対して。
『そっちこそ何の正当性もなく勝手に攻めてきたくせに』
という返しだ。まあこのくらいはジャブにもならないだろう。
「ええ、人々の安寧は何よりも大切です。人民無くして国家無し、国という枠が存在していても、その中に住う人々が苦しめば体制が存在している意義はありませんから」
「ええ、その点、貴国は素晴らしい国だと存じます。何万もの人々が
『蛮族が、我々が近代化しようとしてあげたのに、それを蔑ろにしやがって』
という恨み節に。
『そっちこそ志願制のフリして本当は無理やり徴兵したんだろ? 知ってるんだからな、ねえ今どんな気持ち?』
という煽りを返す。
「え、ええ、まあ。それが我が国の強みですので」
「さぞ善政を敷いておられるのでしょう。大統領も御心に国民が応えてくれ喜ばれていらっしゃるのでは?」
「大統領は常に国民国家のためにその命を削られてらっしゃる。私利私欲とは無縁のお方だ」
劣勢と見たのか、別の者が答える。今ほどまで応対していた若い女性とは違い、渋めの
「それはそれは。我が国の国王陛下も、臣民のことを第一に考えておられます。貴国の大統領とはきっと話が合うことでしょう」
「それはどうかな? そなたの国は、いや、中央地方に存在するほとんどすべての国は専制政治であると聞いている。我が国のような民主的な協調性のとれた国家体系とは相容れないのではなかろうか」
ううむ、このおっさん、喧嘩売ってるのか? 一応こっちが戦勝国なんだが……それとも、強気に出た上での勝算があるのだろうか?
「はあ、そうですか。ではそろそろ本題に入らせていただきたく存じますが」
「は、はい、もちろん構いません」
おっさんではなく、先ほどの女性が答える。このまま水掛け論に発展しても何も生まれないし話も進まない、強引ではあるが切り替えていくしかない。
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